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生ける屍達についての日記帖 : Data of the living dead   作者: 230
生ける屍達の日記帖 一冊目
6/90

六話 生ける屍の完全装備

20××年 6/22 雨




 今日も雨。昨日も雨。多分明日も雨。


 まあ、その分雨水がたっぷり使えるので助かっている面もある。


 そこで今日は久しぶりに洗濯をした。洗えるものは全部洗った。


 ついでに洗面所の石鹸も使って全身の垢を落としてから屋上に上がり、フルキャストオフ(猥褻物ダメ)による雨水シャワーでキレイさっぱりと洗い流したりもした。


 かなり冷たい思いはしたけれど一昨日調達した新品のTシャツとパンツに着替えてずいぶんとサッパリできた。


 それにしてもこの図書館に来てからの生活にずいぶんと余裕が出て来た気がする。だけどそれは日々必要な仕事が減っているという訳ではない。


 むしろ確実に仕事が増えてはいるのだが、多分こうして日記にいろいろと吐き出しているおかげで気持ちの方にも余裕が生まれているんだろうな。


 それじゃあ、続きを始めよう。







「一昨日、美智子が高熱を出したんだ……」




 藤本先生の話をまとめるとこうだ。


 一昨日美智子ちゃんが発熱して藤本先生は一日様子を見た。美智子ちゃんは小さな頃からよく熱を出す子だったそうだ。


 しかし今までの美智子ちゃんなら、一日ぐっすり眠る事で風邪くらいなら翌日にはすっかり良くなっていたそうだ。


 しかし今回、美智子ちゃんは回復しなかった。


 藤本先生は自分の迂闊さを呪いながら知り合いの小児科医に見せようと考えていた。そして美智子ちゃんをいざ連れ出そうとしたその時、いきなり「噛まれた」そうだ。


 藤本先生は本気で噛みつきにくる美智子ちゃんを一度は力ずくで引き剥がしたものの、まるで飢えた獣のように豹変した美智子ちゃん執拗な攻撃を繰り返す。


 まさか美智子ちゃんを殴りつけるワケにも行かず、防戦一方の藤本先生はボロボロになりながらも、なんとか診察室のベッドに美智子ちゃんを拘束したそうだ。


 それでも依然としてバタバタと狂ったように暴れる美智子ちゃんを見た藤本先生は途方に暮れかけ……そして、ふとした思いつきから美智子ちゃんの目をタオルで覆い、きつく縛ってみた。


 すると美智子ちゃんはまるで憑物が落ちたかのように、コロッと大人しくなったという。


 目を押さえて視界を奪うことで、コロッと大人しくなる動物は案外沢山いるのだけれど、まさか人間相手にこの手が通用するとは……さすがに思わなかったらしい。


 そこで藤本先生は……もしかしたら脳神経やホルモン的な意味で人間性が低下していたからこそ目を塞ぐことで大人しくなったのではないか……との、そんな仮定が浮かんだそうだ。


 そして藤本先生は自分で傷口を消毒し、包帯を巻いたりしながらネットで様々な検索をかけて美智子ちゃんの体内で今何が起こっているかのかを必死に考えていたそうだ。


 そんな折、本日出勤予定だったスタッフさん達や、診察の予約が入っていたお客さん達から遅刻やキャンセルの連絡が次々に入って来たらしい。


 ちなみに今日の診察開始時間は正午からだったそうだ。


 そして連絡をくれた人達全員が図らずも口を揃えて言うには、まず、大渋滞に巻き込まれて身動きが全くとれないという事。そして、もしかしたら渋滞の先頭では暴動が起きているのかもしれないという話だった。


 ここに至って藤本先生も自分の目で外の惨状を目撃し、事態の深刻さを悟ったそうだ。


 そしてすぐに警察にも連絡したそうだが、今日は朝からひっきりなしに何百件何千件もの通報が入りっぱなしで、とてもじゃないけど全てに手は回らないという話を聞いたそうだ。


 藤本先生はスタッフさん達や患者さん達に折り返し電話をかけて、恐らく警察は来られないことをハッキリと告げ、そしていざという時にはキーをそのままにして車を捨ててでも帰宅するようにと告げた。


 こうして藤本先生が今出来ることをやり終え、張り詰めていた気持ちが少し緩んでいたところに俺からの電話があったということだった。


 それから後のことは俺も知るところである。


 その藤本先生の頼み事とは……。




「それでね、とりあえず美智子には今も点滴を打っているんだけど、出来ればちゃんとした食事をさせてあげたいんだ」


「だけど人間は寝転がったまま無理に食事をさせると最悪、窒息死しかねない。だから美智子を起こすのに、堀くんの手を貸して欲しい!お願いです!お願いします!」


 そう言いながら龍子さんはしゃがみ込もうとするが───土下座なんかさせるかよ。


「いいですよ!。大丈夫大丈夫。分かりました。それで手順はどうしますか?」


「ありがと!」


 そう言って跪きながら俺の手をとり、真っ直ぐに俺の目を見て感謝する龍子さんは……俺がよく知る動物病院の院長先生としてではなく、いつもの仲のいい友達としてでもなく……。


