表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
胸を枕に  作者: momo
本編
27/42

27 伸ばした腕の先




 予定よりも遅れて城に戻ったベルトルドだが、王の眠りが訪れた今はそれほど急ぐ必要もないと自己判断し、己の欲求を優先したのをまるで反省していなかった。

 もし再び王が眠れなければ不寝番となるが、呼ばれるとしても夜が更けてになるだろう。イクサルドの国王が大切にする娘の護衛に向かうと、とうに予定時刻が過ぎたにもかかわらずグインが黙って護衛を続けていた。


 「遅れて申し訳ない、迷惑をかけた。」

 「いいえ。それではこれで。」


 いつもとは異なる強い視線が向けられる。アイラと部屋に籠って過ごしたのを不快に感じているのは解るが、引っ掛かりを覚えたベルトルドは背中を向けたグインを引き留めた。


 「何か?」

 「彼女はおとなしくしているのか?」

 「―――さあどうでしょう。」


 言葉と異なり視線の動きは正しい答えをくれる。それが解っていないグインではないのに、偽るときにする瞳の動きを見せた。ベルトルドを相手にわざとそうしたのだと解る。何が言いたいのかと本心を見極めようとするベルトルドにグインは一礼すると、任務の終了を宣言するかに再び背を向け姿を消した。


 グインを見送るとベルトルドは守る扉に迷いなく手をかけ開け放つ。室内に明かりはなくしんと静まりかえり廊下よりもひんやりとしていた。窓が開いているのだろうかと注意深く観察した後で、言葉もなく部屋に入り寝室へと続く扉を開く。


 「―――成程、最後のあがきという訳か。」


 もぬけの殻の寝台を認め面白いと口角が上がる。さすが興味を引き付けられるだけの娘であると、面白すぎて声が漏れそうだったが、すぐに真顔になると「気に入らない」と小さく呟いた。


 そもそもベルトルドは何故アイラに拒絶されるのかをしっかりと理解していない。愛というものを理解しないのだから仕方がないのだが、その重要性がまるで解っていないのだ。拒絶されても嫌われていないのは解っているので、どうして拒絶されるのかが本当に理解できない。人に頼られることで居場所を確保しつつも、ロックシールドの為に生きているような娘なだけに、条件のいい結婚相手となるベルトルドを受け入れない理由がまるで不明だ。どうすれば手に入れることができるのかと本人に問い、『愛している』との言葉が欲しいと言われそうした。それで納得して受け入れてくれたからこそ共寝を許されたと思っていたのに、天使の秘密を知るのに公爵を訪ね、戻ってみるとこれだ。


 行先に心当たりはある、絶対にそこしかない。踵を返したベルトルドはふと自分の考えに違和感を覚え立ち止まった。


 「私はどちらが欲しいのだ?」


 眠りの秘密を知りたいという強い欲求は今も間違いなく存在している。ロックシールドが天使の末裔というならその天使が何者なのか知らなければならない。けれどその天使をもっと詳しく知るためには、ガウエン公爵家の年のわりに子供じみた娘を嫁にもらわなければならないのだ。あのプリシラとかいう娘が何処まで使えるか調べていないので天秤にかけるには早いが、公爵の言うように社交は無理でも伯爵家の嫁として上手くやって行けるなら文句はない。教えられたことを忠実にこなし、アイラと同程度の能力を発揮できるのなら血筋からいってもプリシラの方を選ぶべきだ。アイラの胸に顔を寄せ眠っても特に何も判明しなかった。解ったのは眠るつもりがないベルトルドが眠ってしまったという腑に落ちない結果だけ。


 眠りと天使の解明。近道はガウエン公爵が家宝として取り扱う品にある。かつて天使と交流した者が残した書付に手紙のやり取り、そして遺品。アイラやロックシールドを落とすよりも確実に判明する道はガウエン公爵家にあるのだ。


 重婚は出来ないのだから、そうなるとプリシラを選んだ方が確実なのはわかっている。アイラの胸に顔を寄せ眠るという目的は果たされた。何もわからなかったが一応果たされたのだ。謎の究明にはプリシラという娘を妻に迎えるのが近道だと解っているのに、どういう訳かプリシラを選ぶという選択肢がベルトルドの中に思い浮かばない。


 「まぁいい、取りあえずは確認だ。」


 自分の心の動きよりも優先順位はアイラの居場所の確認だ。ベルトルドが無理にでもアイラと結婚したいならリレゴ公爵家として正式な結婚の申し込みをすればいいだけの話で、それをしなかったのはアイラの意思を尊重するという最大の意思表示であり、アイラの後見人的役目を担うゴルシュタット侯爵への配慮でもあった。エドヴィンともアイラの同意が得られるならと約束をしているのもあるし、こういった約束事をないがしろにすると遺恨を残すことにもなりかねない。結婚は長い年月に渡る契約でもあるために面倒は避けたいとの考えもあったのだが。ここでシェルベステルに縋られると少々厄介なことになる。アイラに受け入れられ結婚に突き進むのみと安心しきっていた己の落ち度と、ベルトルドは冷静に現状を分析していたのだが。


