二十六話 生ける屍の酒池肉林
※今回はかなり胸が悪くなる描写が各所に御座います。今回を飛ばしても次話以降のお話が繋がるように配慮しておきますので、御無理をしてお読みになり御不快な気分になられないようにご注意を御願いします。
20XX 7/3 曇り
昨日から今現在にかけておよそ三十時間、彼女たちの監視を継続して確認出来た事実をここに記す。
あの鬼女達は人間も仮称ゾンビも分け隔てなく……喰っているようだった。
この日記は俺が自分の為だけに始めたものだが、後日誰か他人の目に触れた際に一種の参考データとして扱えるように……それが例えどんな事例であっても記載することにしようと、デイブ宅での滞在中に考え直していた。
しかし、それでもあの三人の鬼女達の行いをそのまま記述する事には大きな忌避感を感じる。
そこでせめて最初に記する事項として、先ずは幸運だった事から記そう。
それは……今回は遠距離からの監視だったおかげで彼女らの発する……恐らくは忌まわしいであろう奇声等はよく聞こえなかったという幸運をここに記する。
今回の監視に使用した機材は光学で50倍、そこからデジタル補正で200倍のズームアップ機能を備えているデジタルカメラを三脚で固定して使用した。補助として光学10倍の双眼鏡も使用する。
双眼鏡の倍率がたったの10倍とは一見とても貧弱に思えるかも知れないが、実際に手持ちで長時間使う場合はこれ以上の倍率などかえって邪魔にしかならない。いわゆる手ぶれの問題があるからだ。
これらの機材を使い周辺の観察を初めてすぐに、異様な雰囲気の住宅に目を引かれ……そこには、鬼が三匹いた。
彼女らが拠点化している屋敷は全面ガラス張りのテラス設計となっていて、かなり目立つ高級住宅だ。しかしそんな高級感も庭に広がっている地獄絵図がその全てを裏返している。
その数は実に四十数体。中には半ば白骨化した遺体も散見する為、恐らくは昨日今日からここに彼女達が居座っている訳ではなさそうだ。
それにしてもこれでは腐敗臭が物凄い事になっていそうだが、中にいる三人の鬼女達は一向に悪臭などを気にしている様子はない。むしろ常にヒステリックに、楽しそうに、はしゃいでいるようにしか見えなかった。
だがそうしたハイテンションな振る舞いを見せる者は二名のみで、残る一名はその二人を半ば無視するかのように淡々と振る舞っていた。
彼女らの着衣は、ハイテンションな二人組の方は半裸の状態でウロウロしているのに対して、比較的静かな方の一人は少しばかり着崩れているものの、しっかりとした和服姿だった。(以下、面倒なのでこの三人をハイ1、ハイ2、和3、と呼称する)
ではここまでの主な観察結果を記す。
・人体及び仮称ゾンビの食用加工は和3の仕事である模様。だがその様子はまるでペットへのエサやりを機械的に行っているような印象を受ける。
・ハイ1ハイ2は常に欲望が剥き出しの状態にあり、あまりにも見苦し過ぎる振る舞いが多過ぎる。
・特に異常性が高いものとして、ハイ1ハイ2は一室に首輪とリードらしきもので拘束した男三名(内一名は仮称ゾンビである可能性大)を監禁して、一日に何度もレイプを繰り返していた。
・彼女らの年齢は大体20代前半に見えるが正直よく分からない。おそらく偏った食生活のせいか、体中に見てとれる吹き出物や肌荒れが酷く、もし健康体であったなら10代であるようにも見えるが……。
「酒池肉林」
……正に誤用ではあるが、余りにも大きく間違えた意味合いそのままに、鬼女達による食欲と肉欲を貪る悪魔の宴のような惨劇が、ここに具現化していた。
しかし普通の男ならこんな状況では彼女らの性欲を満たすための道具としてすら役には立たないだろう……そう思って見ていたのだが、彼女らはそういう事にだけは無駄に手際がよく、男達を無理やり役に『立たせる』技術だけはしっかり持っているようだった。
そうして鬼女達は引きずり倒した男達の上に、髪を振り乱しながら乱暴に跨がっ…………さすがに俺も目を逸らした。
もしかしたら……鬼女達の技術ですら本当に役に立たなくなった時、男達は文字通り彼女らに肉として食われてしまうのだろう、か……という嫌な考えが頭に浮かぶ。
さすがに俺もこんなモノを見て喜ぶほど心が捻曲がってはいない。それでも監視を続行しなければならない理由がある。それは彼女らの「手口」を知る必要が絶対にあると考えたからだ。
いくら狂っていようとも、女三人で四十数名もの人間を簡単にどうこう出来る訳がない。或いは三人で四十数名を確殺出来る何らかの実力を持っているならそれがどんな手口なのか知る必要がある。
