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生ける屍達についての日記帖 : Data of the living dead   作者: 230
生ける屍達の日記帖 一冊目
36/90

三十四話 生ける屍の引き揚げ


20XX 7/10 晴れ




 まずは前項の続き、おばあちゃんと姉弟の出会いについて記す。




 姉弟の話を聞き終えた俺達は翌日、数キロ先にあるホームセンターで必要な物資を整えた後に一路、あけみおばあちゃんの家へと向かった。




 「……そうかい。……実は、わしゃあのう、子供の頃、満州から引き揚げて来たんじゃ……」


 姉弟とおばあちゃんを引き合わせて姉弟の事情を聞き終えたおばあちゃんは……そう、ゆっくりと語りはじめた。


 第二次世界大戦が終結した筈の八月十五日。


 終戦当時十歳だったあけみおばあちゃんは戦争が終わった日を境に、たった一日を境にいきなり始まった「地獄」を見て来たと。


 あけみおばあちゃんは満州国(現在の中国東北地方)からの「引き揚げ者」だったという。


 日本の敗戦が確定したその日、その時から一瞬にして、それまでお互いにとても仲良く暮らしていたと思っていた御近所さん達は豹変した。


 彼らは突然あけみおばあちゃんの家に石を投げ、押し入り、暴行と略奪を行ったそうだ。


 「「日本人出去(にほんじんはでていけ)!!」」と叫びながら。


 この日突然、着のみ着のままで逃げ出さざる得なかったあけみおばあちゃん一家は他の日本人達と合流し、唐突に始まった……殺人、暴行、強姦、略奪が横行する、まるで地獄巡りのような難民生活に突入した。


 その二カ月に及ぶ放浪生活の最中に、中国内戦が勃発。おばあちゃん達日本人は一般人からの激しい排斥に加えて、中国国民党軍と共産党軍が繰り広げる戦火の中を裸同然で潜り抜けるという……それはあまりにも熾烈な逃避行であったそうだ。


 当時おばあちゃんには両親と三人の弟妹がいた。その他にも家を追われた日本人十数名が一緒だったそうだが……この過酷な二カ月を生き延びたのは結局おばあちゃんと、おばあちゃんのお父さんのたった二人だけになってしまっていたそうだ。


 ある者は流れ弾に倒れ、ある者は石で打たれ、ある者は飢えに倒れ、またある者は絶望から、自らの命を絶つ者も少なくなかった……らしい。


 この頃のあけみおばあちゃんは毎日毎日自分が死ぬことばかり考えていたそうだ。自分も死んで、お母さんや弟妹たち、みんなと一緒になりたい……そういう思いだけが、それだけが、おばあちゃんのたった一つの心からの願いだったそうだ。


 それでも何故か、小さなあけみちゃんは、死ななかった……死ねなかった。


「……あけみちゃん、私のぶんまであなたは……生きて」「あけみちゃん……あなたは……死なないわ」


 あけみおばあちゃんが末期を看取った人々はみんな、口々にそう言い残して、あけみおばあちゃんを地獄に残して……先に、逝ってしまう。


 ……それらの言葉は、もちろん小さなあけみちゃんを心から励ます為の言葉であった事ぐらい十分わかってはいても、それでも、まだ小さかったあけみちゃんにとっては……


「……ほんまにのう……みんなの言葉は、わしだけをのけもんにする〈呪い〉の言葉のようにも思えたもんじゃ……よ」


 そう言いながらおばあちゃんは、少し恥ずかしそうに姉弟へと微笑んでみせた。


 そんなおばあちゃん親子をギリギリのところで救ってくれたのは、大連(だいれん)という街で以前お父さんと特に仲良くしていた友人の除さんとそのご家族だったそうだ。


 おばあちゃんのお父さんは遠方に住むその友人を頼って、何百キロも続く戦火の中を延々と徒歩で移動して……それは、まさしくワン姉弟と同じく、いや、それ以上に過酷な旅を……あけみおばあちゃんはくぐり抜けていた。


 そして正に合縁奇縁というか、ワン姉弟はその大連出身だとあけみおばあちゃんに告げた。


 それを聞いた途端、おばあちゃんは目にうっすらと涙を湛えながら。


「ま、まさかのぅ……この期に及んで、今度はわしが……大連の子ぉらの、力になれる日が来るとは……の、う……」


 ……と、涙声を詰まらせていた。




 こうしてワン姉弟とあけみおばあちゃんは出会った。しかし残念ながら俺の当初の目論みは大きく外れることになる。


 それは、ワン姉弟がおばあちゃんの世話をするどころか、逆に馴れない畑仕事などで散々おばあちゃんに面倒をみてもらってしまっているんだけど……まあ、これはしょうがないよな。




