8『フィーナの考えとデイジーの過去』
「私、ここにするよ」
「え、え?」
イーナはフィーナが即決したことに驚愕していた。昔からイーナの後ろばかり追いかけてきた妹なら、自分と同じ魔道具分野に入るのだろうと思っていたからだ。
「錬金術分野に入るの……? 何やってるかいまいち分からない分野だし、修了後もあんまり条件良くないよ?」
イーナはフィーナに対して、もう少し考えたほうが良いんじゃない?と遠回りに諭す。しかしフィーナはすでに決めていた。母レーナの職と自分の前世の職が似ていたのだ。
そう、レーナは薬師をやっていた。自宅にはレーナの仕事道具が揃っているし、薬剤師として働いていた黒川ヒカリとしての記憶も活用できる。それにこの世界の薬はどういう物なのか、非常に気になっていたのだ。
「姉さん、母さんは薬師をやってたよね?」
「う、うん」
「それって、この錬金術分野で学んだんじゃないかな?」
「――――あ」
「私は母さんが目を覚まさないって聞いて、どうにかしたいって思ったよ。母さんが目覚めるまで家の薬の管理ぐらいは出来るようになりたいの。それで母さんが目覚めたら、母さんと一緒に薬師のお仕事をするの。そのためにも私はここで母さんのように学びたいと思うの」
イーナは困惑した。
自分の妹がきちんと目標を起てて、自分の意志をしっかり持っていることに眩しさすら感じた。自分はここまで考えていただろうか。イーナが魔道具分野に入ったのは、ただ自分の力量に合わせただけ。フィーナのように目的も目標もなかった。
イーナは自分の妹が急激な成長をしているのを感じ、そして自分の不甲斐なさに唇を噛み締めた。
もちろんフィーナの本心は興味がある、という所にあったが、フィーナの言葉自体に偽りはなかった。
(転生してすぐだと思うけど、母さんの温もりは確かに感じられた。私にはフィーナの魂も入ってるもの、レーナは私のもう一人のお母さんだから……前世で出来なかった分、親孝行しなきゃ!)
「フィーナ………偉い……」
デイジーはフィーナの手を掴むと、真剣な表情で頷いた。
「デイジーもここに入る。イーナとフィーナを助けるため、頑張る」
いつになく真剣なデイジーにフィーナとイーナも言葉が出ない。
「デイジーはいつもフィーナとイーナに助けられてばかりだった。レーナおばさんにもいっぱい良くしてもらった。だから今度はデイジーがフィーナ達を助けたい」
「デイジー……」
デイジーの目は本気だ。
フィーナは深い記憶を呼び起こす。
それはフィーナがまだ五歳だった頃、隣に住んでいたデイジーはその破天荒でお転婆な性格から、村の問題児として通っており、アーニーおばさんもデイジーの扱いに困っていた。
デイジーはいつも一人だった。アーニーおばさんは魔物を狩って、その素材を売ることで生計を立てていたため、必然的にデイジーは家で留守番することが多かった。
デイジーは寂しさを感じていたが、我侭を言わず、我慢していた。どうしようもなく落ち着きがないのは自分がよく知っている。そのせいで他の子どもからも避けられていることにも気づいていた。デイジーは生まれつき勘が鋭く、相手の気持ちにもすぐ気がつくことが出来た。
子どもながらも何処かカベを感じる、そんな周りの評価にデイジーは落ち込んだ。相手の拒絶を敏感に感じ取ってしまうデイジーは、拒絶の意志を感じると自ら相手を遠ざけた。それがまた一層デイジーを孤立させる要因にもなってしまった。
しかし、そんなデイジーに話しかけた少女がいた。少女はデイジーの本質をすぐに理解した。表面上は元気で明るく、天真爛漫な女の子。その内面は傷つくことを何より恐れる臆病な女の子だと。
『私はフィーナ! デイジーだよね? 一緒に遊ばない?』
今までデイジーを遊びに誘う者は何人かいたが、最近ではほとんどいなくなってしまった。
デイジーはフィーナの誘いを受けた。一時的でも楽しい時間を求めて。
フィーナと遊ぶようになって一週間後、イーナが遊びに加わった。フィーナもイーナもデイジーがどんなに勝手な行動をしても笑ってついて来た。悪いことであればイーナが怒り、面白そうなことであればフィーナが率先して指揮した。たまにレーナとアーニーおばさんに三人揃って叱られたり、喧嘩しても直ぐに仲直りしたりと、楽しい毎日を送っていた。
しかし、フィーナが病に伏せた。懸命に看病するレーナとイーナ。アーニーおばさんも出来るだけ手伝った。デイジーは日々衰弱していくフィーナを救ってほしいと、何度も何度も天に祈った。自分には何も出来ない、それが一番歯がゆかった。高名な英雄や始祖レファネンにも祈った。どうか、フィーナを救って欲しいと。
デイジーはフィーナの病気が治ったら、フィーナの手助けが出来るようになろうと心に決めた。他ならぬ親友のために。
「デイジーまで………」
イーナは二人の思いの大きさに狼狽えた。デイジーとフィーナの決心は固い。
「ああ、もう、わかったよ! 私もここに転属する! フィーナとデイジーじゃ不安だし!」
「え? 転属?」
「うん、一年目からやり直しになるけど。フィーナとデイジーと一緒に過したいと思ったし……」
顔を赤らめながらイーナが呟く。
「デイジーは賛成! 三人一緒が一番楽しい!」
「私も姉さんと一緒だと嬉しい。でも姉さんはそれで良いの?」
「―――私はフィーナとデイジーの言葉を聞いて考えさせられたの……。私に出来ることは何なのか。私はフィーナ達の側にいて、フィーナ達とともに歩きたい! フィーナの薬師姿が見たい! それが私の今のやりたい事だよ」
「姉さん……」
「イーナってほんとにフィーナのこと好きだよねぇー」
イーナは頬を染めながらも否定はせず、そっぽを向いた。
イーナのそんな様子に、フィーナは心温まる思いを感じた。
一階に降りた三人は受付でイーナの転属願いと、二人の入属願いを出した。受付のステラは三人が揃って錬金術分野を希望したことに少し驚いていたが、再確認する言葉もなく、黙って用紙を受け取った。
「これで明日から錬金術分野所属の魔女見習いね!」
「三人で頑張ろーー!」
「「「おーーー!」」」