92『王国魔女養成機関』
王国魔女養成機関――――魔女に更に力をつけてもらうため、国王が発した組織だ。最近のフィーナ達の活躍もあり、魔女の優秀さを引き立たせるにはどうするかを真剣に考えていたらしい。そして発足されたのが、この組織というわけだ。
戦闘に使う魔法、生活に使う魔法、薬草の知識や魔道具の知識を学ばせる場所らしい。村で行う研究を金に物を言わせて、どんどん進めることができるという。研究費用は全て国が持ち、住居も用意されている。
しかしこの機関に所属する際には、分野ごとに難関な試験と、面接がある。
試験内容は魔法、魔道具、錬金術の三種から選ぶ事ができ、その内一つを合格することが必要となっている。
面接は教官が行い、村で行っていた研究テーマや、魔女の内面を吟味する。王国の為になる研究や、将来性のある研究などが評価されるらしい。
教官は王都魔術ギルドの推薦で選ばれている。今回、フィーナ達は錬金術分野と魔法分野の教官に選ばれた。魔道具分野の教官に、レンツの魔女であるマリエッタも選ばれていた。
「人に教えるなんて出来ないよー!」
イーナは王都魔術ギルドでヘーゼルから説明を受けて、涙ながらに訴えた。イーナは魔力量が少ないというコンプレックスを抱えている。その為、自分には荷が重すぎると考えているのだ。
「デイジーはやってみたい! キョーカンってなんか格好いい!」
「私もいろんな研究が見られるなら、やってみたいかな」
フィーナとデイジーが前向きに捉えているのに対して、イーナはまごついていた。
「私達まだ見習い魔女だよ? こんな大役任せられるほど責任持てないよ」
イーナの言う事も一理ある。しかし見習い魔女の身でありながら特殊魔法を使いこなし、国王からの依頼をこなし、爵位と勲章を授かる魔女が他にいるだろうか。まずいないだろう。
フィーナは国王がフィーナ達をかなり高く評価していると考えていた。
実際はフィーナ達が国外へ出てしまうと、それだけで大きな損失になってしまうので、国王としては留まる理由の一つに、教官というポストを与えたのだった。
魔女は比較的自由人だ。国内に留まる理由がなければ、簡単に国を跨いで旅をする。最終的には故郷の村へ戻り、安穏とした人生を送るのだが、旅の過程で死ぬ魔女も少なくはない。
国王はそれを前々から勿体無いと感じていたのだった。
「姉さんは向いてると思うけどなあ。ね、デイジー?」
「うん、イーナは教えるの上手」
「そんな………こと……」
「それにさ、私達が教官になれば、多少趣味が入った目線で面接しても、誰も文句は言わないよね?」
「アルテミシアの研究してる人いるかな?」
「いるかもね。他にも私達の知らないような研究をしている人もいるかも……例えば、他国の料理についての研究――――」
「やる! すぐやろう! 今すぐ!」
イーナの目の色が変わった。すでにイーナの頭の中では知らない料理、未知なる味、見た事ない食べ物で埋まっているようだ。
「自分達の好みの研究ばっかり贔屓しないでよ……?」
最後まで聞いていたヘーゼルはため息をつきながら王国魔女養成機関の今後を憂いた。
王国魔女養成機関の発足と共に、現場である養成学校には大勢の魔女が詰めかけていた。
研究費用に悩まされないという事がかなり好評だったようで、フィーナ達はひっきりなしの面接に対応を追われていた。
魔女の収入は平均より多いものの、大半は研究費用につぎ込まれる。そのため、どの魔女もフィーナ達のような資金力はなく、研究費用無償というのは拍手喝采ものなのだそうだ。
フィーナは改めて研究資料を残してくれたレーナに感謝した。フィーナ達が手を加えた部分も多いが、フィーナ達の資金力の根源はレーナの研究資料によるものなのだ。
「今日は多いね」
今日の合格者は三人。毎週五十人ほどが試験を受けに来るが合格者は大抵一人か二人、日によっては合格者が出ない時もあった。
フィーナが王都に来てから既に三ヶ月が過ぎていた。季節は夏を越え、秋にさしかかっている。
教官として過ごす日々は忙しいが、その分楽しかった。デイジーも近頃はホームシックな発言も出なくなり、今の環境に落ち着きつつあった。
「試験通過者の皆さん、おめでとうございます。しかしまだ正式に所属した訳ではありません。今から面接を行い、評価した上で、正式に機関に所属できる魔女を選別します」
なかばテンプレ化した言葉で簡単な挨拶をし、面接を始める。
フィーナ達はグループ面接の形をとっているが、いつも一人か二人しか試験を通過しないので、今回は普段と違った面接になるかもしれない。
