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胸を枕に  作者: momo
本編
13/42

13 求婚理由




 シェルベステルがアイラに対してこれ程に強い依存を抱くとは考えていなかったエドヴィンは、過去の出来事とも合わせ、自分がもたらした現状ではあるもののどうしたものかと頭を抱える。


 アイラが側妃になるのを望むのなら、多少の危険を犯してもゴルシュッタットの養女として後宮入りさせるのも有りだ。だがアイラはそれを望んでおらず、シェルベステルもアイラの心が離れるのを恐れ強要はしない。何よりもエドヴィンにはアイラの父親である先代のロックシールド男爵との約束があるのだ。


 ロックシールドという存在は代々王の側に置かれ続けた特別な血を引く直系だ。誰もが知るわけではない、王家にのみ伝わる秘密事項がロックシールドを王家に縛り続けていた。その秘密をエドヴィンもシェルベステルも信じた訳ではない。かつて地上に降りた黒い天使の血を引く家系だとか御伽話おとぎばなしのようなものだ。天から舞い降りた御使いがイクサルドの危機を救った。その血を引くのがロックシールドなのだという。


 先王を排すにあたりどうしても必要だとクリストフェルから告白され、エドヴィンが秘密裏に接触してイクサルドの平和を築く為にと先王を裏切らせこちら側に引き込んだ。


 王を裏切る代わりに彼の出した条件は『私の代で終わりにして欲しい』との願いである。金銭や特別な役職などの要求ではなく王家からの解放だ。すでに尽きている力を求められても結果は残せない。いい加減に自由にしてほしい、子供たちにつながるこれからのロックシールドに都の土を踏ませてくれるなと願われ、エドヴィンは欲のなさに違和感を感じながらも条件を呑んだ。王を裏切るのだ、命を取られる危険もある。けれど彼が望んだのは子供たちの穏やかな将来で、その要求のせいでエドヴィンは最後まで前男爵を信じきれなかった節があった。


 本来ならアイラを巻き込んではならない約束だったし、エドヴィン自身も不可思議な力を信じた訳ではない。無理だと思っていた。それでも藁にも縋る思いで約束を違え引き込んだのはエドヴィンの罪だ。


 しかしながらアイラ自身が望まずとも若い娘をこのままの状態にしておくことはできなかった。いずれ修道院に入るつもりだと強く言われるが、例えそれが本心からの願いであったとしても、政変に巻き込み命を落とさせた男爵家の娘の名を地に落としたままではいられない。それに王の寝所に通う娘に何の地位も与えない王の配慮の無さも問われる。エドヴィンは信じていなかったが、実際に前ロックシールド男爵が反乱側に齎した情報は正確かつ重要なものばかりで、先王を追い詰めるのに決定的な証拠となってくれたのだ。


 だからこそ粗雑に扱いたくはない思いがある。だが今のアイラに地位を与えれば愛人認定確実だ。王の憂いが消えた後に修道院に入れば、お手付きになり捨てられ行き場がなくなったからだと周囲に噂されるのは双方にとっても良くないし、手を尽くしてくれた妻にも顔向けできなくなってしまう。

 

 残された家族に何かあればロックシールドの執事とカリーネの乳母を通して頼られるのは予想していた。その後ロックシールドの領地や財産が乗っ取られるのを阻止する手筈を整えたのはエドヴィン自身だ。けれど実際にアイラとリゲルを引き取り、懸命に面倒を見て育てたのは妻であるカリーネなのである。


 そもそもエドヴィンは政略で結婚した妻であるカリーネに期待はしていなかった。彼女は社交やきらびやかな物事に興味を示すが子供が苦手で、侯爵家には後継ぎが必要とわかっているのに、妊娠すればドレスを着て社交場へ行けなくなるからと隠れて避妊薬を飲んでいたほどだ。二人の子供に同情し面倒を見ると決めたのも慈善活動の一貫としてで、後の世話は全て使用人や家庭教師にまかせるとばかり思っていたのに。蓋を開けてみれば着飾り出歩くのをやめ、自ら専門知識に長けた家庭教師を選び、率先して教育や躾にも関わった。やがて薬を飲むのもやめ跡取りとなるサイラスを産んでくれたのだ。


