九話 生ける屍のハイテク
20××年 6/25 雨
デイビッドたっての希望により彼のことは「デイブ」と呼ぶことにした。
「ところでデイブさんや、プレッパーとは一体なんじゃらホイ?」
以下デイブの説明によると、惑星衝突や隕石落下や太陽フレアにポールシフト、それから大地震や大津波……そしてかつてのアメリカ人が大好きだったゾンビ・アポカリプスまで含む様々な世界の終末を想定し生き延びるべく、個人としてはケタ違いに大量の物資を備蓄したりする「prep(備える)」人々を総じて「プレッパー(prepare)」と、アメリカではよばれているそうだ。
まあ、気合いの入った本気のオタク達ってところだろうか?。
しかし以前の平和な世界ではいい物笑いの種にされていた彼らプレッパーだが、今の世での彼らは……まあ、いろいろあったんだろうな。
このゾンビのような者達が世界を闊歩し初めてからの一年間を、彼らプレッパー達は易々と生き延びているという事だ。それは現にデイブが持つこの家に保存された圧倒的な物資の山を見てしまえば返す言葉もない。
そしてデイブは更に驚愕の真実を告げた。
「玄関のドアを開けたのは……実は、一年ぶりなのでありますよ」
……マジか。
しばし言葉を失った俺に何故か気をよくした風なデイブは、ドヤ顔で更なる説明を畳みかけてきた……面倒だから三行に端折るけどね。
・ともかくデイブはこの一年を
・たった一人で引きこもることで
・生き延びていたということだ。
↑以上三行。
「……一年か、正直ビックリしたよ。でもさ、だったら何で俺をあんな簡単に入れてくれたんだ?。あ!あと、あのカップラーメンは一体何だったの?」
「あははは!そうですね、何ででしょうね。で……も、二階から堀さんを最初に見た時に僕はね……カッコいいなあって思ったんでありますよ」
「うえ”、まさか……ホモォー!!?」
「いやいや!!、ゲイ的な意味じゃあありませんよ!。とにかく堀さんは僕の大好きな映画に出てくる主人公みたいに見えたのですよ!」
「(……何て返せばいいの、これ?)」
「もちろん堀さんが誰か特定のキャラクターに似ているワケではありませんよ。あ!でもマッドマークス2のメル・ギブサンには少し似て……いやいや!そういう事ではなくてですね!fury loader はクソっ!じゃなくてっ!oh's! Ji-zasu!アバババ!!」
「お、ー、い、お、ち、つ、け、ー。いや、fury loader は超面白かったダロ……但し!ギャグとしてな!」
「ゼハゼハ―……ゲフンゲフン……ンンッ、で、ですから、堀さんはこの状況に真正面から身体一つで応じて、力強く生き延びているように見えたんですよ!」
「……ただ一年間、ジーッと引きこもっていただけの僕には……それがとても眩しく見えたのでありますよ……僕には、ね」
「うーん……そ、そうなんだ。それはまあいいや。それであのカップラーメンは結局何?」
「あれっ?堀さんは風の谷のナウシコをご存知ではありませんか?。あの名作アニメには原作があってですね、堀さんもそれを知っているものとばかり思っていたのですが」
「オレゲンサクシラナイ、ヨ」
「そ、そうですか、知らなかったのですか……はっ!でも知らずにあの受け答えだったのなら……おうふ、my god……」
どうやらアニメネタだったようだ。
以下デイブ曰わく、異なる二つの部族が初めて遭遇した折、片方の部族が使者を出した。あなた方は戦争を望むのか。それとも平和を望むのか。それを問う為に戦争の象徴として剣を、平和の象徴としてパンを携えた使者を送ったというエピソードを、デイブなりにリスペクトし、かなり以前からもしもの時に備えて計画した上での行動だったらしい。
それで平和を望むのならカップメンってか。こんど原作見せてね。
「ん?でもそのわりには剣に代わるモノが何もなかった気がするが?」
「あれ!?見えませんでしたか?。でも!持ってたんですよ。フアッ!!そうか、手に握っちゃってましたけど……拳銃の弾」
「分かるかっ!!ってか拳銃持ってんのかよ!。密輸かよ!」
そう問い詰めると、弾は薬莢のみをアメリカで州兵をしている友達からもらったもので、拳銃は持っていないという。(……まあ今のところはそういう事にしておく)
とにかくもう、どこからツッこむ事が正解なのか最早1mmも考える気すら起きないが、まあアレだ。デイブは悪い奴じゃあなさそうだ。
それから俺達はしばらくの間とりとめのない軽口をお互いに叩きあった。そしてデイブは何よりも、とにかく外の話を聞きたがっていた。
口で説明しても構わないが俺は少し思案した後、昨日までは誰にも見せるつもりの無かった俺の日記をデイブに見せることにした。
