十七番:七海弘三
お金が大好きな少年の話。
それはまだ、俺が五歳になって間もない頃。
「弘三君の好きなものってなぁに?」
にっこりと、美人で優しい保育士のミナコ先生が訊いた。
俺もにっこり笑って、大好きなミナコ先生の質問に答えた。
「お金」
そう言葉にした瞬間、ピシッと、ミナコ先生の笑顔は音を立てて見事に固まってしまった。
無理もない。あまりにも現実的で、いくら外見が可愛くても中身がそんな幼稚園児、気味が悪ぃし、将来が心配だ。俺がミナコ先生の立場だったら、きっと同じ反応をしていたに違いない。
とにかく、そんな幼少時から俺は金にがめつい人間だった。
暇さえあれば情報誌と睨めっこしていた。高収入、パート・アルバイト募集、フリーター歓迎……様々な見出しが飛び交う求人誌。
「う〜ん、いいのねぇな。やっぱ高時給を体験して味占めると、次に良い条件のもんって見つけにくいよなぁ」
大袈裟に溜息をついて一度枕に顔を押し付けたが、ずっとうつ伏せていたので今度は仰向けに変える。呼吸が少し楽になり、こんがらがり気味だった頭も少し落ち着いた気がした。
俺は物心付く頃から金に執着していた。いわゆる守銭奴ってやつ。自分の命よりも金に縋るくらいの、お金大好き人間だ。
両親、兄弟、友達にも黙って小四のときからアルバイト――さすがにこんときは新聞配達員の手伝いをして小遣い程度しか貰えなかったけど――をやっていた。それから年月と共に金銭欲が大きくなって、中学入ってからは老け顔だったのを幸いに、歓楽街でキャバクラの呼び込みなんてやってたし。あ、株に手ぇ出したのもあの頃からか。おかげで今の貯金、親父の年収よりもあったりする。
でも順風満帆だった俺の生活に緊急事態発生。中三の夏、クラブで働いてたら――さっきの高時給とはこれのことだ――担任が客として現れて、案の定謹慎をくらった。おかげでバイトは全部辞めさせられるし、各々の店長から大目玉くらうし……トホホ。しかも今まで放任主義だった両親にも目ぇ付けられる始末。
「あ〜、働きてぇ」
何とか株だけは続けさせていただいてるけど、やっぱ体動かなきゃ金が溜まってるって感じしないんだよな。
理想は労働もしつつガッポリ頂けるお仕事。
しかしそんなバイトはなかなか見つからず、求人情報誌を床に散らかしたまま不貞寝することした。
昼休み、弁当を食い終えた俺は机に突っ伏した。
「七海君、元気ないね」
声をかけてきたのは、右隣の席の橋谷だった。髪を染めて長く伸ばしてる俺とは違って、橋谷は黒髪黒目の真面目君。特別仲が良いわけじゃないけど、席が隣ってことで偶に会話する間柄だ。
「あ〜、まぁな」
とりあえず顔だけ上げて、生返事を返す。
「寝不足?」
「それもあるけど、いいバイトが見つかんねぇんだよ」
会話が続きそうだったんで、俺は仕方なしに上半身を起こして、手持ち無沙汰に顎の無精髭に手を遣った。
麻生学院はお坊ちゃまお嬢様校ではないにしろ一応私立だし、バイトする時間あるなら勉強しろっていう教師も中にはいる。けど生徒の方だって、経済的に家が裕福でないものの、麻生学院の名や校風に惹かれて入学したっていうのも少なくない。奨学金という方法もあるが、生徒の意思も尊重したいということで、学校は学年で五十位以内の生徒にだけバイトの許可するって譲歩したわけだ。
ちなみに俺もこう見えて、掲示板に貼られる上位成績優秀者に名前を連ねるだけの学力は持っている。
「へぇ。ちなみにどんなバイト希望?」
「もちろん時給の高いやつ。千五百円以下は却下」
「……贅沢過ぎるって、それ」
思い切り肩を竦めて、橋谷は呆れた様子で俺を見返す。
「やっぱり?」
実は本気だけど。
「そんなに欲しけりゃ、やっぱカテキョが無難なんじゃない?」
「俺にできると思うかぁ?」
「仮にも麻生学院生なんだから、できるんじゃない?」
「冗談」
この学校に入ったのは将来を見据えてってだけだ。そこそこ名の通った高、大を卒業すりゃ、下手しない限り良いとこ就けるし。
「あ、これだけは忠告しとく。歓楽街だけは止めときなよ?どこの中学の人か忘れたけど、歓楽街で働いてたところを先生に見つかって謹慎受けたらしいから」
「………」
他校にまで回ってたのか、俺の噂!
「そうだ、川端君の所で働かせてもらえば?レンタルビデオ店。最近バイトが辞めて忙しくなったってぼやいてたから。……あ、川端君、ちょうどいいところに」
そんなこんなで、俺はレンタルビデオ屋で働くこととなった。
結局、橋谷から聞いた自分の過去の噂に怖気づいて、俺は金よりも身の体裁を選んだのである。まぁ、また歓楽街で働いてそれがバレて経歴に傷を付けるより、健全な所で働く方が無難か。
キャバクラの呼び込みやクラブのウェイターより給料安いけど、レンタルビデオの店員はそこそこ楽しい。
それに株はまだ止めてないから、こっちでも稼げるし。偶に下落して損することもあるけど、そんなときはバイトの方で精を出す。
通帳に数字の数が増えるたび、頬の緩みはどんどん酷くなる。
え?そんなに金のことばっかり考えてたら彼女できないって?金ほど裏切らない女はいねぇだろ。