 「朝まで邪魔立てするなとのご命令だ。」


 声をかけるのも世話を焼く侍従の入室も許されないと王の寝室を守る近衛に阻まれたベルトルドは、アイラが手の届かない存在としてようやく認識し、冷や水を浴びせられたような感覚に陥った。


 「中には彼女がいるのだろう?」

 「不寝番で呼ばれたのではない。―――お前にも解るはずだ。」


 アイラの護衛だと主張するベルトルドに近衛が任務に忠実に厳しく言葉を叩きつけた後で、王がアイラに抱く想いを察しているだろう、あきらめろと慰めるように声をかけられる。


 ベルトルドはどうして慰められるような言葉をかけられるのかまったく理解できなかった。ただ眉を寄せ近衛に守られ閉ざされる扉の向こうに意識を向ける。


 「なんて顔をしている。まぁ気持ちはわかるがな。」


 いったいどんな顔をしているのか、気持ちとは何だろうと考えると眉間の皺が深くなった。鏡でもあれば自分で確認できるがここにはない。それよりも何故だろう、ここにきて急に気持ちが焦りどうしたらいいのか解らない、落ち着かないといった複雑な心境にかられるのは。


 国王が男爵家の娘を夜伽にと求めたのなら誰にも止める権利はない。そもそもベルトルドが自分で言ったのではないか、栄誉なことだと。エドヴィンが後見につくならば貧しい領地しか持たない男爵家であっても王の寵愛はロックシールドの益につながるし、ベルトルド自身もアイラが王の寵愛を受けても構わないと考えていたはずである。けれどそれはシェルベステルがアイラを無理矢理に伽へ引き込むような王ではないと解っていての言葉であったし、アイラも望んでいないのを承知していた。ベルトルドはそれを前提として話をしていた自分自身に驚く。そんな保証をいったい誰がしていたのだろうかと、認めながらも起きないことと勝手に思い込んでいた己の間違いに驚き、同時に今なら間に合うのではないかと思った瞬間には腕を伸ばしていた。


 「ベルトルド。」


 静かに、けれど確実な拒絶をもって近衛が名を呼ぶ。気付くと腕を取られいつでも攻撃できる体制を向けられていた。


 「陛下は彼女を抱かない。」

 「そうだとしても立ち入りは許されない、押し通るならそれなりの対応をすることになる。この状態で王の寝室に許可なく踏み込めばリレゴ公爵家も無傷ではすまないぞ。」


 踏み込むのが許されるのは王の命が脅かされた時だけだ。許可なくここを押し通ればベルトルドだけではなくリレゴ公爵家にも責は及ぶだろう。そんなことは諭されずとも解っていたし、するつもりはないのに勝手に腕が伸び、それを阻まれた体が抵抗しようとする。


 シェルベステルがアイラを抱いたとしてもかまわなかった筈なのにどうしたことか。シェルベステルは聡明な王だ、たとえアイラからの願いがあったとしても抱かないと解っているはずなのに、どういう訳か不安で二人を引き離したくてたまらない衝動に駆られるのだ。胸が疼きどうしたらいいのかわからない。そもそも何故このような感覚を覚えるのか、自分自身の事なのに全く理解できないなんて初めての経験だ。なのに目の前の近衛はベルトルドの気持ちが解るという。


 「私がいったいどのような気持でいると思う?」


 腕を掴まれたまま問えば、ベルトルドの腕を掴んだ男は眉を寄せ、哀れなものを見るような眼差しを向けた。


 「求婚したと聞いているが……違うのか?」

 「してはいるが、さらに条件が合う女性が現れた。彼女でなければならない理由が崩れ始めている。」


 シェルベステルを眠らせた力の理由が知りたくてアイラに求婚するまでに至った。結婚を前に胸に顔を寄せ眠る許可を得たが秘密を暴くまでには至らず、天使に繋がる何かを知っているガウエン公爵を訪ね、孫娘との結婚を条件に天使の秘密を知る権利をちらつかされる。アイラが本当に天使と呼ばれた人間の末裔なら、その天使に関する記述を有する公爵家とつながりを持つ方が秘密を知る確率は格段に上がるのだ。プリシラがいかなる女性かを調べる必要はあるが、アイラを妻に迎えるよりもプリシラを選んだ方が謎の究明が進むのは間違いない。


 「お前の焦る姿なんて初めて見るぞ。彼女でなくていいなんて本気で言っているのか?」


 何があろうと冷静に状況を判断し最善が何かを導き出す。ベルトルドが焦る姿など親や兄弟ですら見たことがないし、ベルトルド自身も自分が焦る状況に置かれた経験などない。道を阻まれようと冷静に対処してこれた今までがまるで嘘のようであるかに、新たに伸ばすべき道筋を描くことができなかった。


 「私は焦っているのか?」


 いったい何にと眉を寄せれば、男はベルトルドの腕を放して遠ざけるために胸を押した。


 「お前が焦ろうがアイラ嬢が陛下とどうなろうが、どちらにしてもここを通すわけにはいかないんだ。自分の気持ちが解らないなら冷静になってよく考えろ。リレゴ公爵家と陛下との間に問題が起こるのも拙いし、陛下を救って下さったアイラ嬢には私も感謝している。お前の気持ちが誠実でないなら彼女が哀れだ、開放してやれ。」


