80『箒に乗りたい! 2』
遅くなりました
フィーナ達四人はメインストリートから横道に逸れた位置にある、箒屋に来ていた。店の外にはたくさんの箒が立てかけられており、一本一本に値札が下げられていた。
中に入ると、老齢の魔女がカウンターの向こうに座っていた。何やら書物の途中のようで、フィーナ達をちらりと見ると、フンと鼻を鳴らして続きを書き始めた。
「お嬢ちゃん達に扱えるような箒は無いよ。もう少し大きくなってから来な」
老齢の魔女がフィーナ達を見ずに言う。
「グリゼルダさん、私ですよ。先日箒を取得した、メイです」
メイが慌てて自分の名を出す。グリゼルダはメイの顔を見て、怪訝な顔をした。
「はて、メイ……? どちらさんだったかね……」
「え!? グリゼルダさん! 冗談はやめてください!」
「イッヒッヒ。本当にからかいがいのあるやつよの、お前さんは」
グリゼルダはくしゃくしゃな顔で微笑んだ。その顔は童話で出てくる典型的な悪い魔女のようだ。
「それで? 今日はどうしんさね。もしかして、もう箒を壊したんかい?」
「……そんな直ぐに壊す人なんていませんよ……。今日はこの子達が箒を持ちたいと言うので連れてきたんです」
メイが後ろのフィーナ達を紹介する。フィーナ達は会釈し、グリゼルダの前へ赴いた。
「こんにちは、箒を取得したいんですけど―――」
「あんた達がかい? やめときな。箒から落っこちても知らないよ」
グリゼルダは渋い顔で答えた。
「一度試験?を受けさせてもらえませんか? もし不合格なら諦めます」
グリゼルダは少し考えた後、背もたれに寄りかかった。
「……まぁ好きにしな。試験は二回、簡単な筆記試験と、実技試験じゃよ。筆記試験は質問が書いてある用紙を渡すから、それに答えるんじゃ。時間もかからないし、必要な道具もこちらで用意する。実技試験なついては、筆記試験に受かってからでいいじゃろう。一人ずつ受けるから、他の奴らはここで待ってな。メイは試験の内容を教えるんじゃないよ」
「わかってますよ」
「そんじゃ、まずお前さんからだ。そっちの部屋に入っておくれ」
グリゼルダはフィーナを指差しながら、右手の部屋に視線を向けた。イーナやデイジーによる励ましを背に受けながら部屋に入る。
フィーナの後ろからグリゼルダが入ってきた。腰が曲がり、杖をつきながら歩くグリゼルダをフィーナが補助する。祖母の介護をしていた時の癖だろうか。つい体が動いてしまった。
「ん? おお、すまないね。でも、試験は優しくならないよ」
グリゼルダはイッヒッヒと高い声で笑うと、椅子に腰掛けた。
テーブルを挟んで、フィーナが向かい側に座る。
「それじゃ、早速試験といこうか。ペンはこれを使いな。用紙はこれじゃ。制限時間はこの砂時計が落ちきるまで。では始めるぞ?」
グリゼルダはテーブルの上の砂時計を逆さまにすると、頬杖をついた。
フィーナは慌ててペンを手に取り、用紙に目を通す。
(一つ目は、なぜ魔女に箒が必要か、か………。移動に便利だからかな? 魔女のシンボルっぽいし。星空を見ながら箒で空を飛ぶなんて憧れちゃうよね。とりあえず、ここは魔女になくてはならないもの的な事を書いておこう)
フィーナが顎に手を当て、少し考えつつも答えを書いていく。
(次は……箒の規制についてか……。これは知ってるよ。確か、レンツの村内では箒で飛ぶ事を禁止されてるんだよね。おかげで直ぐには気づけなかったよ。えーっと、『魔女村の中には箒で飛ぶ事を禁止している村がある』って書いとけばいいかな?)
