6 彼の生い立ち
リレゴ公爵家の次男として生を受けたベルトルドは、王が代替わりした十三年前、十一歳になると同時に騎士団に入団した。
貴族の子弟が騎士団に入り騎士として勤めるのは珍しい話ではないが、大抵の場合、特に高位貴族ともなると十代後半に入ってから何の修業も積まずに苦労なく騎士としての位が与えられるのが常識だ。碌に剣を使えずともいい。高位貴族の息子たちは二十代前後の期間を騎士として過ごした実績だけがあれば良いのだから。基礎的な訓練はあるが実際に剣を取って戦う事もなく戦場に立つこともない。もし万一立ったとしても前線に出る所か安全を約束された後方支援程度だろう。たとえ指揮官として戦場に赴こうとも、実際に敵と命のやり取りをするのは部下となった下級貴族出身の騎士や、庶民から成りあがった騎士、もしくは兵士なのだ。
そんな中で公爵家に生まれたベルトルドが、本来なら公爵の庇護のもと家庭教師に勉強を習い穏やかな時を過ごすべき時期に騎士団に入ったのには訳がある。
従騎士として一般出身の少年らと肩を並べ下働き同然の世界に閉じ込められるのは、下級貴族や特別な財産もなく爵位を継がない次男三男くらいのものだ。公爵家の次男で嫡男に万一の事があればすぐに必要となる存在たるベルトルドが騎士になるなど全く不要の選択であった。そうでなくてもベルトルドは生まれた時より母方の祖父がもつヴィルヘルム伯爵位を継ぐと定められていたのである。リレゴ公爵には二人の男子しかおらず、ベルトルドを騎士団などに入らせ何かありでもしたら一大事。当然両親は反対し、騎士団への入団を許しはしなかった。
ベルトルドは子供の頃より大人しい性格の、傅かされて育った割に誰に対しても優しい人畜無害な少年だった。特に自分の意見は持たずに素直に親の言葉に従う、とても扱いやすい子供だったのだ。公爵家の次男として長男よりは手を抜いて自由に育てられたが、驕ることもなく、使用人達にも気づかいのできる心優しい少年だったともいえよう。
品行方正で我儘を言わないベルトルドの初めての我儘が他の事柄なら公爵も快く頷いたかもしれない。だが跡取り問題や身分を抜きにしても、心優しい息子に従騎士という下積みからの厳しい生活が乗り越えられるとは到底思えず公爵は反対した。だがベルトルドは大人しく両親に従う反面、興味のある事柄は何があっても追求しないではいられない性格の持ち主でもあったのだ。
そもそもベルトルドが何故従騎士からの修業に興味を持ったのかと言えば、それは幼少期に教育材料の一つとして与えられた壮大な物語が始まりである。
物語の主人公は貧しい男の子だった。その男の子の住む世界には魔王が存在し、魔王の手下が悪さをして人間を苦しめる世界。男の子は貧しい家庭を助けるために騎士となる道を選択する。それから主人公である男の子は立派な青年に成長し、魔王を倒してお姫様と結婚するのだ。素敵な物語だと感じた幼く純粋なベルトルドは、家庭教師に自分も剣の修業をして騎士になりたいと可愛らしい夢を報告する。すると家庭教師はベルトルドに『いずれあなたも騎士になれる』と教えてくれた。けれどベルトルドは物語の少年と同じ年頃だというのに何の修業もしていない。騎士団にすら入っていない。主人公の男の子は騎士団で沢山の辛い経験をするのだ。矛盾を感じたベルトルドは家庭教師を当てにせず、自ら調べて現実世界の格差を学んだ。
『公爵家の男子は本当の騎士にはなれないのでしょうか?』
『ベルトルド様は選ばれた方です。苦労などせずとも騎士になれますよ。』
