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生ける屍達についての日記帖 : Data of the living dead   作者: 230
生ける屍達の日記帖 二冊目
85/90

生ける屍のハンスト




拉致 4日目以降




 ここの敷地面積がかなり広い事は、外から通りかかった時に十分把握していたつもりだったけど、実際に正門のバリケードを通過し中に入って見渡すと、更にもう一度、改めて驚くほどの広さをこの刑務所は持っていた。


 そしてわたしは正門の近くに建っているビル内に案内され、サマーちゃんとも一時的に引き離されると説明された。


 貴女の財産を奪ったりしないとか、サマーちゃんとはまたすぐに会えるよう手配するとか、そのような事を山崎自衛官は丁寧に説明していたけれど、そんな説明中、わたしは相変わらず沈黙を保っていた。


 此処まで半ば強制的に連行しているという自覚がある上での物言いに、わたしは返事をする気がなかったからだ。

 かと言ってこの時はそれ程怒っていたワケでもなく、ただ怒りの種火が自分の心に芽生える様子をサティする事に忙しかっただけだ、とも言える。


 そして更に堀師の日記についても「是非とも貸して頂きたい」と丁寧に求められ、わたしは沈黙のまま日記を彼女に手渡した。


 まあ、この二冊の日記には、わたし達の今までが、ほとんど全て記述されている事は確かだ。


 下手に話し合いの場を設けて、グダグダとどこまでも平行線的な主義主張をぶつけ合い、貴重な時間を浪費するよりも、この日記を相手方が読みたいというのなら、むしろ読んでもらった方が遥かに時間の節約になるだろう、という川久保家の時とほぼ同じ理由から、わたしは堀師の日記も渡す事にした。




 その後、別室とやらに案内された訳だけど……見方によっては反抗的ともとれる沈黙をしばらく貫いていたわたしは、てっきり檻のついた独房にでもぶち込まれると思っていて、そういう覚悟もしていたけれど、意外にも小綺麗な個室を与えられ、少し拍子抜けした。


 だけど、当然内鍵などは無く、施錠は外からのみ可能で、結局は体のいい軟禁状態である事に違いはなかった。


 それからわたしはこの個室にしばらくの間、拘留されることになった。




 翌日。


 とりあえずこれ幸いと、瞑想に勤しんでいたわたしだったけど、やはりいろいろと考えを整理しなければならない事案が幾つかあった。




 まずは、仮称ゾンビ達についてだ。


 わたしとエリカさんがここまでの道中で出会った仮称ゾンビの数は……えーっと、あれ? 幾つだったっけ……うーんん、まあ、せいぜい10人前後に過ぎないだろう。

 あと、例の酷道に入ってからはゼロだったと思う。


 しかし今回、たった一泊二日の行軍で山崎自衛官達とわたしは遭遇戦を三度も行っていて、都合20数名もの仮称ゾンビ達と会敵している。


 これを偶然として片づけるのは、どうにも不自然だし無理がある。


 ここに何らかの縁起が働いている事は間違いないけど、この差異が発生する蓋然性を満たす要件が何なのかを探るには、やはりデータが足りなさ過ぎる。


 当てずっぽうの妄想で良ければ幾つか心当たりもあるけれど、やはりもう少しヒントや手がかりを掴んだ後に考えた方がいいだろう。




 もうひとつは、カンちゃんの件だ。


 実はこの時も、この個室についていた()め殺しの窓からは、カンちゃんの姿がしっかりと見えていた。


 日記の事がある以上、当然カンちゃんの存在は相手方も分かっている筈だ。


 だからと言って即座に殺したりしないとは思うけど、何かの取引を持ち掛けられたような場合に、カンちゃんやサマーちゃんの命を質草としてとられるケースだって考えられる。


 まあ、そのような卑劣な取引になど、そもそも応じるつもりがない事は日記内でも明言しているし、そこまで強引な取引を望むほどの理由もない、とは思いたいところだけど、一応は心に留め置くことにしよう。




