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生ける屍達についての日記帖 : Data of the living dead   作者: 230
生ける屍達の日記帖 二冊目
76/90

生ける屍の破顔一笑



旅 34日目




 昨夜は夜行性の獣たちの鳴き声も少なく、とても静かだった夜が明けた。


 そして今朝の朝食の準備は圭子さんと瞳ちゃんが、わたし達よりも早起きしてまで買って出てくれていた。

 昨日のわたしの話は、かなり容赦がなかったことを自覚していただけに、こうしたお二人の気遣いに、安堵を覚える。


 和人氏から求められた以上、仕方がないこととはいえ、やはり、わたしなどはまだまだ人様に説教が出来るような人物ではない事を、痛感した。

 そんなことを考えながらトイレ用の穴をザクザク掘っていると、いつの間にか人数分以上の穴を掘りまくってしまっていた。


 その余分に掘った穴からは、ミミズくん達がウニョウニョとお顔を(かな?)出しながらご挨拶をしていて、それを眺めながら苦笑いしているわたしを、圭子さんが呼びに来てくれた。


 


 「京子さん、お食事が出来ましたよ。それと昨日は、ほんとうに、ありがとうございました」


 「いえ、こちらこそ、本当に出過ぎた事をもうし──「いいえ! 京子さん、もう一度言わせて下さい」


 「本当に、有り難う御座いました」


 「もしも今、京子さんが、昨日私たちの気分を害したという、変な妄想をお持ちでしたら、ちゃんとその綺麗な目で、私たちをよくご覧になって下さいね」




 わたしが無責任な戯言(たわごと)を言い終わる間を潰して、少し食い気味に、圭子さんがピシャリと釘を差してくれた。




 「少なくとも私はとっても感謝していますよ」


 「ええ、っと、あ、あの、……こちらこそありがとうございます、です」


 「あらあら、昨日の神々しい京子さんとは、ホントに別人みたいですね」


 「……あ、はは。お見苦しいところをお見せしました。でも、わたしなんて、やっぱりまだまだですから」


 「解脱、でしたよね。京子さん達が目指しているというのは」


 「はい」


 「一昨日までの私は、解脱という言葉に聞き覚えはありましたけれど、それが一体どんなものなのかを、初めて、少しは知ることが出来ました」


 「確かに今の京子さんは、まだ解脱なされてはいないのでしょうね」


 「それでも、解脱というものを全く知らなかった私たちからすれば、あなたのお説教は、本当に、ものすごくありがたいものだったのよ」


 「京子さんが堀さんの日記から感銘を受けて、それからブッダの教えに救われたのと同じように、私たちもまた、何も見えない暗闇の中で、確かな一筋の光を見出したような気持ちになったのよ」


 「そしてその光は、私たちの悪いところ、醜いところを、隠しようもなくまざまざと照らし出したことで、確かに大きなショックを受けたことは否定しません」


 「でもね、私や旦那は、京子さんよりもちょっとだけ長生きしているから、良薬がお口に苦いことぐらいはよく分かっていますよ」




 この時のわたしは、一体どんな顔をしていたんだろうか。そんなわたしの顔を見ていた圭子さんが、ちょっとだけ芝居掛かった顔をして。


 「アーっ! いっけない! せっかく作ったスープが冷めちゃうワー。さあさあ京子さん、行きましょ」




 と、少し強引に、わたしを食事へと誘ってくれた。

 そして、こんな感じでずいぶん久しぶりに子供扱いされたわたしは、ちょっぴり、嬉しくもなってしまっていた。




 みんなで食事を終えてから、わたし達は一旦別々に別れて、それぞれの進路について考え、話し合っていた。


 わたし達は軽自動車のリアスペースに腰を下ろして、まずは、大阪を突っ切るか、それとも迂回するか、という所からの再検討を初めた。

 そして川久保家の皆さんは、ワゴン車にもたれながら、このまま東京を目指す事が自分達家族の、本当の幸せに叶うのかどうかと、話し合っていたようだった。




 「やっぱさ、突っ切るのはねーよなあ」


 「まあ、そうなんだけどね。ただし大きく迂回するとなると、今度は距離が倍以上伸びるのよね。だから今よりも多少ペースを上げたとしても、よくて冬までに辿り着けるかどうか」