 アイラはカリーネに恩を返しているというが、妻が変わったのはアイラたち姉弟のお陰であると思っているし、彼女の父親を巻き込み命を懸けさせたエドヴィンとしては、何もしないという訳にはいかなかった。


 シェルベステルとエドヴィンから与えたいと願う報奨も、彼女の許容できる額を超えると途端に壁を作られてしまう。己に対しては欲のない娘で、身を飾る宝石や衣装の類が少しでも豪華になると拒絶に近い反応を見せるのだ。心理的にアイラへ依存するシェルベステルは、明らかに一回り以上も年下の若い娘に気を使っていた。

 アイラ自身への報奨を嫌がられるなら、彼女が推し進めようとしているロックシールドの開拓へ資金提供を申し出れば、王や侯爵からの過分な贔屓は他者への反感を買うと了承してもらえない。『幼い頃の様にどうしようもなくなった時に手を差し伸べて下されば』と、城勤めとしての給金だけを受け取るアイラに出来過ぎた娘とエドヴィンは感嘆の溜息を落とすも、頑固な娘だと扱いに困った。


 だからといってシェルベステルに望まれるアイラをこのままにしておける訳もなかった。今もアイラの手を握らぬ夜は一睡もできないシェルベステルにある種の擦り込みの様な状況を感じつつ、クリストフェル大公を失い王が受けた傷の深さを認識させられる。パリス妃が王の逆鱗に触れてよりアイラに対しての嫌がらせや嫉妬がなくなったのは良かったが、騒動は城中に知れ渡りアイラは王の愛妾としての地位を築きつつあった。こうなってくると権力を望む輩が現れまた別の問題が起きてしまう。シェルベステルの不眠問題もあり、王からアイラを引き離さず何らかの地位を確立させてやれないかと悩むエドヴィンを、不寝番明けのベルトルドが訪ねてきた。


 「アイラ嬢に結婚の申し込みをします。正式な申し込みの前に保護者である閣下に許可をいただこうとやって参りました。」


 姿勢正しく直立不動の青年を執務机越しに見上げる。宰相補佐官たちはまだ出勤しておらず室内には二人きりだ。ベルトルドの性格をよく知るエドヴィンは困ったように小さく首を振った。


 「ここで許可を下せば彼女の逃げ道が無くなると知っての申し出か。」


 興味を抱いた事柄には徹底的に取り組む男だ。当然それには卑怯な手も使う。逃げ道を完全に封じて取り組む姿勢はベルトルドらしいが、彼ならエドヴィンが頷かないであろう事も予想できるはずであった。隠しもせず汚い手を使っていると認め頷くベルトルドに、エドヴィンは大きな溜息を吐くが聞く姿勢をとり先を促す。


 「私の首を縦に振らせるだけの材料を見せてもらおうか。」

 「閣下にはある程度の予測がついておいでと存じますが、お望みの様なので私の口から説明させていただきます。」


 ベルトルドはまるで書面に書かれた内容を報告するかに、極めて冷静に事務的に説明を始めた。


 「現在の状況ですが、閣下がアイラ嬢に抱く愁いは身の振らせ方とお見受けします。夫人が手塩にかけ育て上げたロックシールド家の娘です。醜聞に塗れるのを放っておけるわけがなく、しかも彼女は陛下のお心を射止められた。ただし陛下は彼女を女性として求めているのではなく、失う恐怖と病の悪化を恐れる依存故の執着です。ならば陛下との関係は今のままでも問題はない。」


