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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
荒廃都市と機関編
98/221

97『依頼の品』

 

「待ってましたわ。皆さん、どうぞ入ってくださいまし」


 キャスリーンの研究室はそこそこ広く、キャスリーンの他にも多くの魔女が在席していた。魔道具作製に使われる器具や道具類が壁掛け棚にところ狭しと置かれ、作業台は資料や道具で散らかっている。そこには作りかけの魔道具を前にした魔女がうんうんと頭を悩ませていた。研究室というより、職人部屋といった感じだろうか。

 イーナは散らかっている道具類を整理したそうに体をムズムズとさせた。


「散らかっていますけれど、これでも魔道具分野の中では綺麗な部類に入るんですのよ」


 キャスリーンが少し恥ずかしそうな顔で微笑む。イーナは「え? これで?」と言いたそうな顔をしていたが、口を抑えて言葉に出ないようにしたようだ。


「フィーナさんからの依頼の品はこちらで作製してますわ」


 キャスリーンはそう言って、奥の部屋へと入っていった。フィーナ達も後について続くと、床に巨大な魔法陣が描かれ、その脇には山のように積まれた結晶魔分が目に入った。部屋の一角には、これまでフィーナがキャスリーンに依頼した品の試作品が、美術品のように置かれている。フィーナのステッキやデイジーのグローブに靴、イーナのクロスボウなどもある。

 試作品の数々は日頃から手入れされているようで、今すぐ使えそうな物ばかりだった。キャスリーンの熱意が感じられる。

 また別の場所には本棚と、白い布をかけられた物が置かれていた。

 本棚にはレーナの仕事場に負けず劣らずの量の本が置かれ、きちんと整理されていた。

 部屋の中央にある大きな作業台の上も、整理整頓され、イーナはムズムズしていた体を多少落ち着かせることが出来た。


「わたくしの部屋は一番片付いていると思いますわ。散らかっていると、道具を探すだけでも一苦労ですもの」


 イーナはキャスリーンの言葉に腕を組んで頷いた。イーナのいる厨房はきっと、かなり綺麗に片付いているのだろう。


「ねえキャシー、この大量の結晶魔分はどうしたの?」


「フィーナさんからお譲り頂いた結晶魔分と、わたくしが仕入れた結晶魔分ですわ。魔道具が本来以上の力を発揮するには、魔道具に合った結晶魔分が必要ですの。わたくしはその研究もしていますの。わたくしの研究によれば、通常の魔道具より倍の性能を引き出すことが可能ですわ」


 キャスリーンは大量の結晶魔分のうちの一つを手に取り力説した。

 なんでも結晶魔分には『級』というものがあって、純度が高く、質の変化が起こりにくいものが良いものとされるらしい。

 キャスリーンの作る魔道具は、きちんと魔道具に合った結晶魔分を取り付けることにより、倍の性能を引き出しているそうだ。フィーナ達の持つ魔法武具も、厳選された結晶魔分を使っているらしい。

 フィーナは腰に下げているステッキを見た。フィーナのステッキには全属性、計六つの結晶魔分を使っている。フィーナは一体どれほど大変だったのだろうかと思案し、膨大な数の結晶魔分から、フィーナのステッキに合った物を見つけ出すキャスリーンを尊敬した。 


「キャシーは凄いね。私達の魔法武具の結晶魔分も厳選したんでしょ?」


「当然ですわ。フィーナさん達の魔法武具にはとびきりいい物を使用しましたわ。全て『特A級』。秘宝級のものですわ」


 フィーナは腰に下げているのステッキが異様に重くなった気がした。これからは大事に扱おうと心がける。いくら背中が痒いからといって、孫の手代わりに使ってはいけないのだ。

 ふと見ると、イーナやデイジーも呆然としていた。イーナはまだしも、デイジーのグローブは劣化が激しい。今は持ち歩いていないが、持って来ていたなら、キャスリーンの目が釣り上がっていたかもしれない。


