9『錬金術分野の分野長』
次の日、三人は魔術ギルドへ向かった。昨日の夕食時、アーニーおばさんは三人が同じ分野に所属したことに驚いていたがお祝いとして、豪華な料理を奮発してくれた。果物や野菜、肉等も豊富に用意され、フィーナ達は大量の料理に歓喜した。味付けは塩味はばかりだったが。
「まずは錬金術分野のリーダーに挨拶ね。分野長とも呼ばれる人で各分野に必ず一人はいるの。その分野で成功を納めた人や、造詣が深い人を分野内の魔女推薦で決めるの。周りの信頼も厚くて、頼りがいのある人が多いイメージね」
事実、イーナが所属していた魔道具分野の分野長は、みんなに慕われていたらしい。魔法分野も同様のようだ。
「失礼します!この度、こちらに転属したイーナです!……二人も挨拶して」
「所属しましたフィーナです。よろしくお願いします」
「デイジーです!お願いします!」
デイジーだけ変な挨拶だったが、まあそれほど堅苦しくなくていいだろう。
「んみゃ、よろしく〜。まあやりたい事あったら好きにしてね〜。報告だけよろしく〜」
おっとりとした甘い声の主は書類や本の山の向こうで手をヒラヒラとして応えた。
「あ、あの、最初にやるべきこととかありませんか?」
イーナは分野長の態度に面食らっていたが、おどおどとした様子で尋ねた。
「んあ〜、そうだね〜。じゃあ一部屋貸してあげるからそこ掃除して〜」
書類の山の向こうから鍵が放り出される。デイジーは素早い反応でそれを掴み、イーナに渡した。
「わ、わかりました。し、失礼しました」
イーナは部屋を出ると呆然とした顔をしていたが、振り払うかのように顔を横に振ると、顔を引き締めてフィーナ達に向きあった。
「ちょっとびっくりしたけど、今日やることは決まったね!頑張ろーー!」
フィーナはイーナの切り替えの速さに感心していたが、デイジーは特に気にならなかったのか、いつも通りのにこやかな笑顔である。
「ここが私達の部屋………?」
部屋は角部屋で、日光がよく入る明るい部屋だった。しかし、床は埃が積もり、フィーナ達の足跡がつくような状態で、白い布が掛けられた家具や道具が並んでいた。どうやら倉庫か物置のように使っていたらしい。
「ふふ……やりがいがありそうね……」
イーナはニヤリと笑うとローブを脱いで、袖をまくった。
「フィーナ!雑巾と箒を持ってきて! デイジーは窓を開けて風魔法の準備!」
どうやらイーナの熱が入ったらしく、イーナの指示にフィーナ達は大人しく従った。イーナに任せておけば一番効率がいいのは二人がよく知っている。
デイジーの風魔法で部屋の埃を掃き出した後、フィーナの持ってきた掃除道具で手早く部屋を掃除していく。イーナの手腕が光り、あっという間に大部分が片付いた。使えそうな家具や道具はそのまま使うようにし、使わない物は部屋の隅に布をかけて纏めておいた。
家具や道具は年季は入っているが、大鍋や秤、すり鉢に薬箱など、錬金術に関するものばかりだった。
幸い、本棚には錬金術の初歩レベルといった本や、知名度の高い薬の調合方法が記された資料などが並んでいた。これならば直ぐに薬の調合を始められそうだ。
問題は薬の原料となる薬草が無いことか。フィーナ達は分野長室に向かった。
「分野長!部屋の掃除が終わりました!薬の調合をしたいので薬草が欲しいです!」
イーナは報告と要求のみを簡潔に述べた。分野長は手をヒラヒラさせて親指を立てた。そして書類の山の向こうから一冊の本が投げ出され、デイジーがすかさずそれを掴む。
「おつかれ〜。そこに薬草の採集場所が書いてあるから、自分達で取ってきてね〜。お供は頼んであるから〜。いってらっしゃ〜い」
イーナは半ば諦めたかのような顔をしていたが、踵を返すとフィーナとデイジーの手を取り魔術ギルドを後にした。
「なんだかいい加減な人だったね。分野長はもっと凄い人だと思ってたんだけど……」
「う、うーん」
フィーナもイーナと同意見だった。
「デイジーはあの人、結構気に入ったかも」
「「え?」」
「部屋は確かに汚かったけど、道具も揃ってたみたいだし、お供もすでに頼んであるし、気だるげに見えて、デイジー達を試そうとしてるような気がする」
「「……」」
デイジーは鋭い。フィーナ達はあの話し方に気を取られていたようだ。確かに、古くても道具は文句なく揃っていた。しかも、今日中に掃除が終わることを見越して、薬草採集のお供を頼んでいた。あの分野長はなかなかやり手なのかもしれない。
村の入り口に近づくと、一人の女性が立っていた。歳は二十代半ばだろうか。革を繕った軽装で、背中には大きめの弓を背負っている。髪は金色で全体的に短く、少し長い襟足の部分は紐で纏めている。藍色のキリッとした目が光に反射してキラリと光っている。背もスラリと高く、美形でかっこいい印象を受ける。
「君達が新人の三人娘だね。リリィから話は聞いてるよ。私は狩人のサナ。君達の護衛役さ」
フィーナ達が戸惑っているとサナが慌てて付け足した。
「ああ、リリィは分野長の名前だよ。リリィと私は同期でね。レーナ先輩にはお世話になったんだ。私はまだ若輩者たが、君達を守るくらいは問題なく出来るつもりだよ。よろしくね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
イーナが代表してペコリと頭を下げる。
「フフ、イーナはレーナ先輩に似ているね。しっかり者で周りを引っ張る力がある」
イーナは恥ずかしさから頬を染め、俯いてしまった。しかし口元は緩んでいる。
(私のイーナを一瞬で……!サナさん、恐ろしい娘!)
「今日は基本的な薬草を取りに行こう。本を参考にして出来るだけたくさんの種類を採るようにしてね」
「「「はい!」」」
フィーナ達はサナの後について、魔女村を出た。フィーナ達の初の外の世界だった。
フィーナの影の薄さが深刻ですね‥‥‥‥
フィーナの活躍はもう少し先になります。今はゆったりと進行させているので気長にお待ちください。