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生ける屍達についての日記帖 : Data of the living dead   作者: 230
生ける屍達の日記帖 二冊目
81/90

生ける屍の通行解除



旅 42日目(40日目分)




 前夜はずいぶん遅くまで畑に座り込んでいたわたしだったけど、翌朝にはかなりスッキリとした目覚めを向かえ得る事が出来た。


 エリカさんもまた昨夜の内に自分の心を御しきれたようで、わたし達は揃って朝の支度を静かに整えた。




 そしてようやくではあるけど、わたしは昨日手に入れた短い鉄パイプの使い道をひとつだけ思いついていた。


 そしてこの思いつきが本当に正しいのかを確かめるべく、もう一度あのバスを詳しく調べることにした。




 件のマイクロバスの所まで到着したわたし達は、まずはこちら側に工具等が入っていそうなハッチがないかを探した。


 ひとつそれらしいハッチを見つけて開けて見たけれど、残念ながらそこにはタイヤ止めの(くさび)が収納されているのみだった。


 次はバスの内部と反対側の側面を調べたいところだったけど、バスについている窓は全て、内側から打ち付けた板で目隠しをされている。


 わたしとエリカさんはバスの屋根によじ登った。そしてエリカさんにはそのまま屋根から見張りをしてもらい、わたし一人で反対側に降りることにした。


 まずはさっきと同じようなハッチを見つけて開けて見るものの、さっきと同じく車輪止めだけが格納されていた。


 乗降口に手をかけるもやはりロックされている。昨日取り上げておいた鍵束から、自動車のキーらしい鍵をひとつひとつ試してみて、無事ドアが開いた。


 そこでようやくわたしは、お目当ての工具を車内に見つけることが出来た。




 油圧式の爪ジャッキがひとつと、高さ10センチほどの低床台車4台がそこにあった。これならイケる。




 分かってしまえば何て事もないけど、この鉄パイプの用途は、油圧ジャッキを動かす為のレバーハンドルだったようだ。


 まずはタイヤ交換の要領で、このジャッキを使って車輪部分を一カ所ずつ持ち上げる。

 そして持ち上がったタイヤの下に低床台車を差し込んで、その上にタイヤを下ろす。車輪止めもお忘れなく。


 これを四カ所、全部のタイヤにしっかり施したら、わたし達(もちろんサマーちゃんパワー含む)の力でもこのバスを動かせるハズだ。



 

     │    │

     │    │

     ┌────┐

     │ バス │

     └────┘

     │    │

     │ ↓  │

 ┌───┘    │

 │     ↓  │

 │ ◯      │

 │ ↑ ┌────┐

 │ ↑ │ バス │

 │ ↑ └────┘

 │  ↖     │

 │   ↖    │

 └───┐◯   │

     わたし達 │




 後はこんな感じでバスを待避スペース前まで動かせれば……永らく世界を覆い隠していた開かずの扉も、この度、御目出度(おめでた)開闢(かいびゃく)が為され、わたし達は大手を振ってズズ、ズイィィーっと、先に進めるっていう寸法だ。いえーい!。


 わたしは喜び勇んでエリカさんを呼び寄せ、この作業の説明をしながら、まずはサイドブレーキをしっかりかけ直し、ハンドルがフラフラ遊ばないようにガッチリとロープで固定した。




 こうして、いざ作業を始めてから気がついた幸運が、もう一つあった。それはこんな酷道でありながらも、この辺りの路面がほぼフラットに水平を保っていたという幸運だ。


 もしもこの水平性が保たれていなかったら、全てのタイヤに台車を噛ませた時点で、自重と傾斜により、勝手にバスが滑り出してしまう公算が大きかった。


 おそらくだけど、このバスを“ここ”に設置した大きな理由として、この辺りの路面が水平だった点が大きかったのではないかと思う。




 ともあれ、仮にも解脱を志す修行者としてはあるまじき醜態だけど、なんとかバスを待避スペース前まで引っ張り込んだ時のわたし達は、しばらくの間キャア☆キャア大騒ぎしながら喜びを分かち合っていた。