幼いベルトルドの疑問に家庭教師は優しく答えてくれたが、けして本当の答えをくれない家庭教師をベルトルドは早々に見限った。屋敷には話の通じる相手がいないとあきらめたベルトルドは、取りあえず母方の祖父であるヴィルヘルム伯爵に相談する。両親は戯言と話を聞いてくれなかったが、祖父は小さなベルトルドにきちんと向き合い耳を傾けてくれた。
『現実と物語は違う、お前のような子供が飛び込むには厳し過ぎる世界だ。先輩騎士の言葉は絶対で、黒いものを白と言われたら白と信じねばならん。理不尽な要求にも従い、失敗すれば殴られる。朝早くから夜遅くまで下男下女のように働き走り回り、同時に勉強もこなさねばならない。特にお前の様な家の出で従騎士となれば、悪政に身を置かれ続けた同輩からの恨みも買うだろう。お前は酷い言葉や理不尽な暴力に耐えられるか? お前が怪我をすれば負わせた者は罰せられるだろうが、相手が徒党を組んで画策すれば犯人は誰だかわからんだろうな。そんな中でお前は平穏無事に従騎士生活を送れると思うのか?』
富と権力を有する保護者の庇護を受ける少年が生きていける世界ではない。祖父は孫に諭した。
『平穏無事に過ごせれば騎士になれるのですか?』
そう返したベルトルドに祖父は『平穏無事に生活を送るにはリレゴ公の圧力が必要だろう』と返す。それを聞いたベルトルドは、自分が公爵の息子だからいけないのだと悟った。権力を有する父の庇護を受け、贅沢に育った公爵の息子だから本当の騎士にはなれないのだと。
そこで頭が良く出来た彼は書類を偽装し、辺境の村の存在しない一つの家族を作り出す。名を偽り入団試験に挑んだ彼は勉強はトップで、実技はぎりぎりで合格し入団を許可された。
親の言葉に逆らったベルトルドを連れ戻そうとした公爵をヴィルヘルム伯が止める。悪知恵を働かせ周囲の目を欺いた孫を面白いと感じると同時に、無理矢理連れ戻してもまた他のやり方で自らの道を突き進むのではと考えたのだ。頭の良い子なだけに、痛い目を見れば自ずと戻ってくるとヴィルヘルム伯はベルトルドの肩を持ってくれたが、その祖父によってベルトルドの出身は公の元に晒される。実力で駆け上るしかない者たちに囲まれた状態でどうなるのかを身をもって経験させるためにだった。
祖父や父のすぐに音を上げて戻って来るとの予想に反し、ベルトルドは公爵家次男として従騎士を勤め上げ、自身の力で正しく騎士の道を歩み続けることになる。
ベルトルドは気になった事はとことん突き詰める気性の持ち主だ。多少の壁も何のその、夢中になると周囲が見えなくなる癖もあるが、己の欲求を果たすためなら他人に変な目で見られようと少しも気にしない性格だ。そうやって公爵家の次男たる矜持ももたずに、壮絶な虐めも虐めと認識せず、物語の主人公が歩んだ道ならば自分にもできるのではと思っているうちに乗り越え、公爵家の次男であっても一から挑んで本当の騎士になれると証明して見せた。世界に魔王がいないのは解っていたが、不条理の多かった従騎士時代は珍しい事柄ばかりで興味が尽きることはなく、それは正式に騎士となってからも続いた。様々な出来事に直面する機会が豊富な騎士の職業は想像以上に楽しく、生涯の職にと望むほどである。
そんなベルトルドの前に現れたのがアイラである。子供の寝かしつけが上手いという馬鹿げた理由でエドヴィンに呼ばれた娘。
ゴルシュタット侯爵もついに血迷ったかと思ったが口にはしない。この時のベルトルドはイクサルド国王シェルベステルの病的な不眠にも、呼ばれたアイラにも何の興味も抱いていなかったからだ。王の御前に侍るのに何の問題もない出身である自分がアイラの護衛に望まれたのも納得したし、要人でもない娘に護衛など必要ないとも思ったが、与えられた任務はきちんと真面目に遂行するのが騎士となった者の定めだ。ベルトルドは物語の主人公と同じ騎士である我が身を気に入ってもいる。だからアイラが王の寝所から突然飛び出した時も後れを取ったと一瞬焦りはしたが、面倒などとは少しも思わず任務に忠実に後を追ったのだ。
