85『グリフォンリーダー』
真っ先にグリフォンの群れへ飛び出したのはデイジーだった。
デイジーは奇声を上げるグリフォンの一匹に手刀を振り下ろした。グリフォンの翼の付け根の部分に当たり、グシャリと嫌な音を響かせる。グリフォンは悲鳴をあげるも、デイジーの首目掛けて強靭な嘴で啄もうとする。それをデイジーは身を捻って躱し、グリフォンの喉元に打撃を加える。
「ゴ……ガ…………」
グリフォンが喉を潰され呼吸困難に陥る。前足を上げ、苦しそうにもがいている。そこへデイジーは回し蹴りでグリフォンの足を払い、地面へ倒した。更に、もがくグリフォンの頭を蹴り上げると、グリフォンの頭があらぬ方向に曲がり、ようやく息絶えた。
圧倒しているとはいえ、デイジーの攻撃を何度か受けたにも関わらず、耐えていた。かなりの耐久力である。
デイジーが一頭を仕留めた事を確認した後、フィーナ達の元へ戻ってきた。グリフォンは仲間を殺されたことでかなり警戒しているようだ。ジリジリとした緊張が場を支配する。
「硬かったー、それに動きも速かった」
デイジーがグローブやすね当てに異常がないか、確かめながら呟く。
「以前戦ったラ・スパーダよりも段違いに強いね。魔分の濃さが関係してるのかな?」
「そんな話しは後でして!」
ヘーゼルは前方に風の魔法を放ちながら叫んだ。グリフォンの群れはフィーナ達の隙を見て攻撃を仕掛けていた。それをヘーゼルが風魔法でいなしていたのだ。
ヘーゼルは王都魔術ギルドのギルドマスターという肩書に恥じない魔女だった。無詠唱で効率の良い魔法を高サイクルで回していた。どうやらこれがヘーゼルの戦闘スタイルらしい。
グリフォンがヘーゼルの魔法によって、炎に炙られ、風にもまれ、水にのまれ、氷漬けにされる。次々と繰り出される魔法にグリフォンの群れは翻弄され、その身に魔法を受けて倒れていく。
しかし凄い魔法の連発だ。バテたりしないのだろうか。ヘーゼルは真剣な顔で魔法を打ち出している。
この弾幕ではデイジーは戦えないだろう。フィーナはデイジーとバトンタッチして、ヘーゼルの隣に並んだ。
ヘーゼルの魔法を補佐するべく、魔法によって荒れた地面を慣らしたり、倒れた木々をまとめたり、巻き上がった粉塵を除去などという雑用をした。ヘーゼルは更に魔法が使いやすくなった事に笑みを浮かべ、嬉々として魔法を打ち出している。正直少し怖いくらいだ。
「やりやすーい! フィーナちゃん、魔術ギルドで働かない? 私の助手みたいな感じで」
「遠慮しときます。ところで、ヘーゼルさんの残存魔力は大丈夫ですか?」
「よゆーだよ! 私、これでも特殊魔法持ちだからね! 持続力なら自信があるよ」
なんと、ヘーゼルは特殊魔法を使えるらしい。スタミナがつくような魔法なのだろうか。後で詳しく聞いてみることにする。
その後、ほとんどのグリフォンをヘーゼルが倒し、残りはグリフォンリーダーとその配下の数匹となっていた。グリフォンリーダーは怒り狂っているのか、前脚を地面に打ち付けていた。
「ありゃ……厄介なのが残っちゃったね」
グリフォンリーダーは見た目からしてジ・スパーダ、場合によってはゴル・スパーダということもありそうだ。そうなると少々厄介だ。濃い魔分環境なだけあって、残存魔力量にはかなり余裕があるが、あまり長居出来ないのが気がかりだ。
ミミを奥の手として呼び出しているが、グリフォンの相手に時間がかかり過ぎた場合、早々に退却を進言したほうが良さそうだ。
「フィーナ、援護をお願いね」
「任せて」
そう言って前に出たのはイーナだ。イーナの愛用のクロスボウはマリン戦から更に改造された。亜音速で飛来する矢以外に、風切り音のしない特殊矢や麻痺矢、毒矢等が追加された。これらの特殊矢は少々時間はかかるが、その場で作ることができるため、持ち運びの邪魔になることは無い。
フィーナは一匹のグリフォンの足元に穴を開け、体勢を崩させた。すかさずイーナがそのグリフォンを射る。
放たれた矢がグリフォンの頭部に突き刺さった。見事な命中精度である。もはやサナと比べても遜色ないであろう。
頭を射られたグリフォンは目に光を失い倒れ伏した。射られた頭以外には傷が一つもない。日頃サナに矢の扱い方を教えてもらっていたせいか、イーナは極力、肉や素材が傷まないよう魔物を狩る癖がついていた。
(グリフォンも胴体は哺乳類だし、食べられそうだよね。姉さん、もしかして食べる気なのかな?)
イーナは仕留めたグリフォンが気になるようだったが、戦闘の最中なので諦めたようだった。
その後もグリフォンリーダー以外のグリフォンを着々と仕留めていく。
グリフォンリーダーも手下を向かわせるばかりで自らは動こうとしない。
とうとうグリフォンリーダー、一匹となってしまった。グリフォンリーダーはあたりを見回して仲間を探す…がいない。
グリフォンリーダーは嘴をガッと開け、大きな翼を広げ威嚇した。
今更威嚇?とフィーナは訝しんだが、フィーナはその考えが間違いだったことを直ぐに知った。
グリフォンリーダーが空を飛んだのである。威嚇と見られる行動は空を飛ぶ前の準備段階のようなものだったらしい。気づいた時には既に遅く、グリフォンリーダーは地を強く蹴り、翼を羽ばたかせて宙を舞った。
そして上空から翼で物凄い勢いの風を起こしフィーナ達にぶつけてきた。
「うそぉ!?」
イーナの懐に入っていたエリーが驚きの声を上げる。
すかさずヘーゼルが風魔法を使用し、グリフォンリーダーが起こした風を打ち消す。ヘーゼルは何故か苦い顔をしていた。
「ご主人様、気をつけて! さっきの風、魔力を感じたよ!」
エリーが忠告する。
グリフォンリーダーはさらに炎を含ませた風を上空からフィーナ達にぶつける。確かにただの風ではないようだ。
このグリフォンリーダーは魔法を使えるらしい。
フィーナは内心戸惑っていたが、容赦なく魔法を使うグリフォンリーダーを相手に気を引き締めた。どうやらただのグリフォンの指揮官ではなかったようだ。