「魔法武具はフィーナさん達の身を守るために必要な物……。魔道具分野に所属する身としては、使い込んでくれた方がありがたいですわ。ですから、デイジーさんもそんな顔せずに、調子が悪くなったら直ぐに言ってくださいませ。わたくしの作った物がフィーナさん達の命を助けるのなら、わたくしは何度でも作り直しますわ」


 今までキャスリーンの変態性ばかりに目がいっていたが、技術も知識も、実力も志しも、キャスリーンは兼ね備えていた。

 フィーナは急にキャスリーンが大きく、そして眩しく見えた。



「お嬢様、そろそろ依頼の品を……」


「そうでしたわね」


 キャスリーンが思い出したかのように手を叩き、白い布をかけられた物から、布を取り去った。


「こちらが依頼の品ですわ。どうです? なるべくご希望通りに改良したつもりなのですけれど…」


 キャスリーンが不安そうにフィーナ達を見る。あまり自信が無いのか、フィーナ達の顔色を伺っている。


 フィーナ達が依頼したのは箒の改良だ。乗り心地最悪な箒を、長時間乗っても平気なように改良して欲しいと頼んだのだ。キャスリーンは今までに無い内容を依頼され、全くいい案が思いつかなかった。フィーナ達と共に意見を交わし合ったことで、ようやく完成させたのだ。

 お披露目された改良箒は一見、自転車かバイクのように見えた。背もたれのついた椅子に、風よけの風防。革袋や布袋を提げられるフックなどが付けられ、既に箒として外見は無い。

 結晶魔分も取り付けられ、箒の魔法陣も多少改良が施されている。


 バイクのような見た目だが、肝心のタイヤは無く、代わりに二枚の木製の翼が取り付けられているため、かろうじて空を飛ぶためのものだと判断できる。

 外装にはフィーナが猫、イーナがフェアリー、デイジーが獅子の紋章が施されており、赤い文字で『キャスリーンより、愛を込めて』の刻印もあった。


(自転車というかバイクというか……飛行機?)


 翼はフィーナが調子に乗って提案したもので、ラウドリザードという魔物の胸膜を木と組み合わせて使っている。折り畳むことも出来、強度も高い。が、フィーナには空力学の知識は無かったため、ほとんど見た目のために付けられると思っていた。


「翼を広げる事で、魔力消費が抑えられますわ。速度は落ちますけれど、これで長距離を飛行する際に、魔力消費を心配せずとも良くなりますわ」


 翼を見ると、小さな風の結晶魔分と魔法陣が施してあった。飾りのつもりで提案した翼が本当に実用的な物になってしまった。キャスリーンの技術力に、フィーナは脱帽してしまった。


 赤い刻印以外はフィーナとしては満足なものだった。しかし、その他の者は本当に飛べるのかと訝しんでいた。


「ねえ、フィーナ。本当にこれで飛べるの?」


 イーナが疑問を口にする。イーナとしても、箒の乗り心地が良くなるならと箒の改良を承諾したが、いざ出来上がったものを見ると、本当に飛べるか不安になってきたのだろう。


「大丈夫だよ、姉さん。ね? キャシー」


 キャスリーンは何度か飛行実験を行っており、飛べることは知っていたものの、フィーナ達が気に入るか不安に思っていた。


「問題無く飛べるはずですわ。ですが、フィーナさん達のお気に召すかは………」


「それは乗ってから判断するよ。デイジー、この時間帯って、訓練室使えるかな?」


「使えるよー」


 早速フィーナは小型飛行機と化した箒を手に取り、訓練室に向かおうとした。しかし、とても一人では持ち運べるようなものではなかった。外装に魔物の素材などを使って軽量化を図ってはいるものの、子どもであるフィーナが持つには大きすぎる。 

