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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
荒廃都市と機関編
96/221

95『機関の昼食』

 

 デイジーと共にイーナのところへ向かう。イーナは錬金術分野の教官だが、ここ最近は機関の厨房に入り浸っている。

 王都に立地しているだけあって、集まる食材の種類は豊富だ。イーナは厨房で新しい料理を研究したり、美味しい魔物肉を探したりしている。

 前に、イーナにサーペントの肉を食べさせた事が切っ掛けで、イーナは魔物肉に真剣に向き合うようになった。さすがに昆虫系には手を出していないが、魔物肉の知識ではイーナが一番である。


「姉さーん、お昼もらえるー?」


 食堂に入ると、厨房から芳しい香りが漂ってきて、フィーナの鼻腔をくすぐった。隣のデイジーも、お腹を鳴らしてよだれを垂らしていた。時間的にもお昼時で、丁度いい頃合いだ。


「はいはい、そろそろ来る頃だと思ったよ。すぐ用意するからね」


 フィーナとデイジーはいつもの席に座り、イーナの料理を待った。

 イーナの料理の腕はここ最近、めきめきと上達していた。厨房の料理人が舌を巻くほどの腕前を見せ、現在厨房の料理長などと呼ばれている。


 イーナは好きなことを思う存分やれて、とても幸せそうだが、多忙ぶりはフィーナの比ではない。機関の魔女達の食事の用意と、料理の研究を並行してやっているのだ。

 機関の魔女は総勢で百人ほどだ。それから魔女以外の人も少なならずいる。その人々に食事を提供しているのがイーナである。


 今は昼前なので、これから昼食を求めて魔女達が押しかけてくるだろう。フィーナはなるべく早く食事を済ましてしまおうと考えていた。


「お待たせー! 熱いからゆっくり食べてね」


 イーナが持ってきたのはグラタンだった。チーズが沸々と音を立てて、熱さを奏でている。更に冷たいスープとパンもセットで来た。

 フィーナはなるべく早く食べることを早々に諦め、もしイーナが忙しそうだったら、手伝ってあげようと考えた。皿洗いや野菜の皮剥きくらいならフィーナにも出来るだろう。もっと前世で料理をしておけば、とフィーナは悔やんだ。


「うんまーい!」


 デイジーは口周りを汚しながら食べている。

 グラタンを作るにはオーブンが必要なのだが、そこは魔道具分野に頼んだ。結晶魔分と魔法陣を施された魔道具のオーブンはイーナの料理の幅を存分に広げた。


 今日はじゃがいもとベーコンのオーソドックスなグラタンのようだ。ホクホクのしゃがいもに、塩気の効いたベーコンがよく合う。そしてとろみがかったホワイトソースがそれらを包み込み、深い味わいを出している。

 冷たいスープは、グラタンでほてった口の中を冷まし、透き通るようなのどごしと、爽やかな後味を醸し出す。


 イーナはフィーナ達が食べている様を嬉しそうに見ていた。凝った料理はフィーナ達だけに出されるので、他の魔女達はこのグラタンを食べられないだろう。

 だが、教官の権力というわけではない。これはイーナの実験料理なのだ。さすがに吐き出すほどのゲテモノや、悪臭のする料理を出さなくなったイーナだが、向上心には歯止めがつかないようで、フィーナ達を実験台に、新作料理の数々を作り、食べさせた。

 今日のグラタンは、ヒカリの頃に唯一オーブンを使った料理である。フィーナがイーナに少し前に教えたものだ。オーブンを掃除するのが面倒で、その一回きりで、以降冷凍のグラタンばかり食べていたが、イーナが作ると格別である。


 なぜフィーナがこんな料理の知識を知っているのかと、イーナは訝しんだが、文献の隅に書いてあったとはぐらかした。

 未だにイーナとデイジーには、フィーナがヒカリの転生体であることを教えていない。そのうち言おうと先送りしていた為、ずるすると言い出せずにいる。



「どう? 私的にはかなりいい出来だと思うんだけど」


「美味しいよ、姉さん。やっぱり姉さんの料理は最高だよ」


「デイジー的にはもっとチキン……肉が欲しかった」


「ふふ……鶏肉入りも今度作ってあげるね」


「やたー! イーナ大好き!」


 デイジーは単純なようで、こうやっておねだりするのがうまい。厳しい教官としての一面を見せながらも、こういう歳相応の子どもっぽさを見せるところが、他の魔女達にも好まれる要因だろう。

 魔物と相対した時のデイジーは、獣じみた殺気をほとばしらせ、一瞬にして殺戮するので、魔女達は、フィーナ達と一緒にいる無邪気なデイジーを見て、毎回驚きの顔を向けるのだ。

 


「フィーナさーん! 捜しましたわぁー!」


 フィーナ達が食べ終わり、イーナを混じえて食後のお茶を楽しんでいると、キャスリーンが手を振りながらこちらにやって来た。


「例の物が完成いたしましてよ」


「ほんと!?」


「ええ、本当は先ほどお伝えしようと思っていたのですけれど、フィーナさんに会えたのが嬉しくてつい忘れてしまいましたの」


 フィーナはキャスリーンと会った、さっきのことを思い出す。息荒く抱きついてきたキャスリーンか頭の中に浮かび、冷や汗と共に振り払った。


「これから見に行っていいかな? あ、キャスリーンの食事の後でいいよ」


「今すぐでも構いませんわよ? でもフィーナさんに『あーん』してもらうのもいいですわね……」


 キャスリーンは『でも』の辺りから急に小声になったが、フィーナにはばっちりと聞こえていた。もちろん『あーん』はやるつもりはない。そもそもフィーナだって『あーん』をしてもらったことは、母親のレーナ以外に無いのだ。

 それにキャスリーンにしてやったところで、ろくな事にならない事は明白だ。鼻血を出して倒れるキャスリーンを容易に想像できる。


「姉さんはどうする? まだ厨房忙しいよね?」


「忙しいのは朝だよ。もう準備も終わって、保温の魔道具庫に全部置いてあるから、後は他の人たちがやってくれるよ」


「保温の魔道具庫……最初は何に使うかまったくわかりませんでしたわ。けど、流石はフィーナさん。イーナさんのお仕事道具だったのですね。わたくしが日々美味しい食事を頂けるのも、フィーナさんのお陰という訳ですわね」


「作ったのはキャスリーンでしょ? 私は依頼しただけだよ」


「それでも、フィーナさんの発想によるところが大きいですわ」


 キャスリーンはなおもフィーナを持て(はや)し、うっとりとフィーナを見つめた。

 日々キャスリーンのフィーナへの執着が強くなっているような気がして、フィーナは身震いした。


「そ、それじゃキャスリーン。午後に三人で行くよ」


「お待ちしておりますわ」


 フィーナはイーナとデイジーを連れ、逃げるようにキャスリーンの元から離れた。



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