3話
一面に広がる雲の絨毯に、ところどころ突き出ている岩のようなものは山だろうか。
それが今修二に見えている世界の全てだった。
その光景を言葉で表すならば天国以上に相応しい言葉を修二は思いつかなかった。
「なぁ恋来」
「なぁに、お兄ちゃん」
「恋来ってほんとに女神?」
傍らに立つ妹へと問いかける。
さしもの修二もこれ以上現実逃避を続けることは難しかった。
「そうだよ」
「じゃぁ後ろの天使は?」
「ララは私の側近の大天使」
「そっかぁ」
「うん」
「……」
事実として告げられた修二だが、正直まだ理解ができたとは言い難い。これまでに起こったことを思い返すと、妹が光って天使がやってきてお外が天国。
まったく意味がわからない。
修二の脳内はずっと空回りを続けている。
「なぁ恋来、お兄ちゃん状況が全く理解できないんだが説明してくれるか?」
眉間を揉みつつ尋ねる修二に、今度はふざけること無く恋来も頷いた。
「私はね、地球の管理をしている女神なの。普段は地球に淀みが現れないように調整する仕事をしているんだけど、今回はとある緊急事態が起きてここに戻ってきたの。その時に部屋に入ってきたお兄ちゃんも巻き込んでしまって……ごめんなさい」
恋来はぺこりと頭を下げる。
なるほど、あの時の叫び声はそういう理由だったのかと納得する。それほどの緊急事態だったのだろう。
女神と言っても、大天使であるララのように頭の上に光輪が付いていたりはしないようだ。
「淀みとか調整とかはよくわからないけど、地球が滅びないようにお仕事しているって感じ?」
「テキトウだなぁ。でもそんな感じ!」
修二はふうむと呟く。女神とやらがどんなものかはあまりよく理解出来なかったが、今それは置いておいてどうしても確かめなくてはならないことがあった。
「その女神がどうして日本で女子高生なんてやっているんだ?」
この質問は恋来も予想していただろう。
「それはですね、もちろん女神の勤めとして自らの仕事の成果を確認するため、実際に人間として生まれ人と同じ目線に立ってですね!」
「あ、嘘なのはもうわかったんで結構です」
「なんとォ!?」
いきなり敬語になってハキハキと喋り始めたらどう見ても不自然である。あらかじめ考えてあった言い訳をそらんじているだけだと修二にはすぐ分かった。というか恋来が嘘をつく時の癖だと知っていた。
「それで、本音は?」
「えっと、えっと……」
「では私からご説明いたしましょう」
明らかに目の泳ぎだした恋来を見て、控えていたララと呼ばれた大天使が進み出てきた。
「えっと、ララ……様でしたっけ」
「お初にお目にかかりますシュージ様。わたくしの名前はララーニエルと申します。レイラ様を呼び捨てにしているあなたに敬称を付けられてはわたくしも困ってしまいます。どうぞ、お気軽にララとお呼びください。」
修二も大天使と呼ばれる相手には思わず畏まるが、大天使ララーニエル改め、ララは柔らかな笑みを浮かべる。
温和そうなその微笑みは柔らかく、修二は緊張がほぐされるかのようだった。
「ラ……ラさんは恋来の側近なんですよね?」
「えぇ、お務めの補助から身の回りのお世話まで幅広くやらせていただいております。ですからレイラ様の事であれば大抵のことにはお答えできるかと。」
なるほど、このようなしっかりした人にお世話をされれば恋来に生活力が無いのも頷ける、と修二は納得した。
「お兄ちゃん今失礼なこと考えなかった?」
「トンデモナイ」
何故修二の考えていることがわかったのか。女神の力だろうか。
「それで、レイラ様がわざわざ知識や能力を制限してまで人として生まれ、女子高生をしていた理由でしたよね」
修二は思わず喉を鳴らした。
女神と呼ばれる存在が人に転生し、自分の妹として過ごしていたというのだ。その理由いかんによってはこれまでのように妹を見ることが出来なくなるかもしれない。もしかしたら天界のいざこざなどとんでもない理由が飛び出すかもしれない。
修二は再び緊張に全身がこわばるのを自覚した。
「それは簡単なことです。仕事をサボって下界に遊びに行っていたのです」
「おい、恋来?」
思っていた以上にとんでもない理由であった。
「ちょちょちょっと!ララ!私お仕事はちゃんと片付けていったでしょ!」
恋来も慌てて抗議するが、遊びに行っていたことは否定していなかった。
まさか本当に遊ぶためだけに下界に行っていたのか。
「私はちゃんと淀みはすべて潰したし今後300年は淀みが生まれないように調整も完璧にこなしたでしょ!?」
どうやら恋来も楽をするためには努力を惜しまない質であるようだ。
二人を知る者が見れば、変なところで似ている兄妹であると思ったことだろう。
そんなことは知らない、または自覚のない2人は変わらず言い合いを続ける。
「えぇ、淀みはすべて片付けられていますし、新たな淀みは発生する予兆すら観測されていません」
「だ、だったら」
「しかし提出すべき報告書や定期報告会の欠席など女神としての義務をすべて放棄しておりますね」
「はぐぅ!!」
「その上、他の女神様方から来た連絡もすべて不通となれば覚えが悪くなるのも仕方の無いことでございますね?」
「ひぎぃ!!」
「その連絡の中に主神様からのものがあったりすればレイラ様は主神様を無視した不届き者ということになりますね?」
「ほげぇぇぇ!!」
恋来は力尽きた!
恋来がバタリと倒れる姿を見届けると、ララは改めて修二に向き直る。
「以上がレイラ様が地上に人として生を受けた理由でございます。」
にっこりと微笑むララを見て、修二は難しく考えることが馬鹿馬鹿しくなったのだった。
とりあえず毎週日曜日に更新していこうかと思います。
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