その後もフィーナは淡々と質問の答えを書き続けた。書き終えると同時にグリゼルダから時間切れの合図がとんできた。
フィーナはペンを置き、ふう、と息を吐く。
グリゼルダはフィーナの書いた用紙を手に取り、二三度頷くと、退室を促した。合否は後ほど揃って行われるようだ。
フィーナが部屋を出ると、次にイーナが呼ばれた。イーナはフィーナの肩を叩いて「お疲れ様」と言うと、入れ替わるように部屋に入った。
デイジーは待ってる間に寝てしまったようで、ロッキングチェアに揺られながらすやすやと寝息を立てていた。
メイはその隣でデイジーのグローブを手に、何やらブツブツと独り言を呟いていた。どうやら、フィーナが試験を受けている間、イーナやデイジーに魔法武具を見せてもらっていたようだ。
「あ、終わった? ねえ、これ凄いわね! 結晶魔分も初めて見たけれど、この魔法武具も凄いわ。衝撃吸収、魔力伝達、耐久性…どの点でも応用が効いていて、技術が詰まってる。これ幾ら…したのかな」
メイはデイジーに値段を問おうとしたが、デイジーがすやすやと寝ているので、代わりにフィーナに向かって問いかけた。
デイジーのグローブとすね当て、そして靴にはそれぞれ魔法陣と結晶魔分が施されている。デイジーの満足な出来に仕上がるまで、いくつもの試作品をダメにしてしまったが、完成作は素晴らしい出来に仕上がった。
完成するまで全ての研究費をフィーナ達が持ったので、かなり高くついたと記憶している。それでもフィーナ達にとっては払えないような額ではないのだが、メイにはどう頑張っても払うのは無理だろう。
メインストリートで見かけた木彫りの十倍はするのだが、そう言うとメイはひっくり返ってしまうので、多少言葉を濁して、溜め息が出るほど高いと言っておいた。
「フィーナ達ってもしかしてお金持ち?」
「そんな事ないよ。コツコツと貯めただけだよ」
「ふーん」
メイは訝しんでいたが、フィーナのステッキ状の魔法武具を手渡してやると、取り憑かれたように観察し始めた。
メイが魔法武具の観察をしている間にイーナの試験が終わったようで、イーナが部屋から出てきた。
「お疲れ様、姉さん。どうだった?」
「うーん、よく分かんない。取り敢えず質問には全部答えたよ」
イーナはデイジーを揺すり起こし、試験に向かわせる。デイジーは心底嫌な顔をして、重い足取りで部屋に入っていった。
デイジーの試験が終わるまで、イーナと試験について話し、合格した後にある、実技試験についても話した。
「実技試験で箒に乗れるのかな?」
「乗れるわよ。怪我のないようにね」
フィーナの言葉にメイが返事する。メイはまだ眉間に皺を寄せて魔法武具を観察している。今の返事も反射的に出たもののようだ。
その後、デイジーが部屋からフラフラしながら出てきて、ようやく全員の筆記試験が終わった。少しして、グリゼルダは三人を試験部屋に呼んだ。
フィーナ達が顔を見合わせて入室する。そこには渋い顔をしたグリゼルダが座っていた。
「……三人とも合格じゃ」
「「「え?」」」
つい間の抜けた返事をしてしまうフィーナ達。
「三人とも合格だと言ったんじゃ。そっちの赤茶髪の娘はぎりぎりじゃがな」
デイジーがうっ、とたじろぐ。
「直ぐに実技試験を執り行う。お前さん達、ついておいで」
そう言うと、グリゼルダは椅子ごと宙に浮かび始めた。椅子の脚に二本の箒をが平行に取り付けられており、それを操っているのだろう。神輿のように担がれたグリゼルダはゆっくりと裏手の方へ向かった。
フィーナ達がグリゼルダの後をついて行くと、四方を家々に囲まれた空き地に出た。小さな演習場らしく、ここで実技試験を行うらしい。
グリゼルダは演習場に立てかけられていた三本の箒をフィーナ達に持つように促した。どの箒もボロボロで、年季を感じさせる。フィーナ達はこんな箒で飛べるのかと不安になったが、メイ曰く、どんな魔女でも乗りやすく調整されているらしい。
半信半疑ながらも箒を手に持つと、箒に微量の魔力が流れていくのを感じた。
フィーナにはその瞬間、飛び方がはっきりとわかった。
フィーナが箒に跨り、地面を軽く蹴る。
フワッと浮くと同時に少しずつ魔力を流し込みどんどんと上昇させる。
「こ、こりゃ! まだ試験開始とは言って―――」
グリゼルダは慌てて止めようとしたが、声を上げる事を忘れたかの様に呆けてしまった。
フィーナが縦横無尽に演習場内を飛び回っていたからである。
(魔力を流してアクセル、流すのをやめてブレーキって感じかな? 重心移動でカーブすることも出来るみたいだね。ふー! すっごい気持ちいい!)
フィーナが歓喜の声を上げ飛び回る。宙返りをしたり、地面すれすれを飛んでみたりと、やりたい放題である。
一頻り飛んで、降りてきたフィーナは満足そうに微笑んだ。
グリゼルダは唖然とした表情だったが、直ぐに気を取り直し、「勝手に箒に乗るな!」とフィーナを叱った。
「だが、箒の扱い方はうまいの。それに、喜んで乗っているという事が私にも分かったぞ。メイとは大違いじゃな」
引き合いに出されたメイは暗い顔をした。メイは箒に乗って浮くまで、三日もかかったらしい。うまく箒を扱えず、苛立ちから、つまらなさそうに試験を行っていたそうだ。メイは顔を赤くして俯いていた。
「お前さんはもう合格でいいじゃろう。そこのお二人さん、乗ってみな」
一足先に合格を貰ってしまったフィーナは、緊張するイーナと、危なっかしいデイジーを応援することにした。
イーナは慎重に、安定した飛行を見せた。フィーナのように奇抜な動きは無いが、お手本になるような綺麗な飛び方だ。グリゼルダも感嘆している。
デイジーは高速飛行を見せた。直線飛行は驚くほど速く、デイジーの髪が赤い閃光のように見えた。しかし、カーブは苦手らしく、ぎこちない動作に周りからは微笑みが生まれた。
「お前さん達全員合格じゃ。稀に見る逸材よの。皆がお前さん達みたいに上手いといいんじゃがのう……」
グリゼルダはメイの方をちらりと見て言った。
「うぅ……すいません」
「イッヒッヒ、冗談じゃ」
「もう、グリゼルダさん! からかうのはやめてください!」
メイは小さな手でグリゼルダの肩をポカポカと叩いた。メイは憤慨して叩いているが、グリゼルダは気持ち良さそうに目を細めている。小さな声で「ええ加減よの」とも言っている。
完璧に遊ばれてるメイは涙目になりつつも、グリゼルダの肩を叩き続けるのだった。