とはいえ俺が監視を初めてから確認しているのは件の男三名だけなので、庭に遺棄されている遺体の全てが彼女らの手によるものなのか、本当の所は分からない。
だが、やはりこれら全てが彼女らの仕業である可能性はどこまでも高く、もしそうならばどんな手口を用いて人間や仮称ゾンビを拉致、或いは殺害しているのかは最低限把握しなければならない。
彼女等が生きている以上、俺達の山に彼女等が現れる可能性は決してゼロではないのだから。
そんな事を考えながら気の滅入る監視を続行していると…………事態が動いた。
件の高級住宅の裏手になる山の斜面へと回り込む四、五名の人影を確認した。次に屋敷の正面へ接近する男三名、女一名のグループを確認した。
正面に接近するグループについては少し前から気づいていたけれど、彼らの目標がこの屋敷である事までは、彼らがある程度接近するまで確信出来なかった。
だがこうしてタイミングを合わせ十名もの人数を揃えてこの屋敷を取り囲む以上、彼らが鬼女三人組を打倒する意志を持っている事は明白だ。
正面側のグループは時々立ち止まって大きなチェーンカッターで何かを切断しながら前進している。どうやらワイヤーか何かが要所要所に張り巡らされていたようだ。
こうして正面のグループが三人組を陽動している間に、裏手に回ったグループが拘束されている三人の男の救出に入るのかと思って見ていると…………彼らはそれぞれが担いでいたバッグからビール瓶らしき物を取り出して、一斉に屋敷に向けて投げはじめた。
どうやらこのグループは拉致されている男達を助けるつもりは無いらしく、次いで間髪入れずに火炎瓶が投擲された。先に投げ込まれたビール瓶の中身はガソリンか灯油なのかは知らないが、ある程度この屋敷を網羅するように投げられていたので、あっという間に火炎の幕が屋敷を包み込む。
捕らわれの男たち三人に逃げ場は無かった。
この結末はこの男達の今までの行いが招いた自業自得によるものか、それとも襲撃者達は知らなかっただけの事なのか……或いは知っていて尚、助ける必要がないと判断されたものなのか……俺には知る由もなかった。
屋敷の裏手で動きがあった。
どうやらハイ1ハイ2が裏口から逃走しようとした所を、裏手のグループが押さえ込み彼女らは殺されたようだった。
火勢が強まる。
この屋敷は耐火建材が豊富に使われていたようで、外壁等が焼け落ちる気配はないが、開け放たれた窓の中に投擲された燃料が室内に回っていたようで、ある瞬間から一気に屋内からの火勢が大きくその手を伸ばしていた。
正面玄関の扉が開く。
和3だ。
……相変わらず全てを無視するような佇まいで、業火の中からゆっくりと和3が姿を現した。
完全に気圧される四名。
和3はそんな四名を一瞥だにせず、和服の裾を小さな刃物で切り裂き、動き易くする為にだろうか大きなスリットを作っていた。
溜まりかねた一名が和3に突っ込んで行く。
和3はスッと半歩ばかり男が武器を握る腕の斜め前に踏み込み、次の瞬間……無闇に突っ込んだ男は自分の首筋から鋭い血飛沫を上げたまま硬直していた。
他の三名は現状の展開に心の理解が追いつけず身じろぎひとつ出来ていない。
「(ダメだ!三人掛かりでもあの和3には絶対に届かない!)」
俺は一切の考えを放棄してデイブがくれた新しいスリングショットに大きな破裂音を発生させるクラッカー弾をつがえて射出していた。
打ち放った次の瞬間、俺は結果を見ることもせずにしゃがみ込んで身を隠す。
それとほぼ同時に「パアァァーーン!」という破裂音が俺の耳にも届いた。
彼我の距離はおよそ100m。今まで使っていた普通のスリングショットでは高低差を利用した山なり投擲でやっと届くだけ、という距離だ。
だがデイブが用意してくれたコレはモノが違ったようだ。通常の強化ゴムとは明らかに違う異質な粘りを持ったこのスリングの威力は底知れず、狙いはともかく単に飛ばすだけならデイブの言う通り300mも可能かもしれない。
身をかがめたままゆっくり移動して看板や室外機が作り出す複雑な物陰の隙間から、再度そっと下の様子を覗き見る。
そこには、自分の下腹部を片手で押さえる和3と、その和3の脳天に大きな鉈を食い込ませている男の背中が見えた。
どうやらクラッカー弾の破裂音は硬直していた三人には「気付け」として作用し、和3には「驚愕」として作用したらしい。
そんなことを考えていると……
頭に鉈をはやしたまま和3の目が、一瞬、真っ直ぐに俺を睨みつけた……ような気がした。
そして和3が崩れ落ちると共に鉈を振るった男の右腕が……鉈を握りしめた右の手首から下と……完全に離れ離れになっていた。




