三番:海老名将俊
自分に誓いを立てる少年の話。
親友は誰かと訊ねられると、俺は迷うことなく因幡と魚住の名を挙げるだろう。二人がどう思ってるかは知らないけど、俺はそう自負している。
二人と最初に出会ったのは、中学一年のとき。始業式の日に教室で魚住に話しかけられたのが始まり。で、その魚住の前に座っていたのが因幡だった。
内向的な因幡。社交的な魚住。どっちでもない俺。三人とも、性格とか得意教科とか、好きな女の子のタイプとかバラバラだったけど、仲が良かった。
因幡は好き嫌いが激しく、ときどき周囲を冷めた目で見る。人付き合いが悪いわけじゃないけど、進んでダチを作ろうとするタイプじゃない。自分を表に出すのが苦手なだけだと、俺は解釈してる。
そんな因幡が嫌がってる一人に、都築という奴がいる。都築は頭が良くて、運動神経も良い。文武両道って言葉が似合う上、顔まで整ってる。……アルビノってオプション付きだけど。そんな都築はいつも無表情で、何を考えてるのか分かんない。正直、気味が悪い。
でも俺的にはそんな悪い奴じゃないって思ってる。一例だけど、野外活動のとき、俺の所為で怪我した魚住の為にシップと包帯くれたし。
ずっと前、因幡に都築を嫌ってる理由を訊いたことがある。
「簡潔に言うと嫉妬だよ。頭の良い、運動もできる、顔も良い、おまけにモテる。それに……」
言葉を濁した最後、一体何を言おうとしていたのかは分からない。そういう因幡だって頭が切れるし、体育も苦手なわけじゃない。顔だって悪くないし、女子に告白された経験があるのも知ってる。自分と似てるから嫌いなんじゃないかと、俺は思ってたりするんだけど……本人に言ったら怒られそうだから、心に思ったら即、口を閉じるよう心掛けている。
誰とでも喋ってすぐに仲良くなる魚住は、女の子が好きな年相応な奴だ。女子を前にすると、誰よりも先に声をかけようとする。軟派な性格してるけど、魚住も因幡と同じくらい良い奴だ。俺をからかったりするときもあるけど、見捨てないし、裏表もない。意外にも自分勝手な行動とかしないし。成績は俺と同じくらい。でも中学時代陸上部だったおかげか、逃げ足は速い。高校でも陸上続けるのかって訊いたけど、遊ぶ時間が減るから入らないらしい。やっぱり今時の若者を体現したような奴だ。ちなみに顔は三人の中で一番良いけど、ナンパでの成功率は一番悪い。……なんてことは本人にはもちろん言えっこない。
俺はっていうと、三人の中じゃ一番ガキ。二人に比べると好奇心旺盛なところがあるし、ときどき人に迷惑をかけてまで目立ちたい、なんて子どもじみたことを考えたりもする。好きな食べ物だってハンバーグとかグラタンだし、未だにピーマン嫌いで食べずに残す。……ホントにお子様だ。あと自覚はないけど、俺は天然らしい。自分じゃボケてるつもりはないんだけどなぁ。しっかりしなきゃって思うことはよくあるけど。
「海老名がしっかりしてたら、それはもう海老名じゃない」
「そうそう。俺らのナンパが成功するのだって、海老名のその無邪気っていうか、素直さがいいんだって。ほら、よく考えると成功するのって大体俺達より年上のお姉様方じゃん?」
失礼なことを言う因幡に続き、魚住が茶目っ気を交えた顔をして相槌を打つ。
それでも納得がいかず、俺はファーストフードのポテトを口に含みながら唸り声を上げる。
ついいつもの癖で頬っぺたを膨らます俺を、因幡と魚住が「可愛い」「お、フグが出てきた〜」と揶揄し、頭を撫で回した。
「ギャー!止めろってば。セットが崩れる!」
「あはは」
髪を手櫛で整え直しながら唇を尖らせるが、拗ねる俺に詫びようともせず、二人はケタケタ笑う。
「俺らのマスコットキャラじゃ不満か?」
「当たり前だ!誰がマスコットだよ?!」
魚住のからかいでまた膨らませた俺の頬っぺたを、因幡が面白げに突付く。こんなことは日常茶飯事だけど、やっぱり俺は不満なので、絶対しっかりした人間になってやろうと心に誓う。
「あ、あそこに可愛い子発見」
そう言って魚住は喜々して行ってしまった。
残された俺と因幡は顔を見合わせ、因幡はヤレヤレといった感じで肩を竦めて、俺はプッと吹き出した。
「因幡、海老名」
手を拱かれて、俺達は魚住の方に足を運んだ。
因幡や魚住と一緒にいると、ホントに楽しい。退屈しない。
勉強は嫌いだけど、あの二人がいるから学校に行くのが楽しみだって気持ちは、中学のときから変わらない。だから近隣の学校の中でも文学、スポーツともに有名な麻生学院大付属高校に三人とも受かったときは、俺が一番驚いて、一番喜んだ。
俺は高校を卒業したら麻生大に行こうと考えてるけど、二人がどうなのかは分からない。因幡だったらもっとレベルの高いとこ狙えると思うし、魚住だって別の所に行こうと考えてるかもしれない。
別れの日は、いつかきっと来る。でも俺は、どんなことがあろうと二人の親友でいたいと思う。進路を違える日が来ても、笑って再会を望めるように、やっぱり俺はしっかりした人間になりたい。




