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生ける屍達についての日記帖 : Data of the living dead   作者: 230
生ける屍達の日記帖 一冊目
20/90

十八話 生ける屍の闇の誓い


同日×2。


 今日中に二日目終了までは書き上げるぞ。


 以下本題






 幸いにして積もりに積もった埃の山がこの小さな池の水分をかなり抑えてくれているおかげで、もしかしたらこの臭いが仮称ゾンビ達に届くのではないか?という心配も削減される。


 下手に動いて万が一にも連中の目を引きたくは無かったので、脱力してもたれ掛かる彼女をなんとか支えながら窓の外に注意を向け続けた。


 ここまでおよそ百体の仮称ゾンビ達が通過したが、終わりが見えない。運動能力高い個体達がここまで先頭集団を形成していると思う。


 そして次第にこっちは無理な体勢で彼女を支えていた左腕がそろそろヤバい。持ってあと三分。


 意を決してゆっくりと彼女ごとしゃがみ込んだ。そのまま彼女を床に横たえる。


 すると珍しくユキが俺を見ながら「グブゥー」と不満げに小さく鼻を鳴らした。


 「……え?、おいおいどうしたユキ?」


 俺は普段、ユキの気持ちをある程度分かっているつもりだが……まさか、と思い一応声に出して聞いてみた。


「もしかして彼女が気に入らないのか?」


 ユキの瞳は真っ直ぐに俺を見ている。


「もしかしてオチッコ……いや、マーキングが駄目なのか?」




 なんと!ユキが首を縦に振った!。




 お、い、ぃ、、、




 ……マジかよ。




 一瞬呆気にとられる。


 確かに今、俺の足は彼女の失禁のせいで多少濡れている。しかしまさかそれが犬的には大問題であるのかもしれないと思いついたのは、ユキが珍しく不満気な態度を見せたからだ。


 それはやっぱり……ユキはやはり日本語を物凄く高いレベルで理解しているからなのだろうか……いや、今はそんな事はいい。


 最早何がいいのか悪いのかすら混乱して来たが、もういい。まずは今この状況を生き残ってから……それからユキとじっくり相談だ(……え?)。


 それにしてもまさか世界の名犬の歴史にその名を連ねる……カール、ラッシー、パトラッシュ……そしてハチ公というビッグネームたちに勝るとも劣らないっ、っ…………ハッ!いかんいかん!。そういうのは後!後!。


 ……に、しても今床に転がっている高校生女子は気の毒だな。俺的には現役陸生最強生物であるユキのご不興を買ってしまうとは、なんともご愁傷様ではあるが……って!それもいいから!。とにかく後回しだ。





 俺も少し自分の呼吸に集中してパッパラパーになりかけている自分の頭を全力で冷やさねばならないようだった。












 ……ふう。


 心を切り替えて、もう一度ゆっくり頭を上げながら窓の外を見る。


 かなりの時間を浪費した。


 ついさっきまで百体までは数を数えていたが、今はもう何体が通り過ぎたのかサッパリだった。


 それでももう一度、頭を上げてからの数を数え直し、やがて七体目が通り過ぎた頃から仮称ゾンビ達の間隔がかなり開いて来た。


 そして一体が両足を、ずるーーーーりと引きずるようにして通り過ぎ、二十分以上後続が途絶えていた。


 スマホで時間を確認すると、この倉庫に侵入してから既に三時間半ほどが経過している。病院を出てからは既に四時間以上を留守にしてしまった。


 ……心配だった。


 俺は一度戻ろうと考えて身動ぎすると、ユキが俺の足にカプリと噛みついてきた。


 「(え、止めてるのか、ユキ?)」


 今までユキが俺の行動を催促することはあっても、止めようとした事など記憶に無い。


 俺はユキの頭を撫でながら再び窓からの監視を再開した。







 そしておよそ三十分後。



 それらは来た。




 最初に見た時はデカい蟹か何かだと思えた。


 だが違った。


 それらは四肢の欠損が激し過ぎる仮称ゾンビ達だった。その数十体の仮称ゾンビ達は、のた打つように、這い寄るように、身体を捻り蠢きながら少しずつ少しずつ何処までも愚直に幹線道路を南下していた。


