9話
本日一話目の投稿です。
この後もう一話投稿します。
沈む
沈む
沈む
地底湖に落ちた修二はその勢いのままに湖の底へと沈んでいく。
体が動かないのは龍の"息吹"のダメージによるものか、別の理由か。
ぼんやりとした頭のまま、息吹の衝撃に波打つ水面を眺め続ける。
やがて体が湖の底に触れた。
水面までおよそ十メートル程だろうか。
湖のそこは暗く、冷たく、何より静かだった。
先程龍に殺されかけていたとは思えないほどに穏やかで、龍の"息吹"の熱波に炙られた背中を冷やしてくれる。
水上の激しさとは正反対のこの場所は唯一の安全地帯で、ずっとこのままでいたいとさえ思わせる静謐さを湛えていた。
しかしこのままここにいればやがて窒息して死に至るだろう。
さりとて水上に出れば龍に殺される。
あの絶対的な存在を前に修二ができることなどたかが知れていた。
シルタの瞳も探知系の能力であって、あの龍を屠れるような強力な攻撃など持っていない。
紋章魔法も攻撃系を使えないのであれば意味が無い。
折角チートをくれたというのに何の成果も出せず死んでしまうなど、恋来には申し訳ないことをしたなと思う。
そう言えば恋来とはまだ腹を割って話せていなかった。
女神として、人として、何を見ていたのか聞いてみたかった。
──あぁ、もう駄目だ
魔法の研究もしてみたかった。
使い勝手の悪い紋章魔法だが、あれにはもっともっと可能性があると思う。
"幻想白紙"と組み合わせてすごいことが出来そうなのに。
──もう駄目だ
異世界も見て回りたかった。
様々な異文化や異種族、地球では見られないようなお城や遺跡、異世界ならではの景色。
カメラを用意出来なかったことがとても悔しい。
──もう駄目だ
──あぁ、もう笑わずにはいられない
あんな恐ろしい龍に襲われたというのに、先のことばかり考えているのがおかしくてたまらない。
後悔しているみたいに言ってみせても、結局先のことばかり見て、諦められていないことは自分自身には丸わかりだった。
諦めないなら、立ち向かうしかないだろう。
湖の底を蹴って水面を目指す。
水面から顔を出せばまた龍の脅威が降りかかることは確実だ。
無策ではいけない。やはりここで頼りになるのはチート能力、中でも"幻想白紙"の可能性が頼りだ。
これが想像通りのものならば今考えていることはとんでもない結果を出すだろう。
水面まで五メートル。
幻想白紙を使用する。
頭の中に浮かぶ真っ白な画板。
検証に使うのは先程も使った"灯り"の魔法紋。
水面まで四メートル。
幻想白紙に"灯り"の紋章式を転写する。
問題なく成功し、修二は指先に魔力を集中させて発動した。
修二の指先が弱々しく光を放った。
成功した。
水面まであと三メートル。
幻想白紙で魔法が付与されるのは修二自身の体。
知識によれば"灯り"の魔法は本来道具を作るのに使用されるため人に付与できるものではない。
しかし"幻想白紙"は修二の体にそれを付与してみせた。
"幻想白紙"には付与する対象の縛りは無いらしい。
水面まであと二メートル。
ならば後はやることは簡単。
魔法の知識からひとつの紋章式を想起する。
それは本来人の体に付与するものではないが、"幻想白紙"ならばやれるだろう。
水面まであと一メートル。
準備は整った。
あの蜥蜴野郎に目にものを見せてやろう。
平穏を乱したことを後悔させてやろう。
目には目を。
歯には歯を。
龍には、龍を。
水面を割って。
今。
最強の紋章士が生まれた。
「"龍化"」
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