「背中の紐を解いていただけませんか?」
「何?!」
突然の言葉に日頃冷静なベルトルドは聞き間違いかと思った。が、聞き間違いではなかった。頭の弱い娘かと思ったがそうではなく、王の為にやってみたいと訴える娘の言葉に偽りを感じなかったので一応確認する。
「しかし―――君は構わないのか?」
出会って間もない、正直見知らぬに等しい男に年頃の娘が服を脱がせろと言っているのだ。誘われていると勘違いされても文句は言えないだろうし、ベルトルドが娘の奇行を言いふらせば名前に傷もつく。本当にいいのかと問えば、扉は開いているので最低限の礼儀は取れていると主張してきた。確かに密室ではないし、もしもアイラが悲鳴を上げベルトルドに無理矢理とか馬鹿げた話をしたとしても言い逃れはできる状態だ。修道院へ入る予定だと言っていたが女の狡さも知っていた。あらゆる可能性を一瞬で頭の中で思いめぐらせ、結局ベルトルドはドレスの紐に指を絡める。マリエッタが特に念を入れて結んだ紐をアイラが無理矢理引っ張ったせいなのか複雑に絡んで解き難かった。切ってもいいという言葉に従わず何とか解くと、礼よりも先に扉が閉められる。瞬きの間にアイラの背中が重厚な扉へと変わっていた。
一度は拒絶したものの図々しく寝台に足を上げたアイラを王は拒絶しなかった。拒絶するだけの気力が残っていないという方が正しいだろう。過去の前例もあり娘を手にかけてしまうのを恐れる王に、アイラはエドヴィンとベルトルドがいるから大丈夫だと自信満々だ。王は自分が錯乱したらアイラを救えとベルトルドに命じ、眠れぬ夜の時間つぶしに会話を始めた。
王は本当に長いこと眠れておらず、ついには怪しい呪い師に愚かな希望を抱いてしまう程だ。だがベルトルドは今夜の王がいつもと違うと感じた。それはマリエッタもそうだし、エドヴィンもしかり。寝室に籠り切り手当たり次第に調度品を破壊し、ぼんやりと空を見つめてぶつぶつと何やら呟いていたかと思えば奇声を放つ。幻覚を見て肌に虫が這っていると肌を傷つけもした。限界などとうに超えている。このまま死んでしまうのだろうと冷静に予想するベルトルドだったが、この夜の王はアイラに身を預け、錯乱するどころか久し振りにまともな人間らしい会話を繰り広げていたのだ。
いったい王に何をしたと、ベルトルドはアイラの一挙手一投足を見逃すまいと観察を続ける。やがてアイラの胸に頭を預けていた王はアイラを抱きしめ泣き出してしまった。クリストフェル大公の話になり、泣いていないなら泣くべきだと提案したアイラの指示に従ったのかどうかは知れないが、王は『生きていてほしかった』と兄を想い幼い子供のように嗚咽を上げていた。
初対面の娘の胸で、どこの誰とも知れぬずっと年下の娘の胸で泣く王の背を見つめながら、ベルトルドは唖然とし、役目でなくとも微動だにせず直立不動でそれを眺めていた。王を泣かせ、最後には意識を失うように眠りへ誘ったアイラの手腕に、偶然に。いったい何をしたのだと大きな疑問を抱いたのだ。
単なる偶然だ、娘がいなくてもこの日は王に眠りが訪れるようになっていたのだ。そう思おうとしても不思議な現象に納得がいかない。王の憂いが晴れたのは確かに喜ばしいことであるが、エドヴィンやマリエッタのように素直に喜べるわけがなかった。いったい何をしたのか、偶然だ。アイラの力ではない。そう思えば思う程、証拠が欲しくてならなくなった。王の不眠にも呼ばれた娘にも興味はなかった筈なのに、ベルトルドは瞬く間にアイラという娘に興味を惹かれてしまったのだ。
