生ける屍の金属加工
旅 29日目
わたし達は昨日のサービスエリアから少し後退して、その通りすがりにあったバスストップを伝って高速道路を降りた。
お水も乏しくなっていたし、そろそろ補給が必要だけど、この廃墟にそれは望めそうもない。
という訳で、今わたし達はバスストップから手近にあった空き家に身を寄せている。
それと、昨日の日記には書き忘れていたけれど、あの廃墟でわたし達はちょっとした宝物を見つけていた。
それは荷車だ。
この荷車はどうやら自衛隊の備品だったらしく、とにかく造りが頑丈で、しかも大きい。ホコリはそれなりに被っているけれど、車輪の回転もスムーズで新品同様に見えた。
それに少し改造して荷馬車にすればサマーちゃんの負担を大きく減らせる上に、積載量も大幅にアップできそうだ。
今までサマーちゃんに不満はなさそうだったけれど、ウオータータンクを背負うことは相当にシンドイ筈だと、わたし達は以前から気にしていた。
わたしも似たような経験があるから分かるんだけど、しっかりした入れ物に液体を入れて運ぶ時、中身が100パーセントパンパンに詰まっていればまだいいのよ。
だけど、少し中身が減って容器に隙間が出来ると、途端に中身の液体が大暴れをはじめて運び辛くなるの。
その理由は、進むときの振動によって体軸のバランスとは“逆へ逆へ”と、常に液体が揺れ動くからね。これ、本当にシンドイんだよ。
だけど、そんな問題もこれで一気に解決だ!。いえい!。
それにこの荷車はちゃんと人力でもスイスイ引けるようにしっかり造られている。
これは本当に有り難い拾いモノだ。うん、これはいいものだ。
という訳で、わたしの今日のお仕事は、この荷車をサマーちゃんの腹帯に上手く連結出来るように改造することと、あとは暇をみての食材探しだ。
エリカさんには何処かに井戸や湧き水がないかを探索してもらい、それが無理なら明日にでも大量のお水を煮沸消毒できるような資材を集める準備をお任せした。
そして我等が動物組の本日のお仕事は、しっかり休んで、しっかり食べて、しっかり遊ぶことが主な業務内容となりました。いいなー。
まずはご近所さんの庭先を見て回り、すぐにお目当てのアルミ製の物干し竿を発見した。これを有り難く頂戴して、また御礼文を書こうとしたところで──
「ドン!! ガタン!!、ガチャガチャーン!!」
という大きな物音が響いた。
一瞬、堀師とデイブさんの出会いを思い出す余裕があったけど、すぐに意識を切り換える。
反射的に全身が臨戦態勢をとっていた事に気づいたわたしは、呼吸を整えながら無駄な力みを抜いていった。
すると、さっき大きな物音を立てたモノがその正体を現した。
ズドドド! と、素早く駆け抜けて行ったからはっきりとは確認出来なかったけれど、多分これ、タヌキだ。
どうやらわたしの方が、ここにご在宅のタヌキさんを驚かせてしまっていたようだ。
「ごめんねー、タヌキさん。ところでこの物干し竿を頂けますかー」
と、声をかけると、襖の陰からチョロッとこっちを伺っていたタヌキさんの影が、ピクっと震えて引っ込んだ。
どうやら現在の家主様に問題はなさそうなので、わたしはもう一度お礼の言葉を述べて、有り難く物干し竿を頂戴した。
そしてわたしは工作に取りかかったワケだけど……ああ、それにしてもこの時は、溶接機が、インパクトドライバーが、かつて実家にゴロゴロあった各種電動工具が、本気で恋しかった。
まあそれはともかく、アルミの物干し竿の耐久性に問題はない。だけど金属加工を限られた工具で、しかも人力オンリーでこなすのはなかなかの問題だった。
手持ちの材料で使えそうなモノは、大小様々な大きさのカラピナが8個。太めと細めのザイルがそれぞれ約5メートル。プラ製の結束バンドが50本。そしてさっきの物干し竿が2本。その他小物が諸々。
そして工具といえば、どこのご家庭にも普通にあるようなモノしかない。プラスとマイナスのドライバー、ハンマー、バール、千枚通し、釘、ネジ。これだけだ。
ちょっと変わり種だったのはピアッシングビスがたっぷりあったけど、電動工具がない以上使い物にはならない。むむー、残念。
出来れば物干し竿の両端に5センチ径くらいの穴を空けたかったんだけれど、千枚通しじゃあねぇ、無理だわさ、よね。
そうやってしばらくの間わたしがウンウン考え込んでいると、玄関先の用水路でお水を飲んでいたサマーちゃんの背中に、カンちゃんが降り立った。
サマーちゃんが頭を上げると、カンちゃんはピョンピョン跳ねながら頭の上に移動して、サマーちゃんの髪を嘴でていねいに梳きはじめた。
カラス同士や、馬同士のカップルなら、こうした毛繕いなどのグルーミングをお互いに楽しむ光景はよく見られる。
でもカンちゃんはカラスだし、サマーちゃんはケッティだ。二人の間に性欲は存在しない。
だから、やっぱり二人の間には純粋で清らかな友情しかないのだ。
そう思いながらわたしもホッコリ気分で二人(あっ! わたし『二人』って……まあいいっか)そんな二人を見ていて不意に、ひとつのアイデアを思いついた。
穴が空けられないなら、穴は諦めるしかない。ならその代わりにと、わたしはハンマーで物干し竿の両端に添え木を当てながら、丁寧に潰してみた。
それだけだとチョット不十分に思えたので、マイナスドライバーを適所にあてがい、そこをハンマーで丁寧に叩きながら折り目をつけてみた。
その結果、首尾は上々。これで端々からロープがすっぽ抜けないように結わえられて、荷車の持ち手とサマーちゃんの腹帯をヒモとロープ、そしてカラピナを使ってしっかりと連結出来た。
そして最初はちょっと戸惑っていた風なサマーちゃんだったけど、だんだん荷車に興味が湧いて来たみたいだ。
わたしはサマーちゃんにお願いして、荷車に乗ってみた。うん、かなりの重量でもいけそうだ。
だけど、さすがに荷車まで手綱は届かないか……などと思っていると、サマーちゃんがゆっくり歩きはじめた。
「(何コレ……た、楽しい!)」
サマーちゃんはチラチラこっちを振り返りながらトコトコ歩む。この時わたしは夢中だった。
サマーちゃんは単に賢いと言うよりも、とっても注意力に長けた子だとわたしは知った。
そもそもわたしには乗馬の経験なんてない。だから手綱の扱い方も分らない。
サマーちゃんがいつも咥えているハミって馬具や、その他の装備はいつもエリカさんが整えている。
それをわたしもよく見ていたから、なんとか荷車の連結は出来たワケだけど。
だけど、やっぱりサマーちゃんはそれ以上に、わたしの事をよくよく注意して見ていてくれたのだ。それはこの時だってそうだったのだ。
何度もわたしを振り返っては、わたしの様子を確認して、わたしの意を汲もうと注意を払っていてくれた。
わたしはそんなサマーちゃんの心遣いを喜びながら、小さな大冒険を思いっきり楽しんでいた。
そうやってご近所を一回りしただけの大冒険を終えて、件の空き家に戻って来ると、もういつの間にか陽がかなり傾いていた。
そしてまだエリカさんが帰って来ていないことに、今やっと気がついた。
ま、あのエリカさんの事だ。下手な妄想で心配しても仕方ない。
それでもわたしは一応彼女の飲み物くらいは用意して、今日はもう休むことにする。
生きとし生けるものが真に幸せでありますように。