 「いやっほー! やったぜ!、なんかさゲームみてーだったな!」


 「えへへ、そうだねー、キーアイテムを探し出して、難しいトラップを見事クリアー! って感じだったねー」




 こんな風に通行解除に成功した喜びをひとしきり分かち合ったわたし達は、次なる問題には一体どう取り組むべきか、という話し合いを始めていた。




 「……さてと、それじゃあ次は、タケシさんと、ジュンコさんをどうするか、よね」


 このタケシさんとジュンコさんというのは、前回わたし達の目の前で逆カエサルによって死亡したヨシヒロ老人の手帳に頻繁に記されていた人物達の名前だ。

 ちなみに、あの老人の名がヨシヒロだと判明したのは彼の免許証で確認した時の事だ。


 彼の手帳の大半は、あまりにも判読不明瞭な妄言や恨み言がネチネチネチネチと積み重なっていたワケだけど……どうやらこの手帳に拠れば、この近辺で約一年前まで生き残っていた住人のほとんどが、ヨシヒロ老人の手によって、既に殺害されていたようだった。


 そのヨシヒロ老人の埋葬を済ませる前に、この手帳を吟味して、おそらくは事実だったらしい部分のみを拾い上げると、ここから先の村にはタケシとジュンコなる人物が今も生き残っている可能性が高いと判断できる内容が多く記されていた。


 ヨシヒロ老人はこのタケシとジュンコなる人物に並々ならぬ憎悪を抱いていたという事だけは、紛れもない事実だろう。


 殺人に手慣れたヨシヒロ老人に、これほどまでに恨まれ、幾度かの襲撃をも受けていながら、それでも今まで生き残っているという事から、それらがもし本当ならタケシさんとジュンコさんとは、かなりの(善し悪しは別にして)要注意人物だと言うことになる。


 とは言え、あれほどまでに欲望に目が眩み、自分のしたことを棚に上げ、他人を恨み、蔑み、責任をなすりつけ、そして盗み、更に犯し、あまつさえ殺すことすら厭わぬ畜生以下の狂った記述になど、何一つ信用出来るモノは無い。


 それでも腹巻きに入っていたその持ち物からある程度は情報の裏付けが取れている以上、やはり軽々に無視していい案件でもなかった。




 そしてもう一点、とても気になる記述があった。


 このタケシさんとジュンコさんなる人物は、どうやら毒を使う可能性が高いというような記述がチョコチョコ残されていた点だ。


 手帳によるとトリカブトやスズランなどの危険な毒草を、彼らがひっそりと栽培しているらしいという事を、どこかで盗み知ったかのような記述がいくつかあったからだ。


 しかし、いくら毒性が高い植物とは言っても、知識と使い方次第では薬として用いていた可能性も十分にあるし、この手帳を鵜呑みになどとても出来ない。


 


 今やその手帳も、遺体と共に土の中だけど、ともかくそのおかげで、まだ見たことも会った事もない人たちに対してわたし達は余計な先入観を持たされ過ぎた。


 事前にある程度の心構えを準備出来る事はそれなりに有用だけど、その心構えを逸脱して、安易な決めつけや、迂闊な思い込みにまで発展させても、いい事は何もない。




 以前、エリカさんが出会った女子プロもそうだけど、自分勝手で強欲な気持ちで心が窮まって来ると、自分を正当化する為に事実を捏造(嘘を吐く)しなければならない無駄な努力の負担がどんどん大きくなる。


 ひとつ嘘を吐けば、その嘘を守る為に次から次へと嘘を吐き続けなければならない必要に迫られ続ける。


 例の女子プロさんやヨシヒロ老人は、絶え間なく自分に嘘を吐き続けたその結果、自分の嘘を守る為だけにあのような事になってしまった事は明白だ。ロクなことはない。




 それにしても……禍福は糾える縄の如し、というか。


 せっかくの通行解除の喜びも、ヨシヒロ老人の置き土産たる手帳の情報によって、わたし達はこの時、またしてもロクでもない妄想に毒され過ぎていた。


 わたし達はこの旅の基本方針として、触らぬ神に祟りなし路線を採用しているけれど、この狭い一本道でこの先も誰にも会わないという事は、やっぱり難しいだろう。


 願わくば、タケシさんやジュンコさんが善い人である事を期待しながら、わたし達はしずしずとマイクロバスを通り過ぎて行った。




 生きとし生けるものが真に幸せでありますように。



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