93『キャスリーン来る』
「魔斑は魔障に犯された植物を動物が食べることによって現れます。普通の魔物と似ていますが、異常発達する箇所が、通常の魔物比べて分布にはらつきがあります。特に脳や体内器官の異常発達は前例が少なく、調査が難航していました」
フィーナはノンノの研究の途中報告を聞いていた。同じように、機関に所属する錬金術分野の魔女達も途中報告を聞いている。
機関では途中報告会というものがあり、月に一度、魔女達が集まって研究内容の進捗を報告するのだ。研究の進展や他分野との連携を目的に開いているものである。
最近の話題になっていた新種の魔物なだけあって、ノンノの研究には皆興味深いようだ。
ノンノは面接を受けたその日に合格を言い渡され、直ぐに機関に配属された。面接を受けた残りの二人は不満そうに愚痴をこぼしていたが、不合格の理由を説明すると、新しい研究を始めて、もう一度面接を受ける、と意気込んでいた。
試験に通過した魔女は面接で落とされても、次に受けるとき、試験を受けなくてもいい。面接で落とされた魔女も、この仕組みによって、次回からは目を見張るような研究をしてくるのだ。
「質問! 魔障は昔から確認されていた現状だよね? 魔障が新種の魔物に関係するなら、どうして今頃になって魔斑が現れたのかな?」
途中報告会では報告者に対して自由に質問できる。その他にも研究内容に関連性がある魔女同士はチームを組むこともある。この報告会は他分野とチームを組ませるために開いているものでもあるのだ。
「まだ詳しいことはわかってませんが、ある種の動物にだけ、この現象が起きているのではないかと考えてます」
「その種とは?」
「鳥類です。鳥類のみに魔斑が現れるのか、鳥類の食している魔障に犯された植物や、木のみに問題があるのか、まだわかりません。ですが、最近になって新種として報告されている魔物はいずれも鳥類です。その辺りに、今頃になって新種の魔物が現れている原因があると思っています」
フィーナ達が捕まえたエロ鳥も鳥類だった。たしかに報告されている新種の魔物はすべからく鳥類だったが、新種として登録された三叉頭の大蛇は鳥類ではなかった。あの大蛇は今まで発見されなかった本当の新種の魔物なのかもしれない。
もちろん、魔障によって現れた新種の可能性もあるが。
その後、ノンノには多くの質問や共同研究の申請が来た。
現在、機関で優先的に研究されているのは【魔妖樹】関連と魔人関連、そして新種の魔物関連だ。ノンノの研究は新たなブームを作り出したのだ。加えて、フィーナが新種の魔物は使役可能と報告したものだから、機関は新種の魔物関連の研究に燃え上がっていた。
「フィーナ教官! 私の報告会はどうでしたか!?」
ノンノが質問や共同研究の申し出をまとめ終わり、フィーナの所に駆け寄ってきた。
機関に所属する魔女達はフィーナのことを「教官さん」や「フィーナ教官」と呼ぶ。フィーナとしては「先生」のような立場だと思っているので、教官と呼ばれると自動車学校の指導教官が思い浮かぶのだ。
ちなみにデイジーは魔法分野の教官を主に担当している。持ち前の高速移動を活かし、悪魔との戦闘訓練の指導をしている。なかなか厳しい教官として名が通っているようだ。
「良かったよ。これからも頑張ってね」
「はい!」
ノンノはフィーナより一つ年上だそうだ。つまりイーナと同い年である。魔力量もイーナと似たりよったりなので、最近はイーナと仲良くしている事が多い。その伝手でフィーナともよく話をするようになっていた。
報告会が終わり、デイジーの様子でも見ようと魔法分野の訓練室へ向かう。
その途中でフィーナのよく知っている顔を見つけた。
「こんにちは、マリエッタさん」
「あら、こんにちは、フィーナさん」
マリエッタはレンツの魔道具分野長の職を退き、今は機関で魔道具分野の教官をしている。やることは分野長の頃と特に変わらないと言っていたが、その手腕はヘーゼルも認めている。
「フィーナさん、たまには魔道具分野にも顔を出してくださいな。娘も喜びますわ」
「あはは……考えときます」
マリエッタの娘であるキャスリーンは猛勉強して試験を受け、見事合格した。
『フィーナさんがいる所、わたくしキャスリーンも参上いたしますわ!』
マリエッタと共に面接を担当していた時、キャスリーンがそう言って登場した時は椅子から転げ落ちそうになった。マリエッタも知らなかったようで、キャスリーンを見て驚くとともに、「愛って素晴らしいですわ」と意味不明な言葉を口走っていた。
キャスリーンはフィーナから、並の魔女では顔をしかめる程の魔法武具の作製を任されていたので、その腕前は並大抵のものでは無かった。面接時の課題である研究成果の魔道具も「片手間に作った」とされる、かき氷機で難なく面接をパスした。フィーナが久々にかき氷を食べられて、上機嫌になったというせいもあるが。
「絶対いらしてくださいね。フィーナさんの作りたいものはいつも画期的で、面白い物ばかりですもの」
そう言ってマリエッタは両腕を上げて冷たい風の出る魔道具『クーラー』の出す風にあたった。夏の暑さに耐えきれなくなって、フィーナが魔道具分野にお願いして作ってもらったものだ。
氷魔法と風魔法の応用によるものだが、これがかなりの好評で、今では機関以外の注文が殺到している。魔力が切れれば動かなくなるので、定期的に魔女が魔力を供給しなければならないが、それでも一度魔力を満たせば三日は動かせる。
「お母様、確認してほしいところが……ってフィーナさん!?」
「げっ…」
「お久しぶりですわー! 今日は何をお願いしてくださるの? わたくしに何でも言ってくださいまし!」
「キャシー、ここでは教官と呼びなさいとあれほど……あらあらまあまあ」
マリエッタはキャスリーンに注意しようとしたが、キャスリーンは耳を貸さず、フィーナに抱きつき頬ずりしている。レンツを離れて結構な時が過ぎていたので、最近のキャスリーンは会えば直ぐにフィーナに抱きついてくるのだ。
マリエッタはうっとりとした表情で「愛ですわ…」と背筋の寒くなるようなことを呟いていた。