 フィーナは少し考え、箒に魔力を流し込み、乗りこんだ。


「結晶魔分のおかげで、低空、低速も問題無く飛行できるね。これなら中庭を通って訓練室に向かうくらいならなんとかなると思う」


「お母様に叱られそうですわ……」


「マリエッタさんには私から話しておくよ」


「私もマリエッタ様にお願いしておきます」


 キャスリーンはホッとしたように胸を撫で下ろし、フィーナとサンディに礼を言った。

 

 フィーナ達はキャスリーンの研究室を出て、訓練室へ向かった。もちろん、フィーナは小型飛行機もどきに乗ってだ。途中、魔道具分野の魔女達や、中庭を歩く魔女達に驚かれたが、たいした問題もなく訓練室へ辿り着いた。


「本当に魔力の微調整が効くようになってるんだね」


 イーナが驚いたように小型飛行機もどきを撫でる。


「デイジーもこれなら上手くカーブ出来るかな?」


 デイジーが自分も乗りたそうに目を輝かせている。


 訓練室はデイジーの言った通り、()いていた。少人数の魔女が何やら実験をしているようだが、微調整も出来るようになったため、邪魔にはならないだろう。

 フィーナは小型飛行機もどきの翼を広げ、箒で飛ぶ要領で魔力をこめた。少量の魔力で浮かび上がり、思ったとおりに旋回や加速もできる。速度が落ちてきたらまた少量の魔力をこめ直す。まるで燃費のいい自動車のようだ。

 乗り心地も最高だ。風魔法を施した風防によって、向かい風がそよ風のように感じる。背もたれに寄りかかって操縦しても何の問題もない。しいて言えば、心地よすぎて寝てしまいそうになるのが欠点だろうか。


「これすっごいよ! 全然疲れないし、楽しいし……キャシーは天才だよ!」


 かれこれ一時間は飛んでいたフィーナは、ようやく地面に足をつくと、興奮したように語気を荒げた。


「デイジーも! デイジーもー!」


 デイジーは飛び跳ねて「次に乗る」アピールをし、フィーナは小型飛行機もどきにデイジーを乗せた。


「ひゃっふぅーー!」


 デイジーは高速飛行からの高速旋回や急停止からの急上昇などを繰り返し、地上に降りてきた時には満面の笑みを浮かべていた。カーブを苦手としていたあのデイジーが、高速旋回を可能としているのを見る限り、キャスリーンの改造は最高の出来と言っていいだろう。


「わ、私も乗ってみようかな」


 デイジーの次に、イーナは小型飛行機もどきに乗り込むと、安全運転さながらの緩やかな飛行を楽しんでいた。


 

「キャスリーン、これは凄い発明になるよ」


「そうですの……? フィーナさんがそうおっしゃるなら、そうなりそうですわね。でも、この改良型箒はフィーナさん達の協力があったからこそ出来たものですわ」


「それじゃあ名前をつけなきゃね!」


「名前…ですの?」


 キャスリーンはきょとんとした表情でフィーナに尋ねる。頭上ではイーナが楽しそうに旋回している。


「そうだよ。これは間違いなく流行になる。だから、第一人者のキャシーが名前をつけておかなきゃ」


「なんだか恥ずかしいですわ……えと、フィーナさんが決めて下さいまし?」


「キャシー? お願い」


「あぁ、ズルいですわフィーナさん。そのお顔でお願いだなんて……。そうですわね、新型飛行魔道具【リシアンサス】なんてどうでしょう?」


「リシアンサス……? いいと思うけど、由来は?」


「わたくしがフィーナさんにとっても感謝してる意味を込めてみましたわ」


「そ、そう? じゃあリシアンサスに決まりね」


 フィーナは面と向かって感謝してると言われ、照れくささに頬を掻いた。


 リシアンサスは夏に咲く花で、花言葉は感謝である。この世界でもそういった意味で伝わっていた。しかし、フィーナはそれを知らなかった。


 それを知っていたサンディは、キャスリーンの思いの深さに密かに涙するのであった。



別名トルコキキョウです。白や紫があります。とっても綺麗な花です。結婚式のブーケに使われることが多いようです。

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