 ともあれ昨日はおばあちゃん達に俺の日記を読んでもらい、その上で今後の生活について少しツッコんだ話し合いをすることになった。


「……と、言う訳で近々デイブって男が俺ん家に来ることになったんだけど……やはり、これから先は俺ん家やおばあちゃん家であっても、他の生存者達や仮称ゾンビたちとの接触は避けられないと思うんだ」


「現状、仮称ゾンビたちが群れで移動する時には今のところ舗装路だけを選んで歩いているように見られる。だから俺ん家やおばあちゃん家は今まで群れの行進とは無縁でいられたようだけど、これから先もそうだという保証はない」


「それと、これまで独自に生き残っていた生存者達も、今までは都市部の近郊に拠点を作り、残り少ない物資をかき集めて細々と食いつないでいるようだが、それもそろそろ限界に近づいている筈だ」


「そうなると生存者達は食料を求めて田舎へ……すなわち、ここらへんの山の中まで入って来る可能性も十分に有ると思う。で、そうなると、今度は仮称ゾンビたちも生存者達を求めて、いずれここまで辿り着いてしまうかもしれない……」


「こうした諸々の可能性(たられば)が起きた場合、俺たちが後手に回らないためにも……」


「!わかりマシタ、ホリ=センセイ。我ら姉弟、喜んデ偵察任務をヒキウケます。イエ、是非ともヤラセて下さイ」


「うん、助かるよ。ありがとう」


 と、話の早いワン姉弟の快諾を得て、俺たちの拠点周辺の監視強化策を練ることになった。そして便宜上、俺の山とおばあちゃんの土地をまとめて「原始山」と呼称する事にした。


 俺はとりあえずの草案として、恒常的な原始山の山頂からの見張り業務を初めようと姉弟に提案してみた。


 例えば、原始山へのアクセスは山の麓から東におよそ2kmほど離れた位置にある南北に伸びた幹線道路からが主なアクセス経路になっている。そしてこの幹線道路は長らく放置車両で埋め尽くされていた筈なのだが、いつの間にかに放置車両は左右に無理矢理押しのけられた跡があり、道路の真ん中辺りには幅3~4mの通路が出来ていた。


 いくらなんでもこれが仮称ゾンビたちの仕業だとは考えにくい。おそらくは大きな構造物で押しのけられたと見受けられる放置車両全ての車体の側面に大きな擦り傷がついていた。これはそれなりに組織立った生存者グループが大型車両等でジワジワと押し通ったかのように思うのだが……本当の事は何も分からない。


 しかしこうした異変も、今後山頂に見張りを配置しておけば、これからは事実が把握出来る筈だ。


 標高200mの原始山山頂からなら北西部にそびえる山地以外の全方位に視界が開けている。ここから双眼鏡等で監視していれば、仮に千単位、万単位の大規模な群れが接近して来た場合など、かなり早期発見が出来るだろう。


 その代わり原始山の麓界隈の状況は把握しきれない事になるが、それは今まで普通に生活していた時と何ら変わりはない。


 山頂からの監視ルーチンの詳細をどのようにするかについては明日、機材を山頂まで持ち込んで実際に色々試しながら案を出し合って煮詰めて行くことにしようとの話をしていると……


「わしも、行くけぇのぉ♪」と、あけみおばあちゃんがニッコニコの笑顔で明日の山登りへの参加を表明した。




 という訳で俺は、明日必要になりそうな機材の準備を整え終えたところで、今この日記を書いている。


 昨日、帰宅してからイトと藤本先生にこの話をしてみると、案の定二人とも目をキラッキラに輝かせて参加を表明してきた(笑)。おまけに、いつも表情に乏しいミコちゃんまでもが、まるでみんなの雰囲気にでも当てられたかのように、ほんのりと楽しそうに上気しているようにも見えた。


 結局明日は、なんだかんだでいつの間にかに原始山のメンバーが全員参加する初イベントになってしまったというワケだ。


 ユキも当然事情を察しているようで、昨日から尻尾をビュンビュン振りっ放しだ(笑)。




 それにしても仮称ゾンビ・アポカリプス発生から一年。まさかこんな風にみんなで楽しめる日が来るなんて……正直、思ってもいなかった。




 ホント、俺も明日が楽しみだよ(嬉)。




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