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生ける屍達についての日記帖 : Data of the living dead   作者: 230
生ける屍達の日記帖 二冊目
66/90

生ける屍のせい教育




旅 24日目




 明日わたし達を招待する温泉の掃除や準備があるから一旦山小屋に戻ると、アキラくんは言いだした。


 「わたしも手伝うよ」


 という申し出は、言葉遣いを改めつつあるアキラくんの、恐るべきバカ丁寧さをもって厳重に断られてしまった。


 「なあ、今さら遠慮すんなっつーの! みんなでやったほーが面白れーし、早えだろーがヨォ!(真顔)」


 「いえいえいえいえ、それは、それは成りませぬ、成りませぬ。お二人様はボクらの恩人っ、でありますれば、こんなのはボクのお仕事だと存じ上げます!(真顔)」




 昨日、こんな感じのワケの分からない会話がわたしの目の前で行われていた。


 それはまるで、どこかの女ヤクザと、どこかの御武家の坊ちゃまが、お互いに真面目クサった真顔を突き合わせながら、奇妙な言い争いを繰り広げていた。

 結局、この言い争いはエリカさんが折れる形となって、アキラくんは一人で出掛けて行った。


 だけどこの時わたしは、嫌な、予感しかしなかった。


 そしてその予感の大元が、わたしにとんでもない相談を持ちかけてきた。




 「なー、キョーコさん、アタイさあ、アキラに性教育してやろうと思うんだ」




 「────   ぶ、  ぶほぉっ!!」




 「ハァ、ハァ、ハァ……エ、エリカさん? あなた今、何をするって言ったの?」


 「あー、ワリィ。なんて言えばいーのかな……んーと、女を教える? って感じかなあ?」


 人間って、あまりにも突飛なことを言われると物凄くビックリする反面、案外、心のどこかが意外と冷静になれるものだなぁ、とか学びながらわたしは再度、ふいた。

 

 「いや、ワリィワリィ! じゃなくてさぁ……まあ、ちょっと聞いてくれよー」


 「ゼーハァ、ゼーハァ、ハァ、ハァ…………くっ、いいでしょう。聞かせて下さい!」


 「そんな怒んなよー」


 「怒ってません。いいから早く話して下さい」


 「わ、分かったよぉ。あー、アキラってさ、結構イイ男じゃん。真面目だし、責任感あるし、お父さん仕込みの技術もいろいろあるし、しかも若い」


 「この若さがさー、一番ヤバいと思うんだよ、アタイは」


 「でもエリカさんだって、そんなに変わらないでしょう?」


 「アタイは25……だっけ? いや、26だ」


 「へ? あ、それは……いや、失礼しました」


 「まあアタイの歳なんかどーでもいいんだけどさ、とにかくアキラだよアキラ!。アキラってぜってー、チェリーじゃん」


 「え? うえええーっ! ……ま、まあそうかもしれませんけど……」


 こうしてわたしはエリカさんの企みの一切合切を聞き終え、それなりの妥当性を考慮し、しぶしぶながら彼女の計画を追認する事となった。




 悶々とした一夜が明け、わたし達はお父さんのお墓にお花を添えて、それから瞑想をしているとアキラくんがいつの間にか戻って来ていた。

 そしてアキラくんはわたし達を温泉に案内してくれた。




 おそらく以前は地元の公衆浴場だったような飾り気のない質素な建物に案内された。


 中に入るとピカピカに磨き上げられた大きなステンレスの浴槽一杯に、薄黄色く濁るお湯と、白い湯気が立ち込めていた。


 「まだちょっと熱いんで水を汲んで来るっ、ま、すから、少し待ってて下さい!」


 多分、さっき通りかかった井戸から水を汲んで来るのだろう。

 結構距離もあるし手作業だし、大変なのは目に見えている。

 だけど昨日みたいな押し問答はゴメンだと思ったわたし達は頷き合い、アキラくんを追い越して走る。


 三人がかりで運んだ二往復分のお水でお湯を埋めると、すぐにいいお湯加減になった。


 そして──エリカさんの目が鋭く光る。




 \ ばっしゃーん!! /




 哀れ、アキラくんはエリカさんの鎧袖一触たる早業で、全身濡れ鼠となった。


 「んなっ! なんすかー!! なにすんすかーっ!!」


 と、当然の反応を返すアキラくん。口調も前に戻っている。


 「「アキラァッ!!!」」


 エリカ師匠の裂帛(れっぱく)が籠もった大喝(だいかつ)がアキラくんの動きをピタリと止めた。


 「なあアキラ、アタイ達はもう家族だ。姉弟だ。アタイはそう思っている、お前はどうか!」


 そう言いながらエリカさんは、着ていた服をポイポイ脱ぎ捨てはじめた。


 「なっ! なっ! なぁぁーーっ!!」


 「うっせーぞ! アキラ。いいからお前もさっさと脱げ!」


 そうこうしていると、ニャアがひょっこりと湯殿に現れた。温泉に興味満々なのが丸分かりだ。しかも泥だらけ。マズい!。

 転瞬、エリカさんがニャアに飛びついた! そして。


 「アキラッ! キョーコさん! アタイごとヤレーッ!!」


 都合よくニュータイプ能力が発動したかのようなわたし達は、即座にエリカさんの意志を正しく、分かり合い……そして、わたし達三人と一匹は、みんな仲良く濡れ鼠となり、キレイなお湯は死守された。




