82『王都魔術ギルドへ』
翌日、フィーナ達は魔術ギルドに向かった。魔術ギルドに着いてまず感じたのは、それほど大きくないという事だった。
王都の魔術ギルドと言うからには、かなり大きな建物だろうと思っていたが、予想に反して、レンツの魔術ギルドと同程度の大きさであった。
中はレンツの魔術ギルドにいるのかと錯覚してしまうほど酷似しており、今にもデメトリアやリリィが顔を見せそうだ。
置かれている家具や配置が違っているせいで、どこか違和感を感じてしまうが、似た造りになっている事に少し安心感が芽生えた。
「本日のご用件は何でしょうか?」
レンツの魔術ギルドの受付ではステラ一人が担当していたが、王都の魔術ギルドでは、二人の一般人の女性が担当していた。レンツと違って、必ずしも魔女が受付をする必要は無いらしく、事務的な事は一般人に任せているようだ。
「ギルドマスターと今日約束しているんですけど……」
「はい、三名の見習い魔女と面会予定がありますね。何か証明になる物や、どなたか身分を証明してくれる人はいますか?」
フィーナは少し考え、ペントの名を出した。メイより、ギルド職員であるペントの名を出したほうがいいだろう。
受付の女性は名簿を確認した後、軽く頷いた。
「はい、確認しました。ペントから報告が入っております。こちらへどうぞ」
受付の女性の一人が階段を登っていく。フィーナ達はその後をついて行く。丈の長いスカートがフィーナの目の前でヒラヒラと揺れる。裾を踏まないのかと不安になる長さだ。
「こちらでお待ちください。直ぐにギルドマスターがいらっしゃいます」
フィーナがスカートの丈を気にしいる間に部屋に着いたようだ。ギルドマスターの部屋はレンツのデメトリアの部屋と変わらず、最上階の廊下の端にあった。
部屋の中に入ると、応接室を兼ねた執務室といった内装だった。デメトリアの部屋のように溜まった書類で雪崩が起きそうな部屋ではなく、片付いていて落ち着く部屋だ。書棚にはフィーナも読んだことの無い難しい本が並んでいた。
「おー!」
デイジーが歓喜の声を上げる。フィーナが何事かと振り返ると、デイジーの視線の先に一枚の絵あった。高そうな額縁に入れられ、壁にかけられている。
絵には美人な魔女が魔物の大群に立ち向かう姿が描かれていた。額縁の下に題名が書かれており、それを見たフィーナは、デイジーが歓喜の声を上げた理由を理解した。
題名は【英雄アルテミシアと終末の日】と書かれていた。描かれたアルテミシアは凛々しく、デイジーでなくても感嘆の溜め息を吐いてしまうほど美しかった。
「私達……アルテミシアとか呼ばれてていいのかな?」
「それ、デイジーも思った」
イーナとデイジーは絵に魅入りながら言葉を零した。確かにアルテミシアがこの絵の通りの魔女だとしたら、フィーナ達では役不足だろう。そもそも年齢的に無理があるのだ。
「絵は気に入ってくれた?」
フィーナ達は絵に魅入っていて、後ろから話しかけられた事に酷く驚いた。
「こんにちは、ギルドマスターのヘーゼルよ」
ヘーゼルは三人と握手し、腰掛けるように促した。
年齢的にはかなり若い。レーナやサナよりも若いのではないだろうか。ヘーゼルが腰掛けると同時に、艶のある長い黒髪がさらりと肩から流れる。白磁のような肌の中で、頬がほんのりと上気している。
急いで来たようで、暑そうに手を団扇代わりにパタパタとはためかせた。
汗に濡れた首筋が照り、色気を感じさせる。色素の薄い唇を通し、熱い吐息をほうっと吐き、ヘーゼルは深呼吸する。
(凄い美人さん……それに女子力高そう!)
