生ける屍の不可抗力
旅 18日目 (実質、17日目分)
一昨日、わたしが日記を書き終えた少し後になって、ちょっと思いついた事があった。
「告」
・こちらはそちらの事情を知りませんし、興味もまたありません。
・こちらはこの高速道路を降りてあの地点を迂回します。
・これ以上そちらが攻撃してこない限り、こちらからは何もしません。
エリカさんの賛成を得て、わたし達はこんなチラシを四枚ほど作った。
そしてわたし達はこのチラシを要所要所に貼っておいた。
まあ気休め程度にしかならないけれど何もしないよりはマシだよね。
翌朝。
生理が始まった。わたしのはそんなに重くもなく、しばらく不順だったこともあって、すっかり生理のことなんか失念していたわたし達は結構必死になって生理用品を探していた。
しかし、さすがはサービスなエリアなだけあって、大きなダンボール箱二つ分もの在庫をすぐに見つけられた。これで多い日も安心。横漏れ防止ギャザーは偉大だ。
仮称ゾンビ・アポカリプスが発生してからもう3、4年になるけれど、食料以外の物資ならまだまだ意外と沢山残っている。ありがたいことだ。
こうしてわたしとエリカさんはホクホク顔となり、必要な分だけの生理用品を手に入れて外に出る、と。
「キノーハッ! サァーセンシタァァァーーッッ!!」
そんな奇声が駐車場の方から響いて来た。
そこには17、8歳くらいに見える野球帽を後ろ前に被った長髪の男の子が、地面に膝を突き、広い駐車場の真ん中で土下座をしていた。
エリカさんは何ら迷うことなくツカツカと男の子に歩み寄り、張りのある声で誰何する。
「おいっ! 少年! 名前は!!」
「ハイ!! 自分は明石 明ッス!!」
「昨日アタシ達を攻撃したのは、アキラ! 貴様かっ!!」
「ハイッ!! 自分ッス! スンマセンシターーッ!!」
そう言えば、エリカさんって骨の髄までチョバリな体育会系だった。
それがこのアキラ少年の後輩的な態度によって、彼女の内に眠っていた先輩魂に火をつけたようだ。
それに、なんだかわたしが付け入る隙間もなさそうだし、しばらくの間わたしは黙ってエリカさんに対応をお任せすることにした。
「アキラ! お前はいま一人か!!」
「ハイ!! 自分一人ッス!!」
「一人で来た目的は何だ!」
「ハイッ!!──え、ええっと……沢山あるッス!!」
「なら、一つずつ言ってみろ!!」
「エエッ!……っと、とにかくヤバいッス!! 骨がっ! 父ちゃんが! ヤバくって! 弟が! いねくて! ゾンビ来てって!! 姐さん達! ゾンビ! 自分っ! ちがくてっ!! 紙、見て! 自分!! 謝って! だから! だがらっ!! 助げて欲じいッッズ!!」
「ヨシッ!! 分からんっ!!」
「お前の言うことはさっぱり分からん! だが、アキラ!! お前、今、大ピンチなんだなっ!!」
「ハイーィッ!! そうッス! そうッス!! 姐さん! 分かってる! じゃないッス、かっ!!」
そしてエリカさんはこの時、わたしの方へと素早く振り返って、こう、のたまった。
「どうする、キョーコさん?」
( •̀ω•́ )))✧‥
──そう、それは、お互いに足を止め、ディフェンスなどは一切考えず、互いの顔面を一発ずつ殴り合うという……まるで、古代の原始ボクシングを彷彿とさせるこの会話の応酬に、思いっきり腹筋を打ちのめされていたわたしは。
トドメとして最後に見せつけられたエリカさん渾身のドヤ顔に、わたしの、腹筋は、思いっきり、崩壊してしまっていた。
ヒーヒーと、笑い転げるわたしが落ち着きを取り戻すまでに、少々の時間を要したことはこの際、不可抗力だと思う。こんなのもう仕方ないじゃないかー。ワハハハ。
「ゲフン、ゲフン……え、えーっとね、アキラくん。一つずつってね、単語を一つずつ区切ることじゃないのよ」
「え?……エエエーーッ!! ンナッ! そうだったんスかーっ!! ア、ア、アッー!! もう! マジ、スンマセン! スンマセンシターツ!!」
「じゃあアキラくん、まずは落ち着こうか。落ち着いてから、その大変だった出来事が起こった時間に沿って、順番に話してくれるかな」
「あ、…………わ、分かったッス」
それでもイマイチ要領を得ない彼の話を要約すると、大体こんな話だった。
