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生ける屍達についての日記帖 : Data of the living dead   作者: 230
生ける屍達の日記帖 一冊目
4/90

四話 生ける屍の二重遭難

20××年 6/20 曇り




 この日記をつけ初めて三日目の今朝、ようやく雨が止んだ。


 そこで今日の午前中は外に出て物資の調達。そして午後からは本来の目的である調べ物をして過ごした。俺は現在、とある市立図書館を仮の拠点にしている。


 この三日間はついつい日記をつけることに夢中になってしまっていたが、俺の本来の目的はまず物資の調達。そして、水、燃料、電力、食料等々の様々なインフラを自力で修理し改善する為に図書館でいろいろと調べ物をすることが本来の目的だ。


 俺の本拠地はこの図書館から20kmほど離れた山の中に位置する原始人ハウス(只のログハウス)だ。そこは一番近くの御近所さんですら3~4kmは離れているという正真正銘の山ん中だ。


 震災の経験があった俺は、世の中がこんな事になる以前から自給自足を考えた生活を送ってはいたのだけれど、さすがに公共のライフラインが完全に停止し、いろいろと無理を重ねた結果、建物や施設の手造り部分にかなり深刻なガタが来ていた。


 何とか修理したくとも、やはり素人考えではすぐに限界が来る。だからしっかりした知識がどうしても必要だった。そして思いついたのが図書館での調べ物って訳だ。とりあえず今日は三日ぶりに外に出たことで相棒のユキも満足げに尻尾を振っている。



 と、いう訳で一年前の話の続きを始めよう。








……トゥルル……トゥルル…… カチャ!


「……は、はい、藤本動物病院です」


「藤本先生ですか!俺です!堀です!そっちは大丈夫ですか!?」




 この藤本龍子先生はユキが生まれて以来ずっとお世話になっている動物病院の院長先生で、十歳になる一人娘を抱えるシングルマザーでもある。


 俺達はほぼ同世代ということもあって初対面時からいきなり話が弾み、それ以来俺の数少ない友人と呼べる人物だ。そして、その藤本動物病院は先程の幹線道路沿いに面していた。心配すぎるだろ。




「…………あ、あぁ!ユキち、ゃんね、?ユキちゃ、んな、、、ら、も、う、大丈」


 藤本先生の声色が今までに聞いたことが無いほどに強張り、噛みまくっている。


「待って下さい藤本先生。それもそうだけど、そうじゃなくて……」


 焦ってはいけない。俺は呼吸を整えつつついさっきまで見て来たことを包み隠さず務めて冷静に説明した。


 暫しの沈黙。


「…………そう、なのか……堀くん、お願いだ!ちょっとだけ手を貸してくれないかしら!?」


「もちろんです。じゃあ今からそっちに向かいます。ただ、今の道路の状況が全く読めない。もしかしたら時間がかかるかもだけど必ず病院に向かいますから」


「うん!ありがと」


「とりあえず戸締まりをしっかりして待ってて下さい。じゃあ!」


「分かった!」




 間違いなく藤本動物病院でも何かがあったのだろう。それでも流石に院長先生でシングルマザーの藤本先生だ。ほんの短時間の会話でかなり平常心を取り戻したようだ……とは思う。


 ……しかし、この日の俺はこの異常事態における状況判断を、俺の勝手な思い込みや決めつけのせいでことごとく読み間違えていた。


 だから、ここからは意識を完全に切り替えて行く。平時ならこの土手から病院までは幹線道路を使えばおよそ10分程度で辿り着ける距離だが……ここで無理は絶対にしない。


 なるべく視界を広く保てる田畑の畦道や生活道路を慎重に進む。通り過ぎる民家から時折大きな物音や悲鳴が聞こえたけれど、何とか無事に藤本動物病院の裏口に辿り着けた。




 まずは周辺の確認。俺はバイクから降りて建物の陰から幹線道路の様子を見渡す。藤本動物病院の玄関先では、路上に倒れ込んで蠢く2つの人影と、それを見ながら……。


「イヤアァァーーーッ!!ワタシカンケーナイィィィ!!ナンなのよ!ナニよ!ナンなのよもーーーーおぉ!!助けッ!タスけ!タスケぇぇぇーっ!!!」


 と、自分が直接襲われているワケでも無いのに錯乱し喚き散らす女性を確認。


 俺の頭の奥がスッと冷える。


 あの震災の時にもこうして半狂乱の体で必死に助けを求める人たちが大勢いた。誰もが助かりたい、逃げ出したい、そういう気持ちになることは分かる。


 ……だが、パニックを起こした人々はその時点でまず助かる見込みが無くなってしまう。


 パニックとはパニックを起こした本人自身が助からないだけでは治まらず、善意を持って助けに来てくれる数少ない勇敢な人までも、地獄への道連れとして引きずり込むことになることが常だ。


 例えば川や海で溺れている人がいたとする。(実際には泳げない人が溺れている場合、こんなに元気よく大声など出す余裕はないのだが……まあそれはいい)


 そこにいざ勇気を出して水に飛び込み助けに行った人に対して……溺れてパニックを起こしている人は、助かりたい一心から救助者の喉元にしがみつき、暴れ回り、救助者の頭を水に押し付けてよじ登ろうなどとして、せっかくの救助者に襲いかかる。


 その結果、あまりにもどうしようもない二重遭難という不幸を引き起こすのだ。こんな状況は震災の時に嫌になるほど出くわした。


 俺に彼女を助ける気はない。そもそもこの状況を映画やアニメみたいにどうにかする力や知識など俺は持っていない。これが映画のゾンビの世界であればああして騒ぎを起こす人間が真っ先に狙われそうなものだが、幸いにして未だそうした気配もない。


 そうこうしてしばらくの間物陰から様子を見ていると不意にマナーモードのスマホが震えた。周囲を警戒しつつ着信画面を見る。藤本先生だ。


「堀くん!今どの辺にいるの?」


「ついさっき病院につきました。で、今はちょっと表の様子を窺ってます(小声)」


「ああ……うん、早かったわね。私もさっきまで外の様子を見ていたの。とりあえず裏口から中に入って……いや、堀くん今日もバイクよね。なら今、裏のガレージのシャッターを開けるわ」


「藤本先生、シャッターの音は大丈夫ですか?(小声)」


「ええ大丈夫、静かだから」


「じゃあ(小…)」「ええ」


 俺が裏口に回り込むとやけにハイテクなシャッターが音も無くスムーズに開いていく。




 そのシャッターの向こうに藤本先生がいた。


 左腕に真っ白な包帯を巻いて……真っ赤な目をした藤本龍子先生がそこにいた。





 ふう。


 俺は今までに日記なんか書いた事なかったんだけど、気がつけば誰かに読まれる事を前提にした一人称の小説っぽくなっているよな。


 まあ今のところは誰にも読ませるつもりは無い。だけど何かの縁でこの日記を読む人がもしいたら感想とか聞いてみたいと思うよ。


 そんな平和な時代がもう一度やってくるのなら、ね……。




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