フィーナは最近忘れつつあった女子力を目の当たりにして、目が眩んだかのようによろめいた。
「ふう………。ごめんね、別件が押しちゃって、待ったかな? あ、お茶入れるね」
ヘーゼルはハンカチで汗を拭き、お茶の用意を始める。イーナは当然のように手伝い、その手際にヘーゼルは唖然とする。よくみる光景だ。
「慣れてるんだね………。私は普段は魔法で出した水ばっかりなんだ……。お客さんが来た時くらいしかお茶を飲まないから、どうしても拙くて……ごめん」
ヘーゼルは弁解した後、フィーナ達が何か言う間を与えずに、軽く咳払いをして続ける。
「今日は来てくれてありがとう! それと、国王陛下の依頼を達成してくれてありがとう、感謝してる。正直、貴族相手の依頼は人気が無くて、受ける人がいないんだ。私が受けられたら良かったんだけど、最近は忙しくて……」
ヘーゼルは俯いて溜め息を吐いた。イーナの淹れてくれたお茶を口に含み、飲み干す。唇が濡れて艶めかしい。一挙手一投足が女性らしさを感じさせ、思わず魅入ってしまう。黒い瞳は澄んでいて、どこかカリスマ性も感じさせる。
「それで、今は見習い魔女でも良いから、手を借りたいの。あなた達なら、国王陛下や貴族達の評判もいいし、文句も出ないと思う。どうかな? 手を貸してくれない?」
「内容を聞かないと私達は何とも言えません」
「それもそうだね。えっとね、この王都から箒で三日程行ったところに廃墟になった街があるの。そこの調査なんだけど、ちょっと難しい依頼なんだよね。」
「廃墟の街ってガルディアの街の事ですか?」
廃墟の街、ガルディア。フィーナも図書室の文献で読んだことがある。なんでも、ある日を境に魔分が大量発生し、住人のほとんどが他の街に移る事になった街だそうだ。
魔分の大量発生は原因不明で、残っていた住人も姿を消してしまっているらしく、現在も立入禁止区域になっている。
オカルトチックな噂も流れ、様々な憶測や推測が飛び交っているため、真実が何一つ分かっていない不気味な街である。
「知ってた? まあ有名だもんね。……最近そのガルディア関係の気になる情報を耳にしてね……。行方不明だった住人らしき人物が、ガルディアの街の中に入っていったっていう情報なんだけど――」
フィーナは怪訝な顔をした。フィーナの顔を見て、ヘーゼルも頷く。
「おかしいよね? ガルディアの街が封鎖されてもう五十年以上経ってるんだよ。それなのに、昔と変わらない人物を見たなんて……眉唾もいいとこだよ」
ヘーゼルは肩を抱いてぶるりと身震いした。フィーナ達もこの手の話には免疫がない。緊張の糸が部屋の中に張り巡らされる。
「今回の依頼、何か変なんだよ。ローデン男爵っていう、元ガルディア住人の貴族からの依頼なんだけど、依頼に来たのは若い男の人だったんだ。後日、詳細を確認するためにローデン男爵の元へ行ったら、そんな依頼はしていないって言うんだよ。それに、ローデン男爵邸には、今は主人のお爺さんしかいないんだ。でも、依頼書の捺印はローデン男爵家のものだったし、気味が悪くてね……」
「同感です……」
フィーナ達の喉がごくりと鳴る。フィーナの手に持っていたお茶はいつの間にか冷えており、それに気づいたフィーナはゆっくりとテーブルに戻した。
「その現ローデン男爵であるお爺さんの話を聞いて、一層気味が悪くてさ……。ローデン男爵家はガルディアの街に残った唯一の貴族だったらしいんだ。当時の当主だったローデン男爵は、家の存続がかかっていると言って、弟と大喧嘩しながらもこの王都に居を移したんだって。弟をガルディアの街に置いてね。残された弟とはそれっきりだって言ってたよ」
ヘーゼルの口調がこそこそとした話し方に変わり、一層恐怖感を煽る。
「ギルドの職員がローデン男爵に依頼に来た男の人の容姿を伝えたら、『それは私の弟かもしれません』って言うんだよ! それを聞いて、ギルド側も怖くなっちゃってさぁ……。前金で報酬を貰ってるもんだから、どうしようかと思ってね。ローデン男爵はお任せしますとしか言わないし、依頼を受けてしまったからには誰かに割り振らないといけないしで、もう胃が痛くなっちゃったよ」
「それが何故私達に?」
「わかるでしょ? 誰も受けたがらないの。そもそも魔分が濃い場所だから、魔女にしか入ることを許可されてないし、強力な魔物も出るだろうし、なにせ依頼人が幽霊かもしれないなんて、条件悪すぎだよ」
「私達も受けたくないんですけど……」
三叉頭の大蛇やラ・スパーダなんかよりも受けたくない依頼だ。好んでこの依頼を受けるような魔女はメルクオール中を探してもいないだろう。
「そこをなんとか! 国王側もいい加減あの街をなんとかしたいみたいなんだよ。あなた達なら受けてくれるって推薦も貰ったんだよ!」
(ぬおー! 国王め! なんてことを!)
フィーナはイーナとデイジーの顔色を伺う。イーナは青褪めて、目で拒否を訴えている。デイジーは難しい顔をしている。
「受けてくれたら報酬は全部あなた達にあげるよ。他に何か欲しいものがあったら何でも言ってよ!」
「―――何でもいい?」
答えたのはデイジーだ。デイジーはキラキラとした瞳でアルテミシアの絵を見つめながら、ニコリと笑った。
「あの絵が欲しい」
「え!? そんな、あれは代々王都の魔術ギルドが保管してきた芸術品で………」
「ダメなら受けない」
デイジーはふいっと顔を背けた。フィーナとイーナはヘーゼルに対して、デイジーの提案を拒否しろと念じていた。この依頼を受けたくないのだ。
「うぅ………仕方ない………。国王陛下には私から言っておくよ……。文句のついでに」
ヘーゼルが折れてしまい、デイジーは天に向かって拳をつきあげた。イーナは半笑いで涙を浮かべている。
フィーナは死なば諸共の精神で、ヘーゼルに同行を強制した。見習い魔女だからとか、地理に疎いとか、腕の立つ魔女が欲しいとか、いろいろ理由をつけてヘーゼルを引き込んだのだ。
ヘーゼルは頭を抱えて、フィーナ達を推薦した国王に向けて恨み言を溢していた。