試験通過した魔女達は、フィーナ達のような少女が面接することに驚きはしない。発足当時は「教官が見習い魔女なんて…」という声もあったが、大抵は国王から頂いた勲章を見せると大人しくなった。
今では王都でフィーナ達のことを知らない魔女はほとんどいない。いたとしてもそうとうの田舎者だろう。それほどフィーナ達は有名になっていた。
「では村でしていた研究について話してください」
「私は空気中の魔分を結晶化する研究をしています。本来精製には長い年月がかかるとされる結晶魔分ですが―――」
「私は魔水について研究しています。魔水とは、魔分を含ませた水のことで、飲むと魔力を回復させる効果が―――」
面接を受けている魔女が自信満々に話し始める
フィーナ達は聞いているうちにあくびが出そうになった。
空気中の魔分を結晶化させる研究は既に理論は完成している。しかし、それには大量の魔力が必要なのだ。わかりやすく言うとフィーナが百人いて、ようやく米粒大の結晶魔分となる。あまりにも現実的ではないので、レンツでは結晶魔分の節約化に研究がシフトしている。これはマリエッタからの情報だ。
魔水についてはフィーナ達のほうが詳しい。【蛇の洞窟】で偶然手に入れた魔力回復水のことだ。現在では魔水と簡略化して呼ぶらしい。既にイーナが用法用量、副作用に至るまで解明しており、精製に最適な場所もいくつか発見したと、デメトリアから報告があった。
フィーナ達には既知の内容だったが、試験通過した魔女達には目新しい内容だったのだろう。こうした既知の研究内容を話す魔女は実のところ、かなり多かった。レンツでこうした内容は既に古い部類に入っているらしい。
レンツから発信された情報が他の魔女村に届き、それから研究を始めた魔女達が試験に受けに来ているのだろうと、フィーナは考えていた。
レンツは今や、魔法技術の最先端を走っており、日々新しい発見や発明がなされている。レンツ側の宿場町も発展しており、急激な人口増加にデメトリアは頭を悩ませているそうだ。
二人の魔女が自信満々に話す傍らで、フィーナ達より少し背が高い魔女がいた。見る限り、見習い魔女だろうが、この機関に年齢は関係ない。王都魔術ギルド側も、見習い魔女の受験を許可しているので、規則にも違反しない。だが魔女の慣例、見習いの間は村から離れ過ぎてはいけないという慣例には反するが、フィーナ達が許可されたように、この魔女も事情によって許可されたのかもしれない。
フィーナは書類に目を落とした。この魔女はノンノと言うらしい。山間部にある小さな魔女村出身で、王都に来るのも初めてのようだ。
試験には通過したが、他の二人が自信満々に研究内容について話すので、話すに話せないといった感じた。
ノンノは継ぎ接ぎが目立つ見習い装束をもじもじといじっている。ノンノは三つ編みのおさげが特徴的で、見るからに気が弱そうな感じだ。
「ノンノさんはどんな研究をしていましたか?」
イーナが察したようにノンノに話を振る。自信満々に話していた二人の魔女は不満そうに黙った。
「あ、あの………魔斑についての治療方法を…」
魔斑については聞いたことがない。フィーナはイーナを見るも、知らないのか、首を横に振っている。デイジーは言わずもがなだ。
「魔斑とは一体どういうものなんですか?」
「えと、魔斑というのは魔障の一種で、動物を脅かす病のようなものです」
魔障については聞いたことがある。魔分が作物や植物に影響し、毒性を持たせたり、貯水性を持たせたりといった特性が現れる現象のことだ。魔斑とはそれが動物にも起こっているということなのだろうか。
「ま、魔斑に犯された動物は、魔物のような特性を持ちますが、治療法によっては改善することもできます。わ、私の村では、近年新種の魔物が多く報告されていて、疫学的調査した結果、魔障が現れた植物の近くに新種の魔物が増えていると突き止めました。そして、魔障が現れた植物を動物に食べさせ、その動物が新種の魔物に変化するかを実験しました」
フィーナは聞き覚えのある話に目を輝かせた。レンツの村周辺で起きていた現象に酷似していたのだ。しかしレンツでは新種の魔物の手懐けが精いっぱいであり、村の発展やレリエートとの騒動によって調査は難航していたのだ。
「それで!? 実験結果は!?」
「ひうっ! せ、成功でした」
フィーナの剣幕にノンノはおびえ、体を大きく跳ね上げさせた。
フィーナはノンノの確かな優秀さを感じ、心の中で「合格!」と呟くのだった。