 ステンレスのツルツル滑るお風呂はニャア先生のお気に召さなかったようで、大きめのタライにお湯を張ってあげると大層お喜びあそばれたご様子。


 そして、さすがにアキラくんもいろいろ諦めたようで、モジモジ股間を隠しながらスッポンポンになっていた。

 わたしも空気を読んで、こっそりと、スッポンポンになった。ツルツルとか滑るとか言うな。分かってるから。



 わたし達はエリカさんの作戦通り、先ずはお互いの身体を洗いっこしたり、服を洗濯したり、ニャア先生と遊んだりして余計な羞恥心を洗い流していた。




 わたし、エリカさん、アキラくん、の順番で肩を並べて湯船に浸かる。


 身体中の疲れが溜まっている所ほど、じんわりとした温もりが、やさしく染み込んでくる。


 濡らしたタオルで身体を拭くぐらいしか出来なかったこの三年分の疲れが、ユルユルとお湯に溶け出してゆく心地よさに、しばらくの間わたし達は溜め息を漏らすことしか出来ずにいた。




 「なあ、アキラはドーテーだろ」


 ザブン! と、ずっこけたアキラくんだけど、さすがに少しは馴れたようですぐに立ち直り「はい!」っと、元気で簡潔な返答を返した。


 「ドーテーがワリィわけじゃねーんだけどさ、やっぱアキラは女に全然馴れてねーだろ」


 「はい……」


 「そーゆうのが女には一発でわかる。そんで、そういう所に付け込む女は、たくさんいるんだ~ぜ~」


 なんだかアキラくんが捨てられた子犬のような目つきでわたしに助けを求めている気がしたけれど、わたしはワザとらしく腕を組みウンウンと大きく頷くことで返答とした。


 「アタイもさあ、キョーコさんと知り合って、まだ三週間もたってねーけど、この世の中にはさ、まだまだいろんな人間が結構いるもんだと知った」


 「キョーコさんも言ってたけど、この三年間を生き残っているような連中にはさ、必ず何かがあるもんだ」


 「その何かが、善いもんだったらいいんだけどさ、ロクでもねー、ナニか、を持ってるヤツの方がぜんぜん多い」


 「それと、アキラを見てて思ったんだけど、若ぇヤツはマジで少ねぇ」


 「もし、アタイが知ってるマジ、ロクでもねー女がアキラを見つけたら、間違いなく一発でオイシク喰い殺される」


 「ま、ま、マジ、ッス、か」


 「おう、マジマジ」


 「だからな、これから先いちいち女の裸ぐれーでオタつかねーようにな、アタイ達が文字通り一肌脱いだって、ワケさ」


 「あ、……ありがとうございます!!」


 「堀さんの日記に、ハイ1、ハイ2ってのがいただろ。でもな、仮称ゾンビ化もしてねえにアレ以上のセックスモンスターみてぇな女が居ることを、アタイは知ってる」


 「ヒィッ!」


 「おや、よしよし、アキラのエクスカリ棒も、やっと大人しくなったなー」


 「ちょエリカさん! エクスて、余計なこと言わない!」


 「ニシシ。いやワリィ、キョーコさん」





 「じゃあこっからはマジな話だ。性欲の話をする」





 「まあアタイはこんなだけど一応女だ。だから男の事が全部分かるとは言わねー」


 「けど男の性欲ってのは、出すもん出せば、それですっきりする。アキラ、そうだな」


 「は、……ハイ」


 「じゃあ、女の性欲ってのは何だって話だけど、女の性欲は『渇き』だ」


 「男の性欲とは真逆の方向性を持つ衝動だ。実際に比べることはできねーけど、男の、出してー! っつう衝動よりも、かなり切羽詰まってる」


 「それはな、例えば、しょんべんを我慢すんのと、カラっカラに喉が渇いて死にそーなのを我慢すんのと、どっちがキツいかって話だ」


 「でな、アキラ。男は出すもん出し切ればそれ以上は出ねー」


 「けどな、女は、入れようと思えば、いくらでも入るんだ」


 「入る、ってのもちょっと違うけどよ、まあ、あれだ、構造的に女は、男からいくらでも絞り取ることが出来る」


 「いいか、セックスってのは確かに気持ちいい、気持ちいいんだけどある意味これは、麻薬と同じだ」


 「しかも男には打ち止めっつーリミッターがあるけど、女には体力以外のリミッターがねえ。よく女のほーが性欲が深いとか強いとか言うけどホントのところは、女の方が容量がデカいってとこだな」


 「一部の女はこれを誰よりも熟知して、年がら年中新しい男を自分の欲望のために探し求めている」


 「愛だの恋だのいってお花畑でフワフワしてる乙女の正体ってのはよ、年がら年中発情してる性欲のバケモンだ」


 「アタイが女の身体でありながらコレに気づき、そうだと認められたのは、ブッダとキョーコさん、それと堀さんのおかげだ」


 「アキラも少しはキョーコさんの本とかを読んで知ってるかもしんねーけど、アタイは『愛』ってもんから最低でも性欲を消したもんが、本物の『慈悲』だと思ってる」


 「性欲ってのはホント厄介だぜ。ただヤリてーだけならまだいいが、ヤッたらヤッたで、今度は嫉妬や独占欲、ワガママ、自分勝手、そんで疑心暗鬼。こんなあらゆる欲望が沸き上がり心を汚し、それを『愛』だと偽って、お互いを縛り上げる」


 「ま、恋愛なんてなぁ、薄汚ぇ単なる欲望だな」




 「いいか、だからアタイ達にとって自分の心を狂わせる『欲』ってのが、最大の敵だ」


 「本当は生きとし生けるもの全ての敵だ」




 アキラくんは、このあんまりな話を聞いて茫然自失となっていた。

 このまま彼を一人残すワケにも行かず、わたし達はもう少しの間ここに止まることにした。




 生きとし生けるものが真に幸せでありますように。



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