91『勲章と爵位』
王都に戻ったフィーナ達は直ぐ様、国王や魔術ギルドに報告した。魔分を撒き散らしていた木は国王から【魔妖樹】と名付けられ、所有や譲渡の一切を禁じられた。発見者には多額の褒賞が支払われ、王都魔術ギルドと連動して撲滅する予定らしい。
至るところに生えているという訳ではないので、探す事に苦労するだろうが、褒賞次第では多くの者達の手によって狩り尽くされるだろう。
国王は他国にも、この情報を売ると言っていた。あの木が他国から持ち込まれた可能性を加味して、動揺を誘い、交渉を有利に進めるための手札にするらしい。資金力や腹芸ばかりで国家間の交渉を進めていたメルクオールには貴重な手札だ。ことレイマン王国には慎重にカードを切るだろう。かつてのレイマン王国がメルクオールに【魔妖樹】を植えた可能性だってあるのだ。
底意地の悪いメルクオール国王に任せておけば、絶好のタイミングでカードを切ってくれるだろう。
「ギルドマスター! お、お帰りであります!」
魔術ギルドに入ったフィーナ達を迎えたのは出っ歯で小動物的な可愛さを持つペントだ。
食事の最中だったようで、口周りに果物のジャムをつけたままヘーゼルに敬礼している。
「ペント、至急ギルド内の魔女を集めてくれ。先日話した【魔妖樹】捜索についての追加報告がある」
「はいであります!」
ペントはドタバタと部屋を出ていき、ヘーゼルは椅子に腰掛けた。ペントの大きな声がこの部屋まで聞こえている。
ここ数日、フィーナ達はヘーゼルと行動を共にしていた。【魔妖樹】の騒動から王都は目まぐるしく活発化し、商人、職人、農民、元ガルディア在住のスラムの人々まで、ガルディア再建についてあちらこちらに出向いていた。
王国騎士や魔女達も悪魔召喚がなされた聞き、その対策に昼夜を問わず忙しくしていた。
フィーナ達も同様に忙しかった。魔女や騎士達に召喚された悪魔、ベヒーモスについて詳しく説明したり、王都の建築家達にガルディアの荒廃具合を話したり、歴史家や王国文官に魔人の生態と、自我を持つ魔人の存在を報告したりと、目が回るほどの仕事量に四苦八苦していた。
ベヒーモスとの戦闘で疲れていたフィーナ達にはかなりの重労働だったが、国王やヘーゼルがどうしてもと懇願するので、レンツに帰ることができずに手伝っているのだ。
デイジーは既にホームシックにかかっているようで、毎日のように「かーさんの手料理が食べたい」「サナと狩りに行きたい」「薬草園で日向ぼっこしたい」と駄々をこねた。
正直、気持ちは痛いほどわかる。フィーナやイーナも、家に帰りたかったし、レーナやデメトリアにも話したいことがたくさんあった。
「ヘーゼルさん、私達はいつ帰れるんでしょうか」
「うーん……今はとてつもなく忙しいからね……。もう少し手伝って欲しいかな。その代わり、アルテミシアの絵は持って行っていいし、国王陛下からも贈り物を用意して欲しいと陳情しておくよ」
国王からの贈り物はいらないので早く村に帰りたいです、とは言えず、フィーナは大きくため息をついた。
翌日、城からフィーナ達に手紙が来た。高そうな便箋に国王の印が施されている。配達員は城の騎士で、緊張でガチガチになりながらもフィーナ達に手紙を渡した。国王の手紙を届けるという役目は非常に重大な仕事で、誤って紛失などすれば、物理的に首が飛ぶ事もあるらしい。恐ろしい事である。
手紙には回りくどい言葉で明日の朝、参城するようにと書いてあった。要件だけ書けば一行で済むようなことを、だらだらと長ったらしく書き連ねている。詳しい要件は書いていないが、どうも国王の悪巧みが透けて見える様な気がしてくる。
フィーナは未だ緊張している騎士に、確かに受け取ったという事を告げると、騎士は心底安堵したかのように胸を撫で下ろした。
明朝、フィーナ達は参城するため、城へ向かった。城門では以前の兵士が番をしていた。兵士はサムズアップして、意味深い笑みを浮かべていた。
「レンツより参られし見習い魔女フィーナ、同じくイーナ、デイジーが参られました」
「入れ」
今日は国王の執務室ではなく、謁見の間に招待された。物々しい口頭に、何が始まるのかとフィーナ達はビクビクしていた。
謁見の間には国王と側近達、さらに多数の貴族たちが集まっていた。中にはデーブ伯爵の姿もある。屈強な体付きをした貴族達はデーブ伯爵にしごかれた貴族だろうか。きらびやかだが、何故かピチッとした服を着込んでいる。
「よくぞ参られた、優秀なる魔女たちよ」
玉座に座る国王はいつも以上に貫禄があり、引き締まった体付きも相まって、堂々たる雰囲気を醸し出していた。
フィーナ達は不慣れな仕草で国王の前に跪く。
「此度、そなた達は凶暴なる悪魔を撃滅し、王国の危機を救い、更に魔術ギルドと連携し、有益な情報をもたらした。ガルディアは高濃度の魔分から解放され、発展の狼煙をあげるだろう。そなた達の活躍はあまりある物である。よって、そなた達に勲章と爵位を授ける」
周囲の貴族達から割れんばかりの拍手が起こった。魔女が勲章を与えられるのは戦時以外では初の出来事だ。爵位は勲功爵という爵位をもらった。爵位としては特別で、本来実績のある騎士や価値のある発明をした発明家、高名な画家や音楽家に与えられることが多い。
フィーナ達が錬金術分野所属であり、かつ見習いの身であるという事も関係し、勲功爵という爵位を与えられたのだ。高位の爵位は領地経営や街の統治等を余儀なくされるため、勲功爵というのは妥当な判断だろう。
勲功爵のついた魔女は俗に言う「国王のお墨付き」であるらしい。何かトラブルが起こった際には、爵位と勲章をちらつかせば大抵は上手くいくと、これまた回りくどく国王は言った。
周囲の貴族たちも笑いをこらえるように口を手で覆った。デーブ伯爵は心当たりがあるのか、感慨深げに頷いている。
「今後も王国のため、民のために、その才を奮ってくれ」
国王が朗らかに笑いながら締めくくる。
フィーナ達が突然の爵位に呆然としつつも、周りの視線に耐えきれず、謁見の間を後にしようとすると、執事のピボットが魔術ギルド経由の依頼書を差し出してきた。
依頼内容は『王国魔女養成機関の教官』である。
フィーナは国王が仕組んだ怒涛の脅かしに、頭を抱えたのだった。
レンツにはまだ帰れそうにない三人であった。