半年ほど前、お父さんとアキラくん、そして弟くんの親子三人は、何らかの事情でそれまで属していたグループから離脱したそうだ。
その弟くんは病気を患っていたらしい。
それでも彼ら親子は安住の地を求める放浪の旅を続け、この近く山に辿り着いたのがおよそ四カ月前のことだったそうだ。
そして一昨日、わたし達があの場所に到達するほんの少し前に、アキラくんとお父さんは4、5名の仮称ゾンビ達と遭遇していた。
これはもしかしたら、前にわたし達を見て逃げ出した仮称ゾンビ達と同一なのかも知れない。
その時、体調の悪かったお父さんとアキラくんは、仮称ゾンビ達の撃退になんとか成功するものの、ここでお父さんが倒れてしまった。
なんとかしようと必死だった彼は、その後しばらくしてわたし達を発見した。
本当ならあの時、どこかに隠れ潜み、わたし達をやり過ごすことが最善手だった。
だけどあの時の彼は、お父さんが倒れ、弟くんは居なくなり、自分一人で全部何とかしなければ、というプレッシャーから判断を間違えてしまった。
そして彼は手持ちのブーメラン全部を使ってわたし達を襲った。
しかしエリカさんの木刀がそのブーメランを叩き落とした。
それからわたし達は大人しく後退したワケなのだけど、それが却ってアキラくんの疑心暗鬼を呼び覚ました。
もし、さっきのヤツらが仲間を連れて戻って来たら、自分達は皆殺しにされるんじゃないのか。
だったら! 殺られる前に殺るしかない!!……そんな妄想に彼は捕らわれていた。
お父さんを彼らの拠点に残し、彼はすぐにわたし達を追って来たけれど、その時の彼はもう体力的に限界だった。
アキラくんは比較的マシな放置車両に潜り込んで、そのまま一夜を明かした。
翌日、目を覚ましたアキラくんは、一昨日わたし達が貼り付けておいたチラシに気がついた。
そして頭を冷やし、考え直したそうだ。
このチラシを見る限り、この人たちはすごくまともそうだと思った。
そしてエリカさんの振るう木刀に、自分がどう足掻いても勝てるワケがないとも思った。
だったら今、自分に何が出来るのかを考えに、考えていると、わたし達が倉庫から出てくるところを見つけ……そして気がつくと、いつの間にかアキラくんは土下座をしていた。
と、いう事だったらしい。
「と、父ちゃんを助けて欲しいッス!」
そう言ってアキラくんは地面に額をこすりつけていた。
「アキラくん、顔を上げてください」
アキラくんは「(断られるかもしれない)」という可能性を恐れてか、頑なに頭を地面にこすりつけたまま動こうとしない。
わたしは無理強いを諦めて、そのまま彼に話しかけた。
「アキラくんの話に嘘はないと、わたしは思いました」
「だから助けてあげたいと思います」
「そして、わたしは恩人の言葉を思い出したの」
「彼はこう言いました」
「人助けは善いことだ」
「だが、人助けをするなら、助けようとした相手から刺される覚悟をも持たねばならない。と言いました」
アキラくんの頭が跳ね上がり、何か信じられないモノを見るような目つきで、わたしを見つめていた。
「彼は更にこう言いました。君はアルコール中毒者や、麻薬中毒患者と会ったことがあるか?。本当に困っている彼らのような人間を、本当の意味で助けるっていうことは、彼らから酒やクスリを取り上げるという事となる」
「その行為は、彼らの立場からすると、彼ら中毒者の幸せを奪い、邪魔することであり、表面上は彼らの敵になるということだからだ。と言いました」
アキラくんの目は、もうわたしを見てはいなかった。彼の目は、自分の心の内をじっと見つめていた。
「それでも、わたしはあなたを助けたいと思います。医者でも何でもないわたし達にはおそらく、何も出来ないでしょうけど、わたし達に出来ることをするつもりです」
「だけど」
「アキラくんにはまだ、わたし達に話せないことがあるみたいね」
ビクリと彼の全身が震え、視線がまたわたしの方にヒタと注がれた。
「わたし達を騙してはいないけど、わたし達には話せないことがある。でも、それは聞かないでおきましょう」
わたしもちょっとドヤ顔をつくってエリカさんを見る。
「さあ、エリカさん、行きましょうか」
「応よ!」
そしてわたし達はアキラ少年の案内で、彼のお父さんのところに向かった。
生きとし生けるものが真に幸せでありますように。