 「だよなー、迂回するならどうしたって日本海側に行くワケだし、丹波高地まで回り込めば、まあ、ホーシャノーは大丈──「ちょ、ちょっとまって! エリカさん」


 「そっちはそっちで、原発の密集地帯じゃない? ほら、これ!」


 「うげげ!! あっちゃー、うあーホントだー、マジかこれー」


 「原発、か。そう言えばわたし、もうひとつ、どうしても気になっていた事があるの」


 「なに? キョーコさん」


 「あのね、堀師の日記が唐突に途切れた時期と、核攻撃があった時期が、どうも重なっていそうなところが、わたし、どうしても気になっていたの」


 「うぐっ! マ、ジか。……そう言えば、日記の最後は、二年前から少し前後してて、そん時は確か、デイブさんの車に乗ってたんだよな、二人は」


 「アタイはてっきり島根の原発方面に向かったと思い込んでたけど……何かあって、実はコッチに来てたってのも、あり得ねー話じゃねえのか」


 「ええ。それに、この日記がどうやってココにまで運ばれて来たのかが、そもそもな謎だし……まあ、これ以上妄想しても仕方ない、んだけど……」


 「なあ、キョーコさん。そう言えば堀さんの日記って、どこでどうやって見つけたんだ。それとさ、見つけた時にもしかして、デイブさんのブルドーザーっぽい車とか、近くになかったか」


 「この日記って元々は、わたしがいつも背負っているリュックの中に入っていたのよ。それで、このリュックが丸ごと落ちてるのを最初に見つけたのは、カンちゃんだったわ」


 「あの図書館と、わたしんちの倉庫の途中に、高さ2メートルぐらいの消防関係の倉庫があって、その屋根を覆っていた木の枝に、引っ掛かるようにしてあったの」


 「それを見つけたカンちゃんが、いつものように『ア!ア!ア!ア!』って、教えてくれて……あと、ブルドーザーみたいに目立つ車があったら、さすがにわたしも気づいていると思うから、多分それはなかったと思うわ」


 「そっかー、じゃあそのリュックって、もしかしたら堀さんのモンだった可能性もあるワケか」


 「……って、ア、アアーッ?!! ま、ま、ましゃかっっ!! アン時キョーコさんが捕まえてた仮称ゾンビが、実は堀さんだったって、んな事」


 「いいえ、エリカさん! あの日記から読み取れる堀師の年齢や特徴は、あのナンバー1さんにも、2さんにも、全く当てはまらないから、それは無いと思う。だってあの人達、どう見ても10代後半だったでしょ」


 「は、はああああぁぁぁぁぁ~っ…………よ、よかったぁ~」


 「ええ、ほんと、に……わたしもちょっと冷や汗が出たわよ」


 「そのリュックを拾った時にさ、日記以外には、なんか入ってなかったの」


 「あっ…………そうだ!、確か筆記用具なんかと、それと多分、ユキちゃん用に小分けにしたドッグフードが入ってたわ!」


 「おおおー! じゃあ多分それ、堀さんので間違いなさそーじゃん!」


 「ええ! ええ! そうね! なんで今までこんな事に気づかなかったのよ! わたしぃ!」




 わたし達がこんな風に思わず盛り上がっていると、川久保家の皆さんがこちらにやって来た。




 「楽しそうなところを邪魔して悪いが、ちょっといいだろうか」


 「あ、はい。どうぞ」


 「私達がこれからどうするかを、今まで話し合っていたんだが、それで、新しい考えが幾つか浮かんでね、出来ればまた君たちの意見を聞かせて欲しいんだけど、いいかな」


 そう言う和人氏は目に喜びの光を湛えながら、その新しい考えを、順を追って話し始めた。


 まず前提として、倫太郎さんの事を諦める訳ではないけれど、大阪が攻撃された以上、東京が無事である保証はない。

 そして三年もの間、倫太郎さんが実家に引きこもっている可能性など、ほとんどゼロに近しい。

 更にそうであるなら、例え倫太郎さんが今、(仮称ゾンビ化している可能性も含め)生きていたとしても、川久保家には、彼を探し出す手掛かりが何もない。


 そういう困難な前提を手の届く範囲から順に、ひとつひとつ確実にクリアして行く事が、ご家族の、ひいては生存者皆の幸せに繋がるのでは、と考えたそうだ。


 そしてご家族は、アキラくんに注目した。


 アキラくんは今、弟くんを探している筈だ。もしかしたらもう探し出しているのかも知れない。

 まだだとしても、探し手が増える分には、それだけでもアキラくんの幸せに手を貸せる事になるだろう。


 そして何よりも、もし、いつか川久保家の皆さんが倫太郎さんと再会出来た時に、もし彼が仮称ゾンビ化していても、皆さんとアキラくんとで弟くんを見つけ出し、もう一度、人としてやり直すことの経験をアキラくんと共に積めるとしたら、それは後日、倫太郎さんのことはさておいても、この経験は生存者全体にとっても大きく役立つだろうと、川久保家の皆さんはそう考えたそうだ。




 「いい……とってもいい考えだと、わたしも思います!」


 「ああっ!! そりゃあイイぜっ、サイコーだ!!」




 そうわたし達が答えると、みんなが破顔一笑(はがんいっしょう)し合っていた。





 生きとし生けるものが真に幸せでありますように。




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