1 プロローグ
イクサルドの王城内に作られた教会に祀られるのは、神ではなく漆黒の髪と瞳、そして闇夜よりも深い黒で染め上げる翼を持つ天使だ。
今より五百年ほど前、天より戦場に舞い降り、大国タフスとの戦いで傷ついた兵を癒やした後、天使自らも戦場にたつと漆黒の翼でタフス軍を蹴散らし、イクサルドに勝利を齎したといわれる天よりの御使い。
その天使が壁面いっぱいに画かれた教会で、イクサルドの宰相エドヴィンは祈りと、そして許しを乞う。
かの天使は舞い降りた地上にて姿を消した。ともに消えたのは今も歴史に名を残すイクサルドの英雄。まことしやかに囁かれる伝説は天使と英雄が地上にて夫婦となり生涯をともにしたと言うお伽話。
「我らが世界を見守りし天の御使いよ、罪は私にあります。何卒お許しを―――」
壊れた内政を立て直すのに尽力してくれた男との約束を破ることになるやも知れない。不可思議で確定ではない力に縋らなければならない現状に、宰相は迷いながらも一縷の希望を託す。一国の宰相が神頼みなどばかげていると思われるだろうが頼むのは神ではない、かつてイクサルドに舞い降りた天使の末裔だ。
朽ちた力と今は亡き男は言ったが、それでも縋らねばならない状況にある。再びの腐敗を阻止するために、宰相は男との誓いを破り、罪を背負う覚悟をした。