 あそこまで損壊した遺体の群れは、二度の大震災を経験した俺でも見たことなど、あるワケがない。


 一応、未だに五体満足な俺もまた、彼らと同じように地べたを這いずり回った事がある。


 だけど俺の場合はとにかく水が欲しくて欲しくて……生きる為に無我夢中でやっていた事だった。




 だが、彼らは何だ、何の為にあそこまでしているんだよ………………。




……分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分から……な……………














 ‥


 …

 ……

 …… …… ……




 あいつらもやっぱり



 ああなっても、まだ



 生きたいのだろうか























 スマホで時間を確認する。


 もう病院を出てから七時間以上が経過していた。


 倉庫内は真っ暗だ。


 地を這いずる物音も消えて久しい。


 そういえば彼女がまだスカーフで口を覆っている事を思い出し、外してやろうかと手探りを始めると。


 「……んん」


 ようやく彼女も目覚めたようだ。なんやかんやでしばらく腑抜けていた俺の心にも「シャッー!!(しっかりしろ俺!)」と、鋭い一呼吸と活を入れる。




「……起きたか」


「!!んん!……は、はい!」


 暗くてよく分からなかったが、多分口を覆っていたマスクに手間取ったのだろう。


「よ、良かったぁ……無事だったんですね……ユキちゃんも」


「とりあえずだけどな」


「いいか、ホッと一息ついたタイミングが一番危ない。だが不必要に気を張りっぱなしでも心が持たない」


「……はい!」


「ん?、何だか元気だな……まあいい。とにかくいつでもある程度の緊張感とリラックスのさじ加減を自分の中で掴んでおけ」


「はい!」


「後、ひとつ忠告しておく」


「お願いします」


「大きな声を出すなよ」


「はい」




「ふふっ、……実はな、君はユキに嫌われたみたいだぞ」


「!ンーーーーーーーーーー!!!!!」


 暗闇でも彼女が悶え苦しんでいる様子が手に取るように分かる(笑)。


 ははっ、犬、好きなんだな。


「!!……☆、、、!!!!~!!!」


「……こればっかりは俺も何も言えん。まあ、仕方ないよなぁ(苦笑)」




「ハァ、ハァ、……わ、分かりました。何でかは分からないけど…ハァ…ハア……いまは、わ、分かりました……ゼハゼハー」


 一呼吸入れて彼女は居住まいを正しているようだった。


「お願いがあります。いいえ、聞いてくれなくても構いません。でも!聞いて下さい!」


「(どっちだよ)……聞くのはいいけど、静かにな」


「は!す、すいません……で、で、でですね……はー!」




「わたしを原始人先生の弟子にしてください!」




 「(んぐっ!……し、しゃあないか。柄じゃねぇけどなぁ)……まあ、こっちも正直人手が欲しかった所だし、その話受けてもいい」


「その前に、ふたつ聞いておきたい事がある」


「はい、どうぞ」


「まず、気の毒とは思うが俺は君の親探しを手伝うことは出来ない」


「……はい、それは覚悟していました。わたし、多分一時間か二時間くらい前に気がついていたんです」


「その間ずーっと、ずーっと考えてたんです。お母さん、お父さん、友達やみんな…………でも、わたし一人じゃ無理だって、今は嫌でも分かります」


「それで師匠にお願いしようって何度も何度も思いました。でも、師匠にもきっと家族やお友達がいるんだって思うと……」


「やっぱり自分でなんとかしなくちゃって思う……んです」


「……ああ、そこまで考えていてくれて、助かるよ。もうひとつはまた、落ち着い……」


「すいません師匠。もう少しだけわたしの話を聞いて下さい」


「ん、ああ……」


「わたし何もできません。だけど絶対いろいろできるようになります。師匠はわたしをほっといていいんです。ただ師匠のなさる事を側で見せて下さい。わたしに出来ることは何でもします。……だから、師匠はわたしの願いを聞かなくてもいいんです!」


「だから!わたしが勝手に誓います。必ずできるようになります。役に立ちます。それまでお側において下さい!」



 彼女がいる方から、埃っぽい風が微かに舞う。


 多分、土下座でもしているらしい。


 ……全く、最近は龍子ちゃんにも土下座されかかっているし、最近のテレビとかで流行ってんのかな、女の土下座とか……。


「ああ、分かった。いいよ」


「但し、土下座はこれ以降厳禁だ。異性間の土下座は”お願い”のレベルを通り越して”脅迫”になっちゃうからな」


「はい!……ありがとうございますっ」






 しばらくして俺達は静かに注意しながら外に出た。


 まだ街頭が生きていたおかげで道路の様子が確認出来た。見える範囲に動く物はない。ユキも通常モードだ。大丈夫だろう。


 彼女は本当なら俺にいろいろと問いたい事を我慢して、先程の誓い通りに勤めを果たしながら俺の一挙手一投足を見つめている。


 弟子というよりストーカーだな……などと余計な事を考えていると。


「ヴーーーッ!ヴーーーッ!」


 スマホのバイブが震えた。着信画面は非通知。




 ……誰だ。




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