 エドヴィンは心の内で問題がないはずがない、だから困っているのだと吐き出したが言葉にはしない。黙ってベルトルドの言い分を聞く姿勢を崩さず、ベルトルドもエドヴィンへの報告を続けた。


 「アイラ嬢を陛下の手元に置きつつ醜聞を回避する策として、相応の男に嫁がせるのを閣下もお考えになられませんでしたか?」

 

 当然考えなかったわけではない。例えシェルベステルのお手付きとなったとしても愛人で終わらせるつもりはなく、きっちり嫁ぎ先の面倒まで見るつもりでいるのだ。手が付くにしろしないにしろ、アイラが王に捨てられたと言わせないだけの相手である必要がある為に候補者選びは慎重に、そして難航していた。王の手つきとなった女性を押し付けられたと、陰口をたたかれないだけの地位と権力を持つ初婚の若者。当然アイラを受け入れ大切にしてくれる人間でなくてはならない。そうなると片手で数えられる程しか存在せず、だが当のアイラはそれを望まず修道院行きを主張する。


 「申し訳ないがベルトルド殿、私の中で君は候補に入っていない。」

 

 何故ならベルトルドはけして女性を愛しはしないからだ。大切にはするだろうが、それは大切にしなければならない理由があるから。貴族社会では愛情のない夫婦は多いがエドヴィンは現在の妻に深い愛情を抱いているだけに、アイラに仮面をかぶったような夫婦生活を強いるのは非情だと感じていた。


 「愛と執着は似ていると思いませんか?」


 ベルトルドには到底似合わぬ言葉を口にされエドヴィンは目を細める。


 「私は女の醜い面にかかわるのは時間の無駄と考えますので、外に愛人を作ったりといった事は決してないと宣言できます。誠実な夫として堂々と妻の隣に立つ事が出来ますし、妻が王の寝所に籠り実際に目の前で抱かれようが醜い嫉妬に狂ったり致しません。夫婦で不寝番というのも面白いのでは?」


 周囲の一般的な見解として、変人で通っているベルトルドが妻を持つのは何かしらの益があるからだと考えるだろう。けれどそれが権力に結びつくかと言われると否だ。ベルトルドは公爵家の次男でありながら、平民に紛れ騎士を目指し血反吐を飲んで這い上がったのはあまりにも有名な話で、かつ彼が自分の力だけでのし上がり位を極めようとしているのも誰もが知っているのである。


 ベルトルドは少しばかりの功績で騎士の階級が上がろうものなら、上げようとする人間を脅して再起不能に持ち込もうとする思考の持ち主だ。公爵家の人間だからと自動的に昇進するのは望まず、本来なら有り得ない僻地勤務の経験すらある。騎士の花形でもある近衛にならないのもそのせいだ。今では騎士団もベルトルドの考えを十分理解し、貴族枠ではなく一般出身枠として取り扱われていた。そんなベルトルドが妻を王の愛人として差し出し権力を得ようとしているなどいったい誰が本気で考えようか。蔭口でも叩いて目をつけられれば我が身が危うくなるというのも周知の事実だ。


 「ベルトルド殿、確かに君の言う通りだろう。君が彼女を娶り陛下の寝所に侍るのを許すのも間違いが起きないと知っているからだし、君が彼女を妻にすれば王の不寝番も続けてもらうことが叶う。リレゴ公爵家との結びつきだけではなく、ヴィルヘルム伯爵家との縁はロックシールドにとっても有益だ。だが私は許可を下すつもりはない。」

 「何故なのか理由をお聞きしても?」

 「それは彼女が嫌がるからだ。恩ある彼女を無理矢理頷かせることはできない。」


 夫婦となればベルトルドも愛を知るかもしれないが、現状において執着はあっても愛はない。不寝番に立つその場で、妻にした女が王に抱かれても嫉妬しないと吐かれるのも気分が悪く許せる範囲になかった。そもそもベルトルドとの結婚をアイラが望まないのは百も承知なのだ。