「oh's!」とか、「Wooー」とか、ブツブツ言いながらもデイブは大人しく俺の日記を読んでいる。
その間手持ち無沙汰になった俺はスリングショットの調子をみることした。もうゴムなんか何時切れてもおかしくないし、最悪は輪ゴムをライターで炙って……などと情けないメンテ方を考えていると……。
突然、デイブは立ち上がり……ちょっとビックリした俺は、大切なスリングショットのゴムを千切ってしまった。……あう。
「堀さんっ!!Dr.龍子は?!!Miss美智子はー?!!!……いや、いいんです。僕には何も……ぼ、僕は!無力ですうっっ!!!……」
デイブは号泣していていた。
どうやらデイブの中では龍子さんと美智子ちゃんは非業の死を遂げたことになっているようだ。
「……いや、生きてるよ。二人とも」
俺は事実を告げる。
面白いからしばらくは黙っていようかとも思ったのだがウルサそうだしね。ヤメヤメ。
そんな俺の言葉を聞いたデイブはその場にストンと膝をつき、そして十字を切り、その手を組む。
小さく震えながら無言で祈るデイブ。
だんだん決まりが悪くなる俺。
デイブは一心に祈っている。
あまりにも想定外なデイブの振る舞いに、俺は若干引きつつも……俺の中の(仮想)良心メーターが何故か物凄い勢いでガンガン削られていくような錯覚を覚えていた。
……もう、あと少しで、さっきのゴムのように俺のメーターがブチっと切れそうになりかけたところで、やっとデイブの祈りが終わった。
何やら少しだけ晴れやかな顔になったデイブが静かに語り始めた。
「堀さん、ほんとうにありがとうございます」
「うっ、……えーっと、何が?」
「今日初めてお会いした僕が、一体堀さんの何に感謝しているというのか……堀さんにしてみれば不信に思われることでありましよう」
全力でコクコク頷いてしまった。
「今は僕も感情的になっているので上手く言葉に出来ませんけれど、貴方の日記は僕をも救ってくれました……」
感情的って。デイブの口調は今ままでで一番分かり易く理知的になっているけどね……などと、そんな余計な口は挟まずに彼の話の先を促す。
「詳しいことはいずれお話しますが今はお許し下さい。そして僕のたった一つの願いをお聞き下さいますでしょうか」
「あー、聞くだけなら……どうぞ」
「私を是非とも貴方達の御仲間の末席に加えて頂きたく……」
「はい、よろしく」
「…pa ! pardon ? 」
「だから、こちらこそよろしくって」
お互いに隠していること、言えないことはまだまだ有るのだろう。だがデイブは俺の信用をとっくに勝ち取っていた。
ユキも尻尾を軽く振って応える。でも多分ユキ的なデイブの序列はかなり下っぽいが、まあ問題ない(笑)。
デイブは少しの間放心していたみたいだったが、やがて正気に戻った途端に猛烈な笑顔と勢いで、食事やら風呂やら部屋の用意などで屋敷の中を駆けずり回りはじめた。
とは言っても、ほとんどの仕事がボタン操作のみで済んでしまう家事の数々を目の当たりにした俺は、まるで失われた古代魔法のようなハイテク家電システムの仕事っぷりに心胆寒からせしめた。
……ルンバッパとか、今さらだけど初めて見たよ。アハハ。
俺は俺の家での原始人生活をとても気に入ってはいるが……もし、この家で十日も暮らせば、多分、恐らく、いや絶対にいろいろ俺の大事なところが全部再起不能になるだろうと予感していた。
そして食事中しきりに長期滞在を勧めてくるデイブの言葉に一応甘える事にした俺は、とりあえず3日間の滞在を約束した。ま、三日くらいなら……ダイジョブダイジョブ。
ユキは俺が小心なことでグジグジ悩んでいることを見透かしているようだが、興味なさ気に知らん顔をしていた。
それにしても俺達の仲間になりたいというデイブだが、それはこの堅牢で快適な屋敷を放棄してまで俺達について来るつもりだという事だろうか。
そうこうしていると、次第に疲労の色が濃くなって来た俺たちは、この日のやり取りをここで一端終了して寝ることにした。
これからの話は明日に持ち越しだ。
固めのクッションが効いたベッドに横たわる。
その日初めて会った人を信用する事は平和だった以前の世の中ですら中々難しい事だろう。しかしここまで余裕のなくなった今の世の中ではその人の本性みたいなものが前の世の中よりも明け透けになっていると俺は感じていた。
何より今の世の中になってから出会った人達の中で唯一デイブは未だに俺に何も求めては……あ、仲間にしてくれってのがあったか。
ふふっ、まあ全部明日だ、明日。
今夜はぐっすり寝られそうだ。
あー疲れたー、おやすみー。