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二十八番:日宇一真

親に反発する意思を持った少年の話。

気が付けば、親の言いなりになっていた自分。

最初の薦めは三歳のとき。促されるがまま幼稚園に入園するための試験を受けさせられ、次は小学校、中学校……そして高校受験にまで。

“運動なんてできなくていい、しかし勉強に集中しろ”。

自分達の納得する成績がとれたときは“次も頑張れ”。

逆に下がったときは“何をやっていたんだ。こんな成績、我が家の恥だ。もっと真剣に取り組め”。

……親がいなければ何もできなくなりそうな自分に嫌気が差し、高校受験のとき、初めて両親に反発した。

「お前は麻生学院に行くんだ」

「僕は八城高校の英語科に行きたいんだ」

麻生学院大付属高校は姉妹校も多いので、有名私立の部類に入る。偏差値の高い所なので、当然英語の勉強も充実していると聞く。対して、僕の行きたかった八城高校は県立校。当然麻生学院よりレベルが劣る。でもその代わり、英語科があった。留学制度もあって、国際交流も深い。留学生が多いので、各国の色んな情報が入り易いという特色もある。彼らと交流を深めて、そしてじっくり、将来を考えていこう。

(……そう、考えようとしていたのに)

……僕は結局、親に反抗しきれなかった。



高校を卒業したら外国へ行きたかった。具体的にどんな職業に就きたいか、何をしたいかなんて、今もまだ決めてない。漠然と考えているのは、通訳。でも人の役に立てるなら、どんなことでもできるという覚悟はあった。

何故外国に行きたいかという理由――――それは理由というにはとても曖昧だけれど、中学のときに、語学留学のため日本にやって来た留学生がいた。彼がいたのは一年間だけだったけど、鋭い眼光をしていた彼が母国を語るときだけとても優しい目をして、想いを馳せていた。“留学させてくれた両親に感謝している”。そう言った彼の存在がとても眩しくて、同時に僕の心に影を落とした。

それまで僕の絶対者的存在だった親という存在。彼らに感謝する気持ちがあるかと自問し、心はNOと言った。



「海外行きたいなら、麻生学院卒業してからでも遅くはないだろ」

中学からの付き合いである親友のコウが、何てこともないと言わんばかりの口調で言ってのけた。

枕に顔を押し付けて泣いていた僕はその台詞に思わず、握り締めていた枕を彼に向かって放る。そして仁王立ちになって噛み付くようにいきり立った。

「父さんや母さんの言いなりになるのは、もう嫌だったんだ!父さんは将来、僕に会社を継げって言う。母さんは勉強して良い大学を卒業したら幸せだって言う。僕の意思を無視して、自分達の玩具のように扱う!それがどんなに辛いことか、コウには分かる?!」

ビーズクッションの上に座ったまま、涙で濡れた跡の残る枕を両手で受け止めたコウは、真剣な表情でこちらを見上げていた。

僕は両眼を充血させ、瞼が腫れているのも気に留めず親友を睨み、怒らせた肩を上下させて息を整える。

絡み合う視線を先に逸らせたのは、コウの方だった。

「……はっ。お前、今自分の言ったことの意味、よく理解してんのか?」

ついさっきまで真剣な顔をしていたのに、瞬きした後に僕を見たその視線には、侮蔑の色が乗っていた。

「……え?」

立ち上がるコウの様子をただ茫然と目にしながら、親友の言葉の真意を理解しようと頭の中を働かせる。

(僕の言った、言葉の意味……?)

「お前が泣いてたのは、八城に行けなかったからじゃない。自分の意見を聞いてもらえなかったからじゃない。親に自分の存在を認めてもらえなかったからだ」

コウに怒鳴った言葉。あれは確かに両親を批判した言葉だった。でもよく考えると、自分の夢を否定されたことより、自分の意思を吟味してもらえなかったことの方がショックだったように思う。

「お前さ、中学にいたとき休み時間でも勉強してたよな。“親が、暇なら勉強しろって言ってるから”なんて言って。周りの連中はお前のことをただのガリ勉としか見てなかったけど、俺から見れば、親に構ってもらおうとする必死なガキのように思えた」

そんなことを口にされても、僕はただ目を瞠るだけしかできなかった。

「なぁ、お前の外国に行って人の為に尽くす夢、希望校に行けなかったって理由だけで諦めるような、そんな簡単なものだったのか?」

「違う」

知らなかった自分の一面を自覚させられたからか、驚きのあまり上手く思考を巡らすことができなかったけど、コウのその質問には即答できた。

「じゃあ改めて言わせてもらう。外国に行くのは麻生学院を卒業してからでもいいんじゃないか?確かに麻生学院には留学生との交流なんてないっぽいし、英語科なんてない。でも英語力身に付けるのはあくまで自力だろ。そんで外国でもどこにでも行け」

枕を僕に突き返しながら、コウは目を細めて笑った。

反応しない僕の顔を覗き込んで、そうだろ?と確認を問われて、ようやく頷くことができた。

「それにお前忘れてね?俺も麻生学院行くんだよ。今日結果発表見に行って俺だけ合格喜んで、一緒に合格したお前は家に着くなり泣き出すし。泣く理由聞くまで、俺と同じ学校行くのがそんなに嫌だったのかって、正直焦ったぞ」

コウの数分前の心境を聞かされ、思わず申し訳ない気分に陥る。僕がコウの立場になって同じ状況下にあったら、そう考えても仕方がないかもしれない。

謝罪と感謝を言って、僕はようやく胸の荷が下りてスッキリした。もしかしたら溜まり溜まったストレスが爆発したのかもしれない。親友とはいえ、人前で泣き出すなんて。

(うわ……恥ずかしい)

普段の自分ならありえないことだ。

「そういえば、コウには将来就きたい職業とかってある?」

「俺?う〜ん……まだ何も考えてない。あ、さっき思ったけど、カズに便乗して海外行くのもいいかもしんない」

それから僕達は、将来海外に行くことを前提にした会話で花咲かせた。

……少しずつでいい。父さんに、母さんに、僕が二人の人形でないことを訴え続けていこう。

子どもはいつか、親離れしなきゃいけないんだから。

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