寝ずの番に付いた翌日は次の仕事に支障が出ないようしっかり眠る習慣がついているベルトルドだが、王が何故眠れたのかが気になり一向に眠りが訪れる気配がない。知りたい欲に駆られ出向いた先の扉をそっと開けば、穏やかな寝息を立てて眠るアイラの姿があった。
何処にでもいる娘だ。怪しい呪い師の方が何倍もそれらしい。こんな娘に本当に人を眠りに導く力があるのかと何度も疑問に思ううち、ベルトルドは衝動に駆られ常識が吹き飛んだ。気付かれないよう寝台に足を乗せ、そっと体を忍ばせる。寄り添うように体を寄せると若い娘の温もりを感じ、陽だまりの匂いが鼻をなでた。しばらくじっとしていたが一向に眠りは訪れない。やはり王が眠ったのは偶然だ、けしてこの娘の功績ではないと冷ややかに見下ろす。閉じられた瞼を彩る漆黒の睫はとても長くて、見入っていると再度ベルトルドの鼻をあの香りが霞めた。
「眠りを誘う香でも仕込んでいるのか?」
睡眠を誘う香りなど気休めにしかならない。だがもしかしたらロックシールドの片田舎にしか伝わらない秘薬があるのかもしれないと鼻を寄せ匂いをかぐ。女性に対し失礼な事をしている認識などどこかに行ってしまっていた。陽射しの香りは心地よかったが他に怪しい匂いはしない。だが不思議といつまでもかいでいたくなる匂いだ。
鼻を鳴らしているといつの間にか漆黒の目が自分を見つめているのに気付いた。目の前の娘が息を呑んだのが分かる。声を上げる様子はなく、匂いの答えが知りたくて娘にかまわずかぎ続けた。やがて『ベルトルド様?』と問われ突き飛ばされたが、軟な男と違って女の力でどうにかなるような鍛え方はしていない。匂いに原因が見つけられずアイラの手を取って舐めてみるが味はなかった。ではどんな秘密が隠されているのだろう。衣服の下に何か予想のつかない品物を隠しているのだろうかと考えていると頭を軽い衝撃が襲う。振り返るとマリエッタが鬼の形相で睨んでいた。
普段穏やかなマリエッタの顔が恐ろしく変貌するのは、ベルトルドが一般常識から外れ間違った行動をした時だけだ。しかも今回はとても恐ろしい。側にあったのが柔らかいクッションでなく火掻き棒であっても迷わず頭めがけて振り下ろしたであろう形相だ。マリエッタの女性とは思えない力でベルトルドは寝台から引きずり降ろされる。泣きながら土下座したマリエッタの様子をみて、ベルトルドはようやく自分が何をしていたのかを悟った。
「こちらのお嬢様は男爵家の姫君です。容易く触れてよいものではありません!」
そんな事は正気に戻った瞬間に思い出していたが、知りたいという欲求は収まりがつかない。公爵家と縁があり子供の頃からベルトルドを知るマリエッタならそんな事は百も承知なはずだ。
「しかしマリエッタ、彼女が陛下に何かをしたのは間違いない。それを確かめずして私に平穏が訪れると思うか。」
ただの小娘に特別な力があるのかないのか。それが判明するまでベルトルドは欲求に駆られ続ける。だが城で再会したマリエッタはベルトルドの経歴に傷がつかないよう見張り、常に行き過ぎる前に制止をかけてくれていた。今回はそれが間に合わず、公爵家の人間であるベルトルドに変わりアイラに頭を下げてくれたのだがその足でベルトルドは叱り飛ばされる。
「ベルトルド様にお嬢様の一生を背負う覚悟がありますか?!」
一生を背負う覚悟……言葉の意味を正しく理解しながらもさらに深く考える。アイラは結婚を望まず修道院に行くと話していた。それが事実なら有難いが、ただのパフォーマンスだとしたら? 王の寝台に上がった娘だ、後ろにはゴルシュタット侯爵がいる。侯爵は権力の集中を望まず今以上の野心を抱きはしていないが、王から与えられる褒美としてアイラが後宮に入るのを拒絶する確証はない。
