九・五話 生ける屍はかく語りき (David Diary :A part)
20×× June 25
writing by David Miura
a long long time ago……
おっと!いけませんね。
堀さんに読んでもらうのならちゃんと日本語で書かないといけませんでした。
それにしても日記を書くというのは僕にとっても凄くいいアイデアです。堀さんに倣って僕も今日から日記を始めるとしましょう。
今日、僕は堀さんの日記を読んで涙が止まらなくなってしまいました。
僕は昔から日本のアニメが大好きでした。特に泣ける作品を偏愛していました。
だから感情移入のプロでもあるこの僕には、この涙が安っぽい感情移入だと自分でも分かっているつもりでした。
しかし僕自身ステイツに残して来た別れた妻……は、どうでもいいか。それよりも何よりも娘のデイジーの事を想わない日は無かったのです。
それにDr.龍子やMiss美智子ちゃんも二次元の嫁や娘ではないのです。今を強く生きてる人間なのです。手を伸ばせば触れられる生きた人達なのです。
自己診断による「安っぽい感情移入」などという、苦しい言い訳の呪文などで……僕は、自分を誤魔化しきる事は出来ませんでした。
堀さんの日記を読んだ時の僕の心には、デイジーとMiss美智子を、別れた妻とDr. 龍子を重ねてしまい、様々な感情が荒れ狂っていしまいました。
僕は本来虫も殺せない臆病者なのです。
けれど、そんな僕が仕事としてモニター上の数字を動かす時、僕は最強最悪の無慈悲な簒奪者になります。
そして今までに数え切れない程の投資家達を、経済的な破滅という血の海に沈めてきました。
そして僕は、僕が血の海に沈めてきた人々からの報復を、いつだって死ぬほど恐れていました。
子供がベッドの下のモンスターを恐れる以上に、僕は直接会ったことのない復讐者の影を常に恐れていました。
そうやって僕の心は少しずつ少しずつ渇いて行き、いつの間にか……多分、平和だった時代から既に、僕は今外にいる生ける屍達と同じような、ただ喰らうことしか出来ない恐ろしい存在になってしまったのでしょう。
外の生ける屍達たちと、僕という生ける屍との違いは、喰らうモノが人間の肉か、金か、という上辺だけで……本質的には、僕も外の奴らも等しく「人間を喰らっている」生ける屍だと知りました。
三年前、僕が家族から離れ一人で日本に戻って来たのは、やはり見えざる復讐者からの報復と家族への負い目から逃れる為に、知り合いも少なく治安的にも安全性の高い日本に逃げ出して来たのです。
そして僕は、僕の為に過分にして豪奢に過ぎる「棺」を作り上げました。本来なら東京に住みオフィスで仕事をする筈でしたが、それは僕の権限と根回しによって握り潰しました。
プレッパーとして、東京で生活するなど考えられませんからね。
そしてこの場所に居をかまえた理由はもしかしたら、堀さんも同じ理由なのかもしれません。
それはここが地震大国日本において一番安全な確率が高い土地だったからです。しかしだからと言ってプレッパーに油断はありません。「常に備えよ」です。
こうして僕はこの見知らぬ地方都市に棺を構えたのですけど、正直この土地の人々の「備え」に対する意識の低さには驚きました。
それ故に内心ホッとしたところもありましたけれど、ゾンビ・アポカリプス発生後にあそこまで速く、あれ程まで過激に人間性を失う人々が多く現れた事は……所詮、頭でっかちなプレッパーである僕の想像を遥かに越えていました。
……しかしどれだけ逃げても、どれだけ備えても、僕の心は重い思いに捕らわれ続け乾き続けていきました。
そして去年、小賢しい僕の計算やプレップを嘲笑うようにゾンビ・アポカリプスは突然始まりました。
最早世界中のどこにも安全な場所などありません。
笑えるじゃないですか。こうしてわざわざ日本にまで逃げて来て結局は何処にも安全な場所など無かったのですからね。
ステイツでは日本よりも少し遅れたタイミングでゾンビ・アポカリプスが始まったようです。
その僅かなタイムラグの間に僕はステイツのSNSで、プレッパーの仲間達からの賞賛を一身に受けるヒーローになっていました。
そんなことはもう、どうでもいいんですけどね。
何故なら、いざアポカリプスが始まってしまえば「備えるだけ」の、お遊びはもうお終いなのですから。
そしてついに僕が最も恐れていた最悪の現実が、ステイツではなくこの日本で襲いかかって来ました。
