81『箒に乗りたい! 3』
「お前達、箒は買って帰るんかい?」
グリゼルダは演習場から戻りながら尋ねた。
どうやら、箒を売ってくれるらしい。デイジーはガオを呼び出し、荷物を受け入れる準備している。
「箒にも一つ一つ癖があるさね。質感、材料、職人の技術…それらで箒の性能も違ってくる」
グリゼルダは店の箒の一本を持ち、フィーナに手渡した。
「あんたにはこれじゃ。小回りが効き、カーブや曲芸のような飛行を得意とする箒じゃ。耐久性にも優れておるから、永く使えるぞ」
箒は木製で、柄の部分にはビッシリと魔法陣が描かれている。
魔力を少し流してみると、すんなりと流れていき、すぐに扱えそうな気がした。
「そんで、あんたにはこれ。常に安定した飛行と、少ない魔力でも飛ぶことが出来る箒じゃ。一番人気が高いのはこの種の箒じゃな」
イーナに手渡された箒は竹箒だ。安価で使用者の最も多い箒だそうだ。もちろん庭先を掃くことも可能だ。
「母さんが持ってるのと一緒だね、姉さん」
「そうだね………ちょっと嬉しいな」
「親子は特性も似ることがあるからの。箒が一緒だとしても不思議は無いわい。………最後にお前さん」
グリゼルダに目を向けられたデイジーはビクッと体を震わせる。
「お前さんにはこれじゃ。速さに特化した競技用の箒じゃ。風の魔法陣で風防も作ることができるぞ。この箒なら、国の端から端まで数日で移動できるじゃろうな」
デイジーが目を輝かせて箒を受け取る。グリゼルダの言うことが真実ならば、王都からレンツの村まで一日か二日といったところか。
「ま、お前さんじゃあ魔力が足らんがな。魔力切れには注意しておくれよ。魔力切れで箒から落ちて死ぬ魔女なんて聞きたくないからね」
グリゼルダはどこか遠くを見つめるように呟いた。もしかすると、以前にそんな魔女がいたのかもしれない。
箒の代金はイーナの箒が一番安く、デイジーの箒が一番高かった。どれも成人仕様のため、フィーナ達の体には不釣り合いだったが、魔力を流せば、さほど重さは感じなかった。
フィーナ達は念願の箒を手に入れ、浮かれた気分で店を後にする。箒は三本ともガオの腹の中に収納された。ガオは初めて長ものを口に入れたことで少し苦しそうにしたが、全て入り切ると問題ないかのように小さく頷いた。
「便利な使い魔ね。私のネズミとは大違いだわ」
メイの使い魔はネズミ型のようで、昔は大流行した使い魔らしい。見た目は可愛いが、メイの使い魔は基本食べてばかりで禄に働こうとしないらしい。
使い魔は主人の魂に似ると聞いていたフィーナは、メイの魔道具好きを食事好きに置き換えて考えると、なんとなく合点がいった。
フィーナ達がメインストリートに出ると、辺りはすっかり夕暮れになっており、メインストリートに並ぶ店を赤く照らしていた。食べ物屋が盛況となる頃合いで、いくつもの屋台が空腹を誘う香りを出していた。
屋台の出す匂いにつられ、デイジーの腹の虫が鳴り響く。早く帰って新作の料理とやらを食べたいようだ。
伯爵邸に戻ろうと歩を進めようと思った瞬間、フィーナ達は声をかけられた。
「レンツの三人娘…? 見つけましたよ!」
声をかけてきたのはパーマがかかった黒髪のメガネ魔女だった。小さな鼻と、リスのような大きな前歯が印象的だ。背は低いが、フィーナ達よりは高いし、出てる所は出ているため、おそらく成人魔女だろう。
メガネがキラリと夕陽を反射し、フィーナ達は眩しそうに目を細める。メイはメガネの魔女に気づくと、フィーナ達の後ろに隠れてしまった。
「どちらさまでしょうか?」
「王都魔術ギルド職員のペントです! 探しましたよ! レンツのアルテミシア達!」
ペントは肩で息をしながら額の汗を拭う。よほど走りながら探したのだろう、フィーナが出店で果実ジュースを買ってあげると、ひと息で飲み干した。
「ぷはー! 生き返りました! ありがとうございます! あ、代金はいくらですか?」
「奢りでいいですよ。それで、何か用でしょうか?」
「ありがとうございます! えと、ギルドマスターが魔術ギルドに来てほしいそうです! 詳しい事はそちらで話すそうです!」
ペントがピシッと背筋を正して話す。元気が良くて声も大きい。
「わかりました。今日はもう暗いので明日で良いですか?」
「構いません! では、わたしはこれで! ジュースありがとうございます!」
ペントはまたしても走りながら去っていった。フィーナはそれほど急ぐような案件なのかと考えたが、答えは出なかった。
イーナとデイジーも同じようで、嵐のように過ぎ去ったペントの後ろ姿を、目を白黒させて見ていた。
フィーナ達の後ろに隠れたメイは、ホッと息を吐き、「やっぱり見つかったわね」と肩を竦めた。フィーナ達にとっては、特に隠れたり、逃げたりしてないので、見つかるのは時間の問題だと思っていた。明日、魔術ギルドに行けば、詳しい事情が分かるだろう。
その後、メイは邸宅の料理に後ろ髪を引かれる顔をしたが、宿でも料理を用意してくれているそうなので、残念そうに帰っていった。
邸宅へ戻ると、料理人が腕によりをかけて料理を用意してくれていた。新しい料理とは、どうやらヘルシー料理のようだ。
野菜をふんだんに使った料理はデイジーには不評だったが、他の全員からは拍手が出るほど美味しかった。
デイジーは夕食後、「肉が足りない!」と言い、メインストリートの屋台で串焼きを買って食べていた。
フィーナは、今度はデイジーが太らないか、心配するのだった。