 「では無理矢理ではなく、彼女の意思で了承を得られるなら許可をいただけるのですね?」

 「彼女自身が君を望むなら。だが目の前で他の男に妻を抱かれても平気だと言ってのける君に、果たしてそれが出来るだろうか。」

 「頷かせて見せます。」

 「姑息な手を使えばすぐに気付くぞ?」


 酩酊させたり無理矢理手籠めなどもっての他。気分のいい文句や言葉のあやで追い込んでも調べれば直ぐに解る。


 「私が閣下を欺く為に一時凌ぎの手を使うと本気でお思いなら侮られたものです。彼女が嫁に行けない条件を一つづつ解決し、最後には納得して求婚に応じていただくつもりです。」


 エドヴィンはじっとベルトルドを見据える。恐らくベルトルドの中ではアイラを手に入れる工程が既に出来上がり頷かせるだけの自信があるのだろう。こうなってはエドヴィンが許可を下さずともベルトルドは実行するに決まっているのだ。


 「君が彼女に執着する理由を聞いても?」

 「彼女の胸に顔を埋めたいからです。」

 「―――は?」


 常に冷静に物事を判断できるエドヴィンであったが、真顔で答えられた返事の内容に目と口をぽかんと開けて呆気に取られた。けれどベルトルドにとっては貴重なエドヴィンの表情などどうでもいい事だ。


 「マリエッタに言われたのです、彼女の一生を背負う覚悟があるのかと。女性の一生を背負うなど冗談じゃないとあきらめようとしたのですが―――欲求には勝てない。私は彼女が持つ不思議な力が何なのかどうしても知りたい。そのためには初めて陛下が彼女によって眠らされた状況を再現する必要がある。閣下、私は彼女の胸に頭を埋め、頬を寄せる権利を得るために求婚する覚悟を決めたのです。」


 胸に顔を埋めたいから求婚する―――と?


 呆気に取られて言葉もない。そもそもあまりにも突拍子もない言葉に、まともな人間たるエドヴィンは思考が付いて行かなかった。


 女の胸が恋しいなら娼館にでも行けと怒鳴りたくなるが、発言が浸透するうちそうではないのだと理解できてくる。ベルトルドは至って真面目に謎の解明に取り組もうとしているのだ。その過程において、シェルベステルがしたように、アイラの胸に頭を預け検証したいのだろう。恐らく厭らしい意味ではなく本当に知りたい欲求に駆られての女性の胸に頭を、頬を寄せる行為。


 恐らく行為に及ぼうとした所でマリエッタに咎められたに違いない。病的な不眠症で死にかけたシェルベステルとベルトルドは状況も立場も違う。ベルトルドが未婚女性の傍らに寝そべり、胸に顔を埋める行為を行いたいなら、アイラの一生を背負う覚悟がなければけして行ってはならない。ベルトルドは思いとどまり現実を見たのだ。マリエッタに咎められ一時はあきらめたに違いない。だが興味を抱いた事柄に触れられない欲求が日々勝り、彼にとっては煩わしい女性を娶るという行為をしてまでに上り詰めたという訳か。


 「成程―――そうか。ならば彼女が私に助けを求めた時点で君の負けとしてよいならば許そう。やり過ぎた場合も強制終了させてもらう。たとえ既成事実があろうとアイラの意思がなければ他に嫁がせるがよいか?」

 「了解いたしました。」

 「陛下にも報告するが?」

 「陛下の為に呼ばれた娘です、心得ています。」


 平静時には常識を踏まえた立派な青年。一時凌ぎ的な手段は使わないとベルトルド自身も言っているし、無理矢理手籠めにとかにはならないだろう。が、アイラの幸せを望むエドヴィンとしては、もし万一にもアイラがベルトルドに靡くのなら、一気に問題が片付くという僅かな希望を抱いてしまった。





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