生ける屍の戦闘状態
旅 64日目
三週間ぶりの再会を果たしたニャアが、昨日からずっとわたしの後にピッタリ張り付いている。
わたしが一人でトイレを済まそうという時でも、目の前にドーンと座り込んで、じーっと動かないもんだから……もう、ホントにご勘弁して頂きたいのでありますよぉぉ。
まあ、それだけこの三週間でニャアにも沢山心配をかけたのかも知れないけれど、うーんん……まあ、これは、仕方ないか、な。
はい! もう!、これは仕方ありません!。わたしはこの頼もしいニャア用心棒に見守られながら、今日もまたこの日記を元気に書き記そうと思うのであります!。
拉致 1日目
山崎自衛官は険しい表情を崩さないまま、一気にわたしの日記を読み終えていた。
「このニャア、というのはユキヒョウらしいとの事ですが、本当にあなた達に危害を加えないのですか」
「謂われもなく、いきなり銃口を向ける人間よりも、わたしにとってはニャアの方がよほど安全だと存じております」
「……分かりました。善良な日本国民である貴女に、いきなり銃口を向けた事をここに謝罪させて頂きます。申し訳ありませんでした」
そう言いながら彼女は立ち上がり、ピンと背筋を伸ばし、そして深々と腰を折った。
しかし、これは今もどこかから監視しているかもしれないエリカさんへの、油断を誘うためのポーズであるという可能性を残している。
わたしはそうした妄想を考慮しつつ、ある程度の時間を置いてから、その謝罪を受け入れた。
「重ね重ね申し訳ありませんけれども、京子さんには、是非とも私達とご同行をお願いしたい“義”が、この日記によって発生しました」
「それは、アキラくんのお父さんの件でしょうか」
「その質問には、ハイと答えさせて頂きます」
「アキラくんのお父さんの件でしたら、この日記に記した通り、わたしはお父さんのお名前さえも知らないのですが、それでもでしょうか」
「それでもです。ご同行をお願いします」
「拒否すればどうなりますか」
「…………お願いいたします」
彼女達が肩から吊り下げている機関銃が鈍い底光りを放つ中、わたしは暫し沈黙を挟み、熟考とサティを重ねた末、山崎自衛官達に同行する事を了承した。
これ以上誰も「殺さない、殺されない」ことを第一に考えた決断だった。
それ以降わたしは沈黙を保っていたのだけれど、彼女達はジュンイチさん等のお墓を掘り起こし始め、遺体の確認を行っていた。
その事について山崎自衛官は明言を避けたけど、どうやらカナエさん、シノブさんの両名もまた、自衛隊の関係者であり、おそらくは彼女らの捜索も目的の一つであった事がおよそ察せられた。
そしてこの日から三週間の間、わたしはエリカさんとニャアの顔を見る事が出来なくなった。
その時、樹上に居たカンちゃんだけは、そっと(何食わぬ顔で)わたしを見ていた。
拉致 2、3日目
タケシさん宅で一夜を明かしたわたしと山崎自衛官一行は、翌朝出発した。
結局わたしとサマーちゃん、そしてカンタカ号が、彼女達に連行される事となった。
カンタカ号の荷台は彼女達の手で整理され、ウオータータンク以外の荷物はほとんど下ろされてしまった。
そしてポッカリと空いたスペースに「こちらにお座り下さい」と、山崎自衛官から“お願い”された。
このお願いは、わたしに手綱を持たせない事が真の狙いだったと、この時は考えていた。
わたしに手綱を握らせておくと機を見て逃走される恐れがあり、それを未然に防ぐことを狙った措置だと推測した。
わたしの代わりに手綱を持ったのは、天城という隊員だった。
「自分はケッティを初めて見ましたよ。ケッティって気難しいコが多いと聞いてましたけど、このサマー、さんは、とても素直ないいコですね」
天城隊員はこんな風にサマーちゃんを褒めていたけれど、やはり心の奥では、わたし達を拉致している罪悪感が拭えないようで、言葉の端々には後ろめたい気遣いが滲み出ていた。
行き先については何も聞かされていなかったけど、どうやら、わたし達が今まで通って来た道を逆戻りするようだった。
そして例のマイクロバスに近づいた辺りで、彼女達は草むらや物陰に隠していた、頑丈そうな三台の自転車を引っ張り出してきた。
その自転車の内、二台をカンタカ号の両側面にロープで縛り付けた。
どうやらサマーちゃんの歩みに合わせて行軍し、一台の自転車を斥候として運用する考えのようだった。
行軍スピードは意外にも速かった。おそらくは天城隊員の技術でサマーちゃんを上手に御しながら、坂道にも関わらず彼女自身も二時間以上常に小走りを続けていた。
殿を勤める山崎自衛官もまた、ずっとジョギングペースを維持しながら追走していた。
もしわたしに手綱を握らせていたら、とてもこんなペースを維持することなど出来ない事は、否が応にも理解した。レンジャーはダテじゃない。
後もう少しで酷道を抜けるという所で、先行していた川田隊員の自転車が戻って来た。
「会敵ーッ! 数はゴーッ!」
「天城! お前はこのまま京子殿を警護! ワタシが出る!」「レンジャー!」
そしてレンジャーによる一方的な虐殺が始まった。
どうやら川田隊員の巧みな誘導で、五名の仮称ゾンビ達は各々がかなりの間隔を開けながら、こちらに迫って来ていた。
その仮称ゾンビ一名に対して彼女達は必ず、二人掛かりで対応していた。
まず一人がタックルなどの手段を用いて仮称ゾンビを転ばせる。そしてもう一人がその仮称ゾンビの頭部を押さえ込み、最後は工具の貫通ポンチにも似た、先細りの鋭そうな金属棒で、その頭蓋骨に大穴を穿っていた。
彼女達はこの連携で次々に仮称ゾンビ達を処理して行くと、ものの五分もかからない内に、静寂が訪れた。
「状況終了……」
山崎自衛官が戻り、息を整えながらそう声をかけると、天城隊員もずっと構えっぱなしだった銃口をようやく下ろした。
そしてサマーちゃんもまた、少なからずショックを受けていたようだった。
二時間以上のジョギングから休む間もなく戦闘状態に突入し、さすがに彼女達レンジャーにも隠しきれない疲労感が、色濃く漂っていた。
わたしはこの時彼女達を介抱しながら、こんな事を考えていた、ように思う。
彼女達はこんな戦闘を三年以上繰り返し続け、それをある種の誇りとして胸に抱いている。
そしてわたし達の仮称ゾンビに対する考え等を山崎自衛官以外は、まだ誰も詳しくは知らない。
わたし達の考えや生き方は、彼女達の結束を乱す可能性が大いにあることくらい山崎自衛官も当然考慮しているだろう。
その彼女の判断において、このまま自分達のグループに波風を立てない事を優先するなら(アキラくんのお父さんの事があったとしても)無理にわたしを拉致する必要は無かったと思う。
それでもわたしに無理矢理の“お願い”を押し通してまで連れてきたのには、それなりの理由が、わたしの日記に記されていたからなのだろう。
しかし、それが一体どんな理由なのかなど、この時のわたしには当然分かるワケもなかったけど、かなり面倒な事態になるであろう事は、この時点でしっかり覚悟が出来ていた。
それから一泊二日の道中で、都合三回、延べ人数20数名の仮称ゾンビを退けた山崎自衛官達は、この高い壁に囲まれた「刑務所」に辿り着いていた。
生きとし生けるものが真に幸せでありますように。




