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十一番:世川美紀彦

名前にコンプレックスを持つ少年の話。

自分ではそうとは思わないけど、小さい頃から中性的な顔立ちをしてると言われてきた。加え、名前も美紀彦(みきひこ)とあって、“ミキ”と略されればまるで女子の名前。幼稚園、小学校、さらには中学校でさえ、この名前はからかいのネタとされた。

僕にとって名前など、コンプレックスを刺激する呼称に過ぎなかった。



入学式が済み、教室で簡単な自己紹介と担任から高校生としての心得云々を説明され、その日は自主解散となった。

さっさと教室を出て行く者。明日のテストに備えて、早速参考書を開く人。出身校が同じだったのか、肩を叩きあって笑っている二人組……。入学式で親しくなったらしく、既にグループを組んでいる集団も見受けられる。

僕はというと、誰かと話すことも席を立つこともなく、どこかの彫刻のように頬杖をついてジッとしていた。憧れの高校生デビューとあって、昨晩は興奮してなかなか寝付けなかった所為だ。おかげで入学式の後あたりから断片的な記憶しかない。

そんな半睡眠状態の僕に声をかけてきたのは、初めて見る顔。

「お前さ、自分の名前、略されてからかわれたりしてたろ?」

さすがに高校に入ってまで、名前のことでとやかく言われることはないだろうと高を括ってたけれど、入学したばかりの高校生なんて所詮、中学生の延長に過ぎないらしい。

嬉々と弾む声に苛立ちの琴線が触れ、観察するようにして相手を見遣る。

「改めまして。俺、姫宮郁巳(ひめみやいくみ)。よろしく!」

背の低い、茶髪でクセッ毛の少年。動物に例えると、小型犬に似ている。

「どうも」

「俺のこと“ヒメ”でいいから。だから世川のこと“ミキ”って呼ぶな」

相手の即決した物言いにムッとしたのはほんの一瞬。僕を覗き込む双眸は、初対面の相手と話すことによる高揚に満ちていて、若干緊張を感じさせるものの、からかいや揶揄など一切窺えなかった。

親にしか呼ぶのを許していないその愛称を口にされることに、何故か嫌悪感はなかった。

「次はあいつに声かけるぜ」

姫宮――――ヒメは悪戯を企む小僧のような笑みを浮かべ、僕の腕を引っ張った。



僕、世川美紀彦こと“ミキ”、姫宮郁巳こと“ヒメ”、羽生由希(はにゅうゆき)こと“ユキ”は、誰が言い出したかは知らないけど“ネームトリオ”なんて呼ばれるようになった。女みたいな名前、とはさすがに口にされてないけど、そう思われたからこそ、皮肉めいたネーミングが付いたに違いない。

ヒメはまさしく名のとおり、どこかの我侭お姫様のような性格をしている。あれが嫌だからこれがいいとか、それ欲しいから交換しろとか、とにかくしょっちゅう振り回される。ユキより僕にせがむことが多いのは明らか。

僕も僕で、十歳年下の弟がいるからか、過保護精神が身に付いてなかなか断れない。まぁ僕にとってヒメの我侭なんて、可愛いで済まされる程度だから別に構わないけど。

ユキはヒメに振り回される僕を見て、苦笑する。

「ヒメ、あんまミキを苛めんな」

じゃれる子ども達を見守る父親のような顔で言われても、さほど説得力はない。

ユキは読書好きで、自分の時間を邪魔されたら相手が誰であろうと剣呑な顔付きで睨みつける。読書を邪魔されなきゃ怒ることなんて滅多にないけど、困ってる僕に救いの手を向けることもせず、ただの薄く笑って傍観しているだけ。ユキもヒメほどじゃないけど、ゴーイングマイウェイな性格してると思う。

僕達のグループは同じクラスじゃない人達にも、それなりに知られている。ヒメとユキの容姿だ。

ヒメは四組の(たに)とタイプが似ている。手に負える程度の横暴な性格と小柄な体格。おまけに可愛らしい容貌。

谷にファンクラブがあるのは周知のことだけど、どうやらヒメにもファンクラブなるものがあるらしい。嘘か本当か定かじゃないとはいえ、噂話に疎い僕の耳にも届くぐらいだから信憑性は高いだろう。

一方ユキは、思わず息を呑むほど格好良い。身長は高校生の平均並だけど、キリッとした眉に切れ長の双眸、鋭い顎。読書しながら眼鏡を指で押し上げるその姿は、まさにクールビューティー。

「何言ってんだ?一番目立ってんの、お前だろ」

ヒメにそんなことを言われ、紙パックのストローを咥えたまま、僕は首を傾げた。

「小学校時代から美術部とあって、日に焼けない白磁の肌。柔和な目。繊細な指先。ヘラヘラ笑ってる通常とは違って、絵を描くときだけ見せる真剣な表情。そのギャップがたまらないって、有名だぞ」

三人の中で一番の切れ者のユキに言われても、イマイチ信憑性に欠ける話だ。

母親似だからか、横顔だけ見れば女性に見えると言われたことはあった。揶揄されるならともかくとして、褒められる容姿をしていないことは熟知している。ユキやヒメが一緒なら、引き立て役もいいところだ。

「何より……」

僕を一目見たユキはその後、ヒメに意味深な視線を送っている。

「な、何だよ……?」

「いや」

焦り出したヒメに、ユキはフッと笑みを零した。その姿もまさにクールビューティー。

今度出展する絵のモデルを頼もうかと、ユキを見ながら思案していた僕はふと、別方向からの視線を感じた。

ヒメはムスッとした顔で僕を睨んでいたが、怒った表情のまま僕から視線を逸らし、荒っぽく残りの弁当を食べ出した。

「ヒメ、ご飯粒付いてるよ」

「取れ」

「はいはい」

世話を焼く僕。傍若無人なヒメ。そんな僕達の保護者のようなユキ。

二人に呼ばれる“ミキ”という略称。他の人にこの呼び方をされたらやっぱり抵抗を覚えてしまうけど、コンプレックスというほどではなくなってきていた。

二人以外の人から気軽に呼ばれるようになっても、笑顔で振り向ける。そんな日は、それほど遠くないのかもしれない。

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