 胸を押され遠ざけられ、ベルトルドは人の目に自分が冷静でないように映っているのだと理解した。従騎士時代に先輩騎士からの謂われのない暴力や過剰な指導を受けても冷静さを失ったり焦ったりしたことがないのだ。いつも無表情で相手が何を考え、どのような態度を取れば不条理に対抗できるか、常に冷静に対処してきたし周囲にもそのような人間とみられていた。それが今は崩れてきているという訳か。いったいどうしてだろうと首をかしげる。


 「私は彼女に対して誠実だ、偽りなど一度も述べてはいない。」

 「たとえ条件だとしても他の女と比べられ、劣ると言われて傷つかない女性がいると思うのか?」

 「だからとて誠実でないとは言えないだろう。結婚に関しては条件や利害の一致が何よりだ。私は彼女が欲しくて求婚したが、望まれなければこちらとしても引くしかない。」


 手に入ると決めつけていたが、アイラ自身が自ら望んで王の寝所に侍ったのだ。ベルトルドに続きシェルベステルと、結婚前の若い娘が奔放に男と同衾を繰り返す。そのような娘が伯爵家の嫁に望まれるかといえば否だ。勿論ベルトルドとは何もなかったし、シェルベステルともないだろうが世間はそうは見ない。これを理由にアイラはベルトルドの求婚を退けるつもりなのだろう。ベルトルドが了承しなければ恐らくまた別の相手を探して同じことを繰り返すのだ。次なる安全な相手としては手近にグインを巻き込むだろうと予想ができるし、それで駄目なら目の前の近衛だろうか。これも天使の末裔が持つ力なのか、王の憂いを解いたアイラは近衛たちの心も掴んでしまっているようだ。


 「何が天使だ、そんなものいる訳がない。」


 ベルトルドの呟きを拾った目の前の近衛が意味が解らず眉を寄せる。


 「私は彼女の護衛だ、こちらで待たせてもらう。」


 扉を守る近衛の隣で壁に背を向けたベルトルドに、近衛は呆れたように息を吐いたが追い返すようなことはせず、近衛自身も扉に背を向け仕事に戻った。


 王の寝室前で夜明けを待ちながらベルトルドは、何故こんな所で立ち尽くしているのだろうと考える。別にここで待たずとも部屋に戻ればいいではないか。けれど気になってこの場を離れられないのが現実だ。いったいどうしてだろうと壁に背を預け腕を組んだ。


 同衾までしたのにと裏切られた気持ちになったのとも違った。

 アイラがベルトルドから逃げたければエドヴィンに縋ればよかったのにと思うも、彼女なら真っ先に他人を頼るより、まずは自分で考え努力するのだというのを思い出す。だからこそシェルベステルは不眠から抜け出せたのだ。有り得ないがもし万一にも過去に舞い降りた天使の不可思議な力が働いていたとしても、アイラが言われたことだけしか出来ない娘であったなら、あのまま側にいたとしても王を眠りに誘うことなどできなかった筈だ。あの日の王の眠り、それは間違いなくアイラの選択が功を奏したのだと考えた。


 初めて王の寝所を訪問した際に、貴族の娘だとは想像できない速さで寝室を飛び出し廊下を走った後姿を克明に覚えている。


 走り出したアイラに一瞬の後れを取ったベルトルドは騎士としてはまだまだなのだと思い知らされた。一瞬の間が命取りとなる、もしアイラが王を害する輩であったなら完全にベルトルドの負けだった。

 しかも跪き忠誠を誓う騎士とは異なり、末端とはいえアイラは貴族のご令嬢だ。そんな彼女が王の為に名実ともに一肌脱ぐ姿にも驚かされた。しかも体で王を陥落させ出世しようとかの目論見すらない、純粋な施しだ。眠った王に押し潰されもがく姿はどことなく愛らしく、最後にはあきらめ子供をあやすように王の背をぽんぽんと叩いたのには度胸を感じた。どこの世界に国王を子ども扱いする臣下がいるのか。しかも末端貴族のただの娘、城に到着した当初は不安に漆黒の瞳を揺らしていたというのに。


 ふと気づけば捕らわれていた。王を眠らせる力は魅力といえば魅力なのだろう、ベルトルドにアイラを妻乞う決断をさせたのだから。納得できるだけの条件を提示し、彼女からも嫌われていないという自信はある。なのにどうしてなのか、ベルトルドとの結婚を回避するために王の寝室に籠ってしまった娘の胸中が全く理解できない。ただ突きつけられたのは己を否定されているということだけだ。


 何がいけないのか、こちらは惹きつけられて止まないというのに―――


 理解できないベルトルドは不思議をもたらすアイラに対しさらに執着を深くする。今の状態で解るのはアイラがベルトルドを拒絶し、己がそれをのまなければならない状況に置かれるだろうということだけだった。


 


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