僕は少年期の八年間をここ日本で「変なガイジン」として暮らしていました。
当時、大半の帰国子女達はステイツでは「ジャップ」と罵られ、そして日本では「ガイジン」との蔑みからなる精神的、そして肉体的な攻撃を受ける事になります。
日本において僕の顔はどう見てもガイジンっぽくは無かった筈なのですけど、周囲は僕をガイジンとして攻撃することに躊躇がありませんでした。
やはりデイビッドという名前とこの顔のギャップが宜しく無かったという事でしょう。
だから僕は本当は日本も、日本人も怖くて怖くて恐ろしかった筈なのに……大人になって稼いだお金の魔力が、その根源的な恐怖を忘れさせていたようです。
ゾンビ・アポカリプスが現実に始まったと知ってからしばらくの間、僕はそんな昔の事を思い出して毎日ブルーな気分に落ち込んでいました。
SNSでは相変わらずお祭り騒ぎが続いていたようですけれど、僕はまだ本物のゾンビを見てすらいなかったのです。
そんなある日、ゾンビよりも先にご近所の皆さんが手に手に武器らしい物を持って、この家を取り囲みました。
ご近所でも評判の性格の悪い奥様方が玄関先で嬉々として僕から全てを「奪う」相談をしていました。
僕は指向性マイクでほとんどの会話を拾い録音しているのですが、まさか聞こえているとは思ってもいない奥様方のFuckな悪巧みは大変面白いものでした。
あまりにも面白かったので僕は他の皆さんにもよく聞こえるように、大音量アンプとスピーカーから外に流して差し上げました。
それが奥様方のアポカリプスの始まりを告げるトランペットの調べとなりました。
巧妙に偽装している監視カメラ(堀さんにはすぐバレていますが、堀さんですので仕方ありません)があるのですが、それに気づいていない奥様方は、見事に御自身の見事なまでに醜い内面を存分にさらけ出しています。
この映像も何とかして外で暴れている奥様方にご覧頂きたかったのですが、残念ながら流石にその手段がありませんでした。
散々苦慮した結果、奥様方がお家に帰ってからゆっくりとご覧になれるように大手動画サイトの全てにアップロードして差し上げました。この動画は瞬く間に拡散され物凄いヒット数を稼いだようです。やはりカメラが違いますからこれは当然の結果ですね。
やがてヒステリックにドアを武器で叩いていた奥様の一人が、御自分で御自分の手首を痛めた事をキッカケに最初の襲撃が下火になりかけた……その時。
ついに初めてのゾンビが現れました。
しかし最初はそれがゾンビだとはすぐに分かりませんでした。何故なら彼女は映画のゾンビ達のように傷だらけな様子等は全く無かったからです。
そのとても綺麗なゾンビはまるでゴシックホラーのヴァンパイアのように、一人の奥様の首筋にその歯を埋めます。
『さあぁぁーーーーーつっ!ついに始まりましたよ奥様方!絶叫!奥様!絶叫!奥様!絶叫!奥様!絶叫!奥様!絶叫!奥様!絶叫!奥様!絶叫!奥様!絶叫!奥様!絶叫!奥様!絶叫!奥様!絶叫!奥様!絶叫!絶叫!絶叫!絶叫!皆様ご一緒にぃぃぃーーーー!!絶叫ーーーーーーーーーーーーーッ!絶叫ですよーーー!!奥様ーーーッッ!!!』
そして一人の奥様が食われている隙に残った全ての奥様方は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出しました。
『ha!ーーーーーーーーーーーーーーーー ──────────────────※※※※※※※※※※※※※※※※※※HaHa Ha Ha Ha Ha Ha Ha Ha Ha !!!』
モニターの惨状を見ながらまるでバットメンに出てくるジョーカーのように笑い狂う自分に気がついた時。
…………僕は本当の僕を初めて知りました。
僕はゾンビ以上、或いはゾンビ以下の最高で最低なゾンビが、僕だったと知りました。
ゾンビは人間を見て笑ったりはしません。ゾンビは人間を食べて笑ったりはしません。普通のゾンビは多分笑いません。むしろどこか悲しそうにすら見えます。
だから僕は、人間がゾンビに食べられる様を見て、笑い狂うような僕は。
「最高最低最悪の……ゾンビ」
…………なんだと悟りました。
それからの一年はいろいろありました。その度に僕は何度も壊れました。何度も何度も何度も壊れながら、それでも意地汚く生きていました。
そして今日、僕というゾンビは堀さんと出会いました。