 最後はエリカさんの事だ。


 今回のケースみたいに、人数なり装備なりの圧倒的な武力を持つ集団に、もしもわたし達が出会った場合はどうするか? という話し合いは何度か繰り返していた。


 基本的にはわたし達各々がブッダの教えに則り、その上でお互いの意を汲み、臨機応変に対応して事を為す。というかなりフワフワな同意を得ている。

 だからこそ、彼女は確実にわたし達の後を追ってこの近くにまで、フワフワっと来ているに違いないと確信していた。あはは。


 この時点で、拉致からもう一週間近くが経っていたけれど、まだしばらくは様子見をせざる得ない状況である事は、彼女もまた分かっていたと思う。ここが我慢のしどころだ。




 ここまで考えて、やっと頭がスッキリしたわたしは、久しぶりのお布団に潜り込んで、安らかな眠りについた。




 更に翌日。


 室内に座して、瞑想に耽っていたわたしの所に、天城隊員が顔に冷や汗を浮かべながらやって来た。


 「すいません京子さん! サマーちゃんが昨日から、水もエサもぜんぜん食べてくれないんです!」


 との事だった。


 エリカさんと引き離されてから一週間近くが経ち、そしてついに昨日からは、わたしとまで引き離されたサマーちゃんの気持ちなど、察するに余りある。

 そりゃあハンスト(ハンガーストライキ)だってするよね。


 許可は取ってあるという事なので、この建物の外庭にまでなら出られる事になった。




 わたしの姿を見つけたサマーちゃんが、嬉しそうに駆け寄って来る。


 わたしはサマーちゃんの首に抱きつき、サマーちゃんは自分の顔をわたしの頭にこすりつけてきた。

 この時は、わたしの髪が少しだけ伸びていたから、きっとサマーちゃんのほっぺはチクチクしたことだろう。




 それからサマーちゃんは、庭のあっちこっちに生えている白詰草なんかをバクバク食べ始め、お水もゴクゴク飲んでいた。


 人心地がついたら、今度は地べたに寝転がって、ドッタンバッタンと砂浴びをはじめた。

 普段はとても大人しいサマーちゃんによる、楽しそうな大暴れを見ていると、ついついわたしも、天城隊員も、いつの間にかホッコリと和んでいた。


 わたしはここ数日に及んだ沈黙の行を解いて、天城隊員と少しおしゃべりをした。


 おしゃべりの途中で「あっ、ブラシが……ないや」と、わたしが一言もらすと、それで察したような天城隊員は「ちょっと待ってて下さい」と言い残して駆け出した。


 しばらくして戻って来ると、おそらくは彼女の私物であろうヘアブラシを持って来てくれた。


 サマーちゃんにブラッシングをしながらわたし達は、他愛もないおしゃべりに花を咲かせていた。




 彼女の実家は牧場を営んでいたそうだ。だから彼女はサマーちゃんの扱いに長けていた訳なのだけど、わたしはてっきり。


 「わたし、レンジャーって馬の訓練までやってるのかー! って思ってましたよ」


 「ぶっ! あはははは!! まさかー」


 と、彼女を大笑いさせてしまった。


 やがて大笑いが収まった彼女は、少し表情を引き締めてこう言った。


 「実はわたし達も昨日、京子さんの日記のコピーを頂いて読ませて貰えたんです」


 「ええっ!! いや、読むのは全然構いませんけど、コピー機がまだ使えるんですか?!」


 「はい。事務棟……今、京子さんがお使いの建物なんですが、事務棟の屋上のソーラーパネルがまだ生きていて、日中なら少しは電気が使えるんですよ。でもトナーなどの消耗品は補充がききませんから、これだけの枚数をコピーするのは、けっこう揉めたのかもしれませんね」


 「それで京子さんの日記のコピーなんですけど、今、このコピーは隊内の注目の的です。明日には京子さんのもたらした情報についての会議も行われます」


 「その後、二、三日中に隊の方から京子さんに、何らかのアクションがあると思います」


 「だけど、私たちは絶対に京子さんに危害を加えたりしません!。それだけは信じてください!」


 「はい。分かりました」


 「………………えーっと、それだけ、です、か?」


 「はい?、なにか?」


 「いや、京子さん! 私にアレコレ聞きたい事はないんですか?」


 「ああ、大丈夫ですよ。お気持ちは嬉しいんですけど、事前に余計な先入観を持ち過ぎると、あんまりいい事は無いですからね」


 「あ、それも『悟り』なんでしょうか」


 「まあ、そんな感じですね」


 「分かりました。勉強になります」


 「では山崎一曹から許可された伝達事項をお伝え……いや、今から勝手に独り言をしゃべりますので、もしよければ聞いててください」




 その独り言によると、現在この刑務所には自衛官16名、民間人21名が共同生活を営んでいるとの事だ。


 その自衛官の内、女性自衛官がなんと11名も占めていた。


 そして天城隊員の口振りからすると、やはり事態発生当初、女性隊員達は、男性隊員達からの庇護や犠牲によって、これまで生き残って来られた側面が大きいという事だった。


 そうした背景を乗り越え、自ら発奮し、厳しい訓練と実戦を積み重ね、従来の男性レンジャー隊員に勝るとも劣らない実力を身につけた隊員が、彼女達三人の他にも、まだ数名いるそうだ。


 そんな自衛官達の間では、わたしと堀師の日記は概ね好意的な理解を得られているらしい、との事だけど、民間人達については天城隊員も口を濁すに留めていた。




 こうしてこの時点での刑務所の雰囲気についても、だいたい得心がいったし、わたしが一人だけ隔離されているような状況にも理解ができた。

 わたしは、独り言に対するお礼を述べてから、天城隊員にサマーちゃんを託した。




 そして拉致から七日目。


 座して、瞑想を始めようとした所で、コンコンと、この個室の扉を叩く音がした。

 そしてその扉の向こうには山崎陸曹長と、その他二名の自衛官が立っていた。




 ……ふう、いつの間にかニャアも寝てるし、ちょっと休憩しよ。




 生きとし生けるものが真に幸せでありますように。




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