94『スパルタ訓練』
フィーナはキャスリーンから離れ、足早にその場を後にした。後方から「フィーナさーん! また来てくださいましー!」というキャスリーンの黄色い声を聞きながら、魔法分野の訓練室へと続く廊下を歩いた。
魔法分野に所属している魔女達が道すがらフィーナに挨拶してくる。魔法分野の魔女は礼儀正しい。机に向かうより森に向かうような魔女が多いせいだろうか、体育会系のノリを感じる。
「フィーナ教官! 今日はどうしたんっすか?」
「ああ、デイジーいる?」
「デイジー教官なら、朝に野外演習に行ったっきり戻ってきてないっすよ」
「またぁ? 残された人達は大変だね」
「ははは……付いていく方が大変すよ。魔物百人斬りなんて言い出しますからね」
デイジーは朝から数人の魔女を連れて野外演習に行っていた。野外演習では連携や教わった魔法を実戦で訓練する。野外演習では必ず教官が一人付くのだが、今日はデイジーだったようだ。
デイジーと共にする野外演習は地獄のような特訓で、帰ってきた魔女がどこか悟りを開いたかのような澄んだ目をするのだ。しかし、それで魔女達の実力も驚くほど向上しているのだから何も言えない。スパルタ野外演習はいつも一定の層には人気があるようだ。
「はぁ……しょうがない、今日は私が皆を見るよ」
「おお! フィーナ教官、ありがとうございます! おーいみんな! フィーナ教官が見てくださるってよ!」
「やった! 今日はフィーナ教官だ!」
「デイジー教官についていかなくてほんとに良かったー」
「また転移魔法見たいなあ」
声をかけると、辺りから魔女達がぞろぞろと集まってきた。中には研究を止めてこちらに来ている魔女もいる。
フィーナの訓練はかなり人気があった。連携や魔物への効果的な攻撃、複合魔法の使い方等を教えていた。デイジーの野外演習のほうが、短時間で強くなれるが、フィーナの訓練は解りやすくて楽ちん、という評価だった。デイジーは体で覚えさせ、フィーナは頭で理解させる違いなのだろう。
「それじゃ、各自チームを組んで集合」
前の世界ではぼっちが出てしまいそうなチーム分けだが、それを知っているフィーナは半ば強制的にチームを組ませた。毎回違う魔女同士がチームを組むようローテーションさせている。
「今日は…そうだ! 新種の魔物を発見した時の対処の仕方を教えてあげるよ。これから新種の魔物関連の依頼がどんどん増えてくると思うから、これを機に対策しよう」
「フィーナ教官! どうすれば新種の魔物と既存の魔物を見分けられるでしょうか!?」
「簡単だよ。その辺りで見た事ない魔物だったら新種。既存の魔物についてはみっちり教えたよね? だから判断できるでしょ?」
「うっ……すいません。あまり自信がないです……」
それもそうか、とフィーナは考え直した。フィーナでさえ、レンツ周辺の魔物や王都近郊の魔物しか覚えていないのだ。レーナの研究資料の写しを持っているとは言え、資料だけでは判断できないような事がたくさんある。百聞は一見に如かずだ。
「問題ないよ。ここの魔女なら普通の魔物に遅れをとることはないし、新種の魔物は弱いから、とりあえず見た事ない魔物だったら捕らえるようにしとけばいいよ」
ラ・スパーダぐらいなら、チームを組んだ魔女達でも問題なく倒せるだろう。
問題はジ・スパーダ以上の魔物に遭遇した時だが、グリフォンのように群れを形成しない限り、ほとんど見ることはない。
機関の魔女はジ・スパーダに遭遇したとしても、逃げるくらいの実力はあるので、帰って報告をくれるだけでもいいのだ。
「鳥類系の新種の魔物が多いという報告もあるから、それも考えて行動するといいよ」
「なるほど、わかりました」
その後フィーナは新種の魔物の捕え方を教え、新種の魔物を捕らえる依頼を受けるときは、鎮静剤を作れる機関の錬金術分野の魔女を連れて行く事を助言した。
新種の魔物には、定期的に鎮静剤を投薬してやらなければならないが、上手くいけば、使役する事もできる。
魔物の大きさによって、投薬する鎮静剤の量も変わってくるので、専門知識のある錬金術分野の魔女を連れて行く事をフィーナは推奨していた。
フィーナが錬金術分野所属なだけあって、これに異議を唱える者は少なかった。
「ふぅ、今日はここまで! デイジーが帰ってきたみたいだから、後はデイジーに任せるよ」
「あれ? フィーナ、どしたの?」
デイジーは一体どこに行っていたのか、体中泥だらけで、手に嵌めたグローブからは魔物の物と思われる血が滴り落ちていた。ついていった魔女達は同じく泥だらけで、とても憔悴していた。
フィーナは水魔法でデイジー達を丸洗いし、風魔法で一気に乾かした。
「ふー、気持ちー! ありがと、フィーナ!」
ボサボサになってしまった髪の毛を、三角帽子をとって手櫛で直す。
「デイジーの様子を見に来たんだけど、相変わらず無茶してるんだね」
「楽しいよ? フィーナやイーナと一緒の時みたいにいかないから、緊張感ってのがある!」
フィーナ達が三人揃うと、言葉を交さずとも連携出来る。他の魔女と行動することで、デイジーは言葉を発し、理解させ、判断するようになった。それをデイジーは普段より緊張感がある程度に済ませているのだから、恐ろしい娘である。
「まあ、ほどほどにね? これから私は姉さんのところに行くよ。デイジーはどうする? 疲れてるだろうし、休んでてもいいよ。他の魔女の訓練に付き合ってもらってもいいし」
「デイジーもイーナのとこ行くー」
フィーナに訓練を見てもらっていた魔女達は一斉に安堵の溜め息をついた。デイジーが訓練を引き継いだら、どんなスパルタ訓練になるかわからないのだ。
「フィーナ教官、デイジー教官! いってらっしゃいっす!」
一人の魔女が笑顔で挨拶した。フィーナがここに来た時、挨拶してきた魔女だ。
「あ、明日はデイジーが見てあげるからね」
その魔女は笑顔のまま、額に滝のような汗を流していた。
フィーナはご愁傷様と合掌し、イーナのところへデイジーと共に向かった。