十九番:根岸由美
自分の性的指向を確認したい少女の話。
皆さんどうも初めまして。麻生学院大付属高校の一年一組に所属してる、根岸といいます。下の名前は由美です。女子です。染色体は正真正銘、XXです。
創立から去年までの五十一年間、男子高だった麻生学院大付属高校。それが共学校になったのは、実は今年からだったりします。おかげで上の学年に女子の先輩はいません。全校生徒六百七十余名のうち、女子の数は僅か三十二名だけなんです。おかげで周りは男の人だらけだったりします。
髪の染色もOKで装飾品の持ち込みも自由な学校なのに、何故こんなにも女子が少ないかというと、制服がないというのが年頃の女の子には不評らしいです。それに学力のレベルが高いことで受験倍率の高度が窺え、それがさらに難色を濃くしたらしいです。せっかく共学になったのに、女子の数がここまで少ないとなると……来年からどうなるか、ちょっと不安です。
ちなみに勉強が不得意であっても、運動面で優れていたりすれば入学できるんです。所謂スポーツ特待生みたいな形で。今年は例年に比べ不作と小耳に挟みましたが、このクラスにも何人か特待生がいます。皆さん背が高くて、肩幅もあって、筋肉質です。
ちなみに一年一組の女子の数は、私を含めて六人です。クラス委員長のあげはちゃんをはじめ、話題が豊富な典子ちゃんに大人しい十和子ちゃん。私は大抵、この三人と一緒です。あと二人の女子は、校内一の美少女といわれた早乙女さんと、お母さん的雰囲気の佐伯さん。
出会って間もないですが、良い人達ばかりです。
「ねぇねぇ、新聞部の取材なんだけど、協力してもらえる?」
それはゴールデンウィークを明けた日のことでした。私のクラスに現れた二人組の男子生徒。一人は手帳を、もう一人はカメラを持っていました。履いているスリッパが緑色でしたので、三年生だと分かりました。ちなみに一年生が海老茶色で、二年生は鼠色です。
「あれ?部長、今日って活動日でしたっけ?」
小首を傾げながら訊ねたのは典子ちゃんでした。そういえば彼女は新聞部員です。部に入って間もないので部員全員の顔はまだ覚えきっていないと言ってましたが、部長さんの顔はさすがに記憶していたようです。
「お前は今回取材される側だったから、黙ってたんだよ。“どうして麻生学院に入ったか”っていうのを、女子に訊き回ってるんだ」
ちょうどそのときは、クラスの女子全員が集まっていました。美味しい甘味処について話していたところです。
「じゃあまず藤代から」
「あたしスか?入部したときにも言いましたけど、将来リポーターかジャーナリストになりたいんですよ。そういう人達って大体頭良い大学出てるでしょ。だからこのままエスカレーターで大学まで行けたらな〜……なんて」
人差し指で頬を掻きながら、典子ちゃんは答えました。注目されながら将来の夢を語るのが照れくさかったのか、少し顔が赤いです。
「実は男目当てじゃないのか〜?じゃあ次、君ね」
男目当てと言われて怒る典子ちゃんに構わず、部長さんは次に十和子ちゃんを指しました。
「え……っと、私の姉、が、麻生学院大学の卒業生なんで、す。その姉が、大学楽しい、から、高校もきっと楽しいよ、って……」
たどたどしく喋った十和子ちゃんに続き、今度は早乙女さんが指名されました。どうやら時計回りで答えていくみたいです。
「私は寮があるってことで決めましたね。両親が転勤族なんですよ。さすがに高校生になってまで親に振り回されるのは御免ですから」
「……知り合いに脅されて」
「……私もまぁ、似たような感じで」
早乙女さんに続いて口を開いたのは、あげはちゃんと佐伯さんでした。二人とも、何やら暗い影を後ろに背負ってます。目が虚ろです。
「それって先生や親?」
「そういうことにしといてください」
さすがに気になったのか、双眸を爛々と輝かせた部長さんが問い詰めていましたが、あげはちゃんも佐伯さんも、重い口を開くことはありませんでした。
「まぁいいか。……で、君は?」
最後に私の番がきました。けれどもどう答えていいものか迷っていました。正直に話すべきか少し迷いましたが、結局「駄目もとで受けて、受かったんです」と無難な返事をしました。
さすがは新聞部の頂点に君臨する人とあってか、部長さんは私が本心から答えたとは思っていないようでしたが、何も言わず私達の写真を撮って、連れの部員さんを伴って教室を去って行きました。
だって「自分の性的指向を確認するために入学しました」なんて言えるはずがないです。言ったらとことん追求されると分かってますから。
皆さんは“Aセクシャル”という言葉をご存知でしょうか?“Aセクシャル”とは、男性及び女性のどちらも性愛の対象としない人、もしくは性欲そのものがない人、及びその性的指向をいいます。
生まれてまだ十六年しか経っていない身ではありますが、今現在の私はおそらく、Aセクシャルだと思われます。男の人も、女の人も恋愛対象にしたことがありません。
過去に二度、告白されたのを機に男の人と付き合い、体を重ねようとしましたが、結局のところ性的興奮など全く得られず、相手を落胆させて関係は終わりました。
誰も好きになれないんじゃないかと不安を覚えたからこそ、私は自分の性的指向を確認しに、男子の多いこの高校を選びました。一種の賭けのようなものです。
賭けはまだ、継続中です。この三年間で、私は誰かを好きになることができるでしょうか?誰かに恋心を抱けるなら、例え相手が女性でも構いません。
不安を胸に秘めつつも、更なる出会いに夢を膨らませつつ、今はこの高校生活を楽しく過ごしています。




