三話 生ける屍の逃走経路
予約投稿のテスト。ストックは残り6話。
20××年 6/19 雨
口の回りを真っ赤に染め上げた女と目が合う。
「(吐血?いや違っ!)」
するとその女は……再度下になっ首筋に顔を埋め……また何かを噛み千切り……その何かをクチャクチャと”咀嚼”し”嚥下”していた。
「*****ーー!!」
耳障りな音がどこからか聞こえてくる。
「(…うるさい、やかましい)」
「******ーーー!!!」
「(うるせえ!何だ?!)」
「…ヒーッ…ヒッ…ヒ…ヒィィィィィィィィィィィィーーヒッヒーーィィーーーー!!」
その音は……
そのか細い、悲鳴が、自分の、喉の、奥から、洩れていたことに、やっと、俺は……気がついた。
そう気がついた途端、俺は弾かれたように駐輪場に向かって走り出した。そして駐輪場に止めていた俺のバイクが無事だったと知れたその時……そのごくごく当たり前の事に、俺はひどくホッとしていた。
次いで俺はさっきまで自分が完全にパニクっていた事が自覚出来るくらいにはなんとか理性も戻っていた。
改めて辺りを確認する。
およそ200台の車を収容出来るホムセンの駐車場は約半分が埋まっていた。幹線道路は相変わらず大渋滞。そして駐停車している車が作る迷路の中を沢山の人々が右往左往していた。
駐車場や道路のあっちこっちに人だかりが出来ている。
そして、その人だかりの中心には必ず、倒れ込みながら激しく手足をバタつかせている人と、その上に覆い被さって……噛みついている人がいた。
正直意味が分からなかった。
囲んでいる人々もその異常な光景の前で、凍りつき固まっている人々が大半だ。それでも何人かは携帯でどこかに連絡しているように見えた。
「(あ、そうか110通報!……いや、この渋滞やこの状況じゃあ警察を呼んでもすぐには来れない筈。ならとにかく今は一旦人が居ない方へ向かうべきだ)」
そう判断した俺はバイクに跨がりエンジンをかける。現状、車だと全く身動きがとれない状況だがバイクやチャリならば何とでもなりそうだという光明を見いだしていた。
しかし……ほんの少しの間に、あまりにも異常な出来事が連続していて、俺も頭がどうにかなりそうだった……が、俺は藁をも掴む思いで素早くヘルメットを被り顎ひもを絞めた。
先ずは駐車場正面の幹線道路は避けて脇にある抜け道的な生活道路から脱出するべきだろう。そう考えていると。
「アンタァァァーー!!マチナサアァァァイィィィィーー!!」
いきなりの怒鳴り声に驚いた俺は反射的にアクセルを開けた。5mほど進んでから声のした後方へ振り向くと、知らないオバサンが鬼の形相で走りながら……俺を追いかけている、のか?。
「アンターーッ!そのバイクッッ!よこしなさイィーー!!」
「(は?!!)」
反射的にアクセルを開ける。
この手のヒステリーを起こしている人間は絶対にまともに相手をしてはいけない。絶対にだ。
これは ーーーー昔、震災を経験した時に学んだ俺の鉄則だ。
鬼の形相で迫って来るババアから逃げる為に抜け道へ出る方向を一旦諦め、不本意ながら大渋滞中の幹線道路へ向かうしかない。
すると、車道側は車と人で混乱しているものの、歩道側には一切人がいないことに俺は気がついた。幸いガードレールもしっかりしているのでしばらくは車道側の混乱は歩道にまでは及ばないとみた。
道交法は極力遵守したいところだが、ここは迷わず歩道に突っ込む。
車道側からはついさっきホムセンで嗅いだ「ガス」の臭いが薄く漂い、怒声と悲鳴、そして噛みつく者と噛みつかれ血を流している者達が争っていた。
今は屋外なのでさっき店内で受けた程の濃密な臭いの衝撃は受けなかったが……とにかく、何もかもが信じられない光景を繰り広げていた。
それからの俺はありったけの理性を総動員し、慎重の上にも慎重を重ねた運転をしながら、なんとか人気のない川っぺりの土手にまでたどり着いていた。
「(なんなんだありゃあ?!……あれは、ゾンビ……だったのか?)」
人が人に食らいつき、咀嚼しているところを俺は確かにこの目で見た。そしてついさっき見たものを思い出した俺は、その場で思いっきり嘔吐していた。
俺は…… 昔、地震による震災で、ズタズタに引き裂かれた街で……ボロボロの心身を引きずり、飢えとあらゆる種類の怒りの中で、文字通りの泥水を啜り、あらゆる暴力に怯えて暮らした5日間を思い出し……更に盛大に嘔吐していた。
「オボロポポポポポポポポポポポポポ……」
しばらくの間思う存分にえずき、ようやく吐き気がある程度治まった時、俺はすぐ近くにあった自販機に気がついた。
稲妻のような危機感を覚えた俺は買えるだけの飲み物を買い占めにかかった。
だが、自販機の在庫はかなり乏しかったようで、水が5本、お茶は3本、スポーツドリンクに至ってはたったの1本買っただけで、それぞれのボタンに赤い売り切れのランプが灯った。
そして俺はペットボトル2本分の水を使って口を濯ぎ、喉を潤す。
さっきから吐いたり何だりで俺は恐らく小一時間位は此処で無防備にぐだぐだしていたのだろう。ハッとして辺りを見渡し、この土手には相変わらず人気が無いことを確認して安堵した。
「(……………恐水病?……狂犬病?……狂牛病?……それとも…………ゾンビ……なのか?)」
人が人に噛みついて喰らっていた。
それを俺は確かにこの目で見ている。だがそれだけでゾンビだと短絡的に飛躍するのはマズい。とりあえずこの時点では何も分からなくて当然だ。何か情報は……と思い、スマホを取り出して画面を見る。
「ユキ!!」
スマホの壁紙に写るユキの姿を見て本当ならば今日病院からユキを引き取る筈だったことを雷にでも撃たれたような衝撃と共に思い出していた。
おっと……久しぶりにこうして沢山文字を書いて気がつけばもう三時間も経ってんのな。
よく『人の記憶はあてにならない』などといわれるものだが、こうして当時の事をじっくり思い出しながら綴ってみると、逆に意外と細かいところまでいろいろと覚えているものだと変に感心してしまう。
とりあえず続きはまた明日だな。