86『サバト』
グリフォンリーダーは空をグルグルと旋回しながら魔法を打ち続けてきた。それを真っ向から相殺していくヘーゼルとフィーナ。二人の顔には焦りが生まれていた。
「魔法を使う魔物なんているんですかー!?」
「これだけ魔分が濃いんだよ!? いても不思議じゃないよー!」
ヘーゼルとフィーナは魔法の相殺によって生じる爆音に負けじと大声を張り上げて話した。
「どうしますか!? この状況!」
「私に考えがあるよ!」
ヘーゼルの口角がニッと吊り上がる。なんだか嫌な予感がする。
突如、フィーナ達の足元の地面が隆起しはじめ、フィーナ達の体をどんどん上へと持っていく。フィーナの隣ではヘーゼルが嫌な笑みを浮かべている。ヘーゼルによる魔法のようだが、一体何をするつもりなのだろうか。
「一撃で決めるよ! どでかい一撃をグリフォンリーダーに撃ち込むの! 一緒にね?」
フィーナはヘーゼルの言葉に唖然とした表情をした。ヘーゼルはじり貧の状況を覆すために捨て身の特攻を仕掛けるつもりらしい。それもフィーナを巻き込んでだ。フィーナは冗談ではないと言おうとしたが、畳みかけられるグリフォンリーダーの攻撃を相殺する作業でそれどころではなかった。口を開けば舌を噛みそうだ。
その間にフィーナ達はグリフォンリーダーの間近に迫っていた。ヘーゼルは土魔法に集中しているため、グリフォンリーダーの相手はほぼフィーナ一人でやっている状況だ。
「よし! 三、二、一で攻撃するよ! 目標はグリフォンリーダーを地面に落とすこと!」
地面の隆起が止まり、ヘーゼルがフィーナの肩をたたく。フィーナ達はすでにグリフォンリーダーの羽ばたく音が大きく聞こえるほどの距離まで来ていた。
「いくよ! 三、二、一! いっけー!」
グリフォンリーダーが危険を察し、さらに上空へ逃げようとする。しかしその背を追うようにフィーナ達の強力な魔法が襲い掛かる。ヘーゼルの魔法は大きな火炎玉だった。太陽のような火炎玉が高温で周囲の空気を熱しながらグリフォンリーダーに迫る。一方フィーナの魔法は轟雷だった。鼓膜が破れんばかりの轟音が鳴り響き、一柱の光の筋がグリフォンリーダーに落ちる。
「ギャアアアアッ!!」
轟雷の魔法を受けたグリフォンリーダーは悲鳴を上げ、上空への上昇を止める。さらにそこに身を焦がす火炎玉でグリフォンリーダーの翼や胴体を包み焼く。グリフォンリーダーは包まれる炎に声を上げることができず、そのまま身を焼かれながら地面に落下した。
空を見上げていたイーナとデイジーはあまりの光景に口を開けることしかできなかった。地面に落下したグリフォンリーダーはしばらくもがき続けていたが、フィーナ達が戻ってくる頃には息絶えていた。
「これで倒せたならやっぱりジ・スパーダだったようね」
「ヘーゼルさん!」
フィーナはヘーゼルに文句の一つでも言おうとしたが、あまりにもヘーゼルが陽気に笑っているのを見て、そんな気も失せてしまった。
「あなた達本当に強いんだね。話には聞いていたけど、ここまでやるとは思わなかったよ。さすが、アルテミシアの名を冠するだけはあるね」
「はあ…もう無茶はやめてください」
グリフォンリーダーにどんどんと迫る体験は正直すごく恐ろしかった。できればもう二度と体験したくない。ヘーゼルはいつもあのような無茶をするのだろうか。デメトリアといい、ギルドマスターは並ではないなと感じるフィーナであった。
「そういえば、ヘーゼルさんはどんな特殊魔法を使うんですか?」
フィーナはヘーゼルが特殊魔法の使い手だったことを思い出し、どんな特殊魔法なのか尋ねる。
「【闘争】の特殊魔法だよ。体内をカーって熱くして、痛みや恐怖を和らげて、生存本能を強化するの。我が家で代々受け継がれてる魔法だよ」
(ほー、アドレナリンの分泌を増やしたりするのかな? 特殊魔法にしては結構弱そうなんだけど、あの無茶な特攻は特殊魔法を併用していたのかな?)
そうだとしたならば、ヘーゼルの行動は無茶ではなく生存するための最善手を打ったことになるだろうか。にわかには信じがたいが、ヘーゼルはこの魔法でいくつもの危機を抜けてきたらしい。
(死を打破することで得られるのが特殊魔法だから、ヘーゼルさんも新たな特殊魔法に目覚めることがるかもね。どんな夢や希望を持ってるか知らないし、それを叶えるための知識も知っているかわからないけど)
焼け焦げたグリフォンリーダーの死体を横目に、フィーナ達は先に進む。倒したグリフォンの一部はガオの口の中へ収納した。素材として使える部分があるかもしれない。
グリフォンの群れを討伐したせいでかなりの時間をくってしまった。魔力もかなり消費したが、またジ・スパーダクラスの魔物が現れなければ何とかなるだろう。フィーナ達は足早に中心部の領主の館へと向かった。
鬱蒼と生い茂る草木を払い、強引に道を作って進むと、ひと際大きな建物の前に出た。鉄製の崩れた門をすり抜けて中に入ると、一本の木を中心に人が輪になって踊る姿があった。数十人はいるだろうか、身なりはボロボロで、生気を感じさせない青い顔をしている。
「幽…霊…?」
イーナがフィーナの服を掴みながら呟く。フィーナもごくりと生つばを飲み込んだ。しかしイメージした幽霊とは違い、どの人もちゃんと肉体があるように見える。
「あれは魔人だよ…魔分で生きている人のことで、長時間濃い魔分にさらされるとああなるんだ。たぶん五十年前の人々だろうね」
ヘーゼルが苦々しげに呟く。ヘーゼルはゾンビでは無く、これを予想していたらしい。魔人は元人間で、濃い魔分にさらされることでなる異人種だ。厄介なのは知能が高く、人間に攻撃をしてくる者が多い点らしい。年もとらず、食事も必要ないということで過去に研究がすすめられたが、ほとんどが理性を失った獣のように制御しきれない魔人となり、人々を襲ったため研究も止まったらしい。
「魔人はもはや魔物と同義とされているの。殺すのをためらわないようにね…。それより、彼らは何をしてるんだろう?」
魔人達は木の周りを何かを呟きながら踊り続けている。しばらくフィーナ達は様子を見ていたが、時間もないので魔人たちを仕留めるべく動こうとした。気は進まないが、放置するわけにはいかないらしい。それに、魔人が取り囲んでいる木になにかありそうだ。あの木からかなり濃い魔分を感じる。
フィーナ達が動こうと歩を進めた瞬間、木が突然割れた。
中から吐き気を催すような大量の魔分を噴出し、囲んでいた魔人達が次々と塵状になって消えていく。
「ヘーゼルさん、一体何が起きてるんですか?」
「わからない、こんなことは―――」
見たことがない、そうヘーゼルは言いかけて口をつぐんだ。木の裂け目からどす黒い光があふれだし、血に染まったような赤い腕が出てきたからである。
フィーナの脳内にかつてないほどの警鐘が鳴り響いていた。