ベルトルドはそんな女を自分の妻に望むのかと自問自答した。もしアイラが言葉通り修道院行きを望んでいる慎ましやかな娘であるとしても検討してみた。いや、昨夜の件で彼女から慎ましやかな一面など少しも垣間見えなかったではないか。同時に狡猾さも窺えない。しかし女は隠すのが上手いので絶対とは言い切れないのだ。ベルトルドが同じ寝台に上がったというのにさほど狼狽えているようには見えなかった。けれどマリエッタの行動に対しては心底驚いているのが分かる。そのせいでベルトルドのしでかした出来事が薄れたのだろうか。そうだとすると男との同衾に慣れているかの判別はつかない。
「―――それはないな。」
触れたいなら結婚してからだと怒鳴るマリエッタにベルトルドは少し考えた後でしっかりと、正直に首を振った。公爵家の次男として生まれたが、兄に万一の事があれば自分が公爵を継がなくてはならなくなる。そうでなくともヴィルヘルム伯爵位を継承するのは決まっているのだ。いくらゴルシュッタット侯爵に縁の女性とはいえ、アイラ自身は小さな領地に住まうだけの田舎貴族である。国政にも口を挟める大貴族ヴィルヘルム伯爵家の妻に望むには箔が足りない。伯爵位を継ぐベルトルドには爵位に相応しい地位と能力を持った妻を迎える義務があった。
「では、触れるのも護衛の範囲を超え必要以上に近づくのも許されません。疑問のすべてに答えを求めるのは貴方様の悪い癖でございます!」
「だがマリエッタ、何か月もお悩みだった陛下に眠りが訪れたのだ。お前だって不思議に思うだろう?」
「ええ、ですから奇跡が起きたのです。お嬢様が奇跡を起こしてくださったのですわ。イクサルドを守る天使さま、お嬢様をお与え下さいましてありがとうございます!」
「天使ではなく彼女の功績だ。私は奇跡など信じない。なぁ、君も奇跡なんて信じないだろう?」
何百年も昔に天より舞い降りた天使がイクサルドを救った。当時の国王が信仰を始めた天の御使いはイクサルド中に浸透しているが、ベルトルドは形のないものを信じない。もし何かの力が働いたのだとしたら、王に訪れた睡眠はアイラ自身の構成だ。天使の力などでは決してない。
なのにベルトルドの問いかけにアイラは盛大に眉を顰める。
「奇跡は否定しませんけど……」
不確かな言葉は嫌いだ。賛同するマリエッタに反しベルトルドはもともと寄せていた眉間の皺を深くした。
「ならば陛下がお眠りになられたのは君が奇跡を起こしたからだと認めるのか?」
奇跡や偶然、たまたまという不確かな言葉はベルトルドの最も嫌う言葉だ。火のない所に火事は起きない、雨が降らねばいずれ井戸は渇く。何事にも原因があるはずなのだ。
「陛下がお眠りになられたのは偶然です、わたしが何かしたとかいうのはありません。わたしがいてもいなくても昨夜の陛下に眠りは訪れた筈です。わたしがその場に居合わせたのはたまたま、偶然です。」
嫌いな言葉を二つも続けて言ってのけたアイラにベルトルドは心を乱される。偶然やたまたまで済ませられたらどんなにいいか。元凶であるアイラ本人に否定され、何かあるのではという疑念が更に湧き起った。
追求したい。追求したいが―――この娘を嫁に迎えることはできない。理由は公爵家にも伯爵家にも身分が相応しくないからだ。それに迷わず男の寝台に足を乗せる娘など誰の子を孕むか知れないではないか。これは仕方がないとベルトルドは不満げに眉を寄せながらも仕方なく、断腸の思いであきらめることにした。興味ある事柄から手を引く決断をしたのは初めてである。