 たった一人の娘を心から心配する只の母親としての龍子さんだった。


 そして龍子さんの表情が引き締まる。




「今、美智子は診察室のベッドで両手首と両足首、それと腰をベルトで拘束しています。そして視覚と聴覚を制限する形でタオルをきつく二重に巻きつけています」


「はい」


「それで……言いにくいんだけど、手の拘束を解けば上半身を起こせると思うんだけど…………拘束を解けば……美智子……が」


「大丈夫ですよ。もし美智子ちゃんが大暴れしても、俺は絶対に美智子ちゃんを傷つけたりはしませんよ」


「堀くん!……ありがとう……ありがとう」


「いや、礼にはまだ早いですよ。それよりちょっと待ってて下さい。今バイクから必要なモノを取って来ますんで」




そう言い残した俺は急いでガレージに走る。目当てのモノをひっ掴んで準備を終え屋上に急いで引き返し、この姿を藤本先生に見せた。


「……ああ!!なるほど!」


 分かってくれたようだ。


 やはり俺達日本人にとって今回の事件は映画等が描くゾンビのイメージに強く引っ張られてしまうのだろう。


 ゾンビに噛まれたら一体どうなってしまうのか……それは、考えただけでも心底恐ろしい筈だ。


 しかも、龍子さんは既に噛まれている。


 そしてそれでも龍子さんは、自分がどうなってしまうのかという大きな恐怖に対して抗い、我が身よりも美智子ちゃんの一命を救おうと必死だった。俺の手ぐらいいくらでも貸すって。


 だけど何の準備もなく貸した手を噛まれてやる必要はない。


 俺は頭にジェットヘルメットを被り、手にはナックルガード付きの革グローブをはめ、転倒保護用プロテクター入りのバイク用ジャケットを着込み、ファスナーをしっかり首まで上げた姿を藤本先生に見せていた。


「そうですよ、藤本先生。映画のゾンビならともかく、この装備を人力で噛み切れることなんかほぼあり得ません。さあ、藤本先生も手持ちの一番頑丈な服に着替えて下さい」


 無言で力強く頷いた藤本先生は自室に向かった。




 この状況ではどうしても映画やマンガが描くゾンビのイメージが先行してしまうせいで、目の前の現実を見過ごしてしまいがちだが落ち着いて観察していていくつか気がついた事がある。


 とりあえず自分でも試して見たのだが、一般的な綿70%レーヨン30%と表示される普通の薄いシャツ一枚ですら、俺は噛み千切る事が出来なかった。


 そして路上で倒れている人々を見ても、しっかりした服を着ている人は顔面や手先の損壊は激しいものの、その他の四肢は綺麗なものだった。


 逆に軽装な人は…………………こっちは、ノーコメントでお願いする。


 そういえばホムセンの駐車場から脱出する時に、汚いケツが半分見えてる腰パン兄ちゃんとローライズのヘソ出しお姉ちゃんが盛大にずっこけているところを見てしまった。


 彼らはすぐ奴らに捕まり、パンツがペローンと捲れた下半身から、奴らに×××××と、××××××××××され××××××ていた。出来れば一生見たくもないものを見せつけられてしまった。


 甚だ不謹慎ではあるが、それを見た時の俺は乾いた笑いしか出なかった事は絶対にヒミツだ(真顔)。


 もとい。結論としてこの仮称ゾンビ達に衣服を引き裂くような映画的スーパーパワーは今のところ無いと考えるのが妥当だろう。


 そしてしばらくすると藤本先生が戻って……。




「あー、これはアレかー、アレなのかー、アハハハハ!まあいいや(苦笑)」


 そこには、正体不明のセクシー・アンド・デストロン! 謎と神秘のスーパーヒロイン!。


 その名も、マスクドレディ・スカーレットライダーさん見参!!……が、不敵な笑みを浮かべながら参上していらっしゃりやがりました(笑)。


「黄色いマフラーとか、真っ赤なバトルスーツとか、あーもう、ほんと!ありがとうございます!ありがとうございマス!」と、俺はこの時多分、綺麗なお辞儀をしていた筈だ(直角)。


 藤本先生の「(フフーンどうだい!カッコいいだろー。フッフーン♪)」みたいな満面のドヤ顔のおかげで、俺達はいい感じに生暖かい気分になりながら、先ずは美智子ちゃんのごはんをつくりにキッチンへと向かった。


 使いかけのジップロックから各種材料を集めて具だくさんのコンソメスープをつくった俺達は美智子ちゃんの居る診察室へと向かった。


 ……もう、さっきまでの生暖かい雰囲気はどこかに霧散していた。




 俺達はそっと扉を開き、中に入る。






 ……to be continue




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