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78『逞しい貴族達と箒』

 

王城の庭園の一角で、一人の男が貴族達を(はや)し立てていた。デーブ伯爵である。

 デーブ伯爵は時に厳しく、時に励ましながら、貴族達のたるんだ体をしごきあげていた。デーブ伯爵の瞳は爛々と煌めき、非常に楽しそうだった。

 デーブ伯爵が施していたのは、騎士団の練習メニューの一部である。デーブ伯爵自らが行っていたダイエットメニューに比べれば、雲泥の差があるほど生ぬるいものだが、日頃、訓練らしい訓練をしない貴族達は、このメニューでも音を上げていた。

 しかし、デーブ伯爵はそれを許すことはない。

 

 いつもの練習メニューがこれほど辛いものだったのかと、騎士団の者達は感慨深げにその様子を見ていた。


 体力作りの一環として行っていた筋力トレーニングに、貴族達がうめき声を上げて行っている。


「情けないぞ! 貴族であるならば、戦時中、民を率いて戦場に立つこともあるだろう! そんな体たらくでは民の見本として立つことも出来んぞ! 国王を見よ! 真面目に取り組んでいるだろう? 苦しみながらも民を思う気持ちに溢れているのだ!」


 デーブ伯爵の隣には国王が必死の形相で腹筋運動をしていた。大量の汗を流し、歯を食いしばってトレーニングする様は本当に真面目に取り組んでいるように見える。

 実際は今日中にこのトレーニングが終わらなければ、明日に持ち越され、今より酷い状況になると聞かされているからである。


 貴族達は必死な国王を目の当たりにし、尊敬の念を抱くと共に、積極的にトレーニングに取り組んだ。

 それを見て、デーブ伯爵は満足そうに頷いた。


 フィーナ達はその間、救護班を担当していた。


 トレーニングによる筋肉痛や疲労を治癒魔法で癒やし、直ぐにトレーニングに復帰させる。そしてまた筋肉痛になって戻ってきて、治癒魔法を受ける。地獄のような循環に、貴族達は休むこともできずに、通常の三倍以上の早さで体を鍛えられていった。


 貴族達のトレーニングが始まってから一週間後、貴族達はお互いに筋肉を自慢し合うようになった。


「おお、いい大胸筋ですなぁ。左右対称に良く鍛えられている」


「そなたこそ、その腕の筋肉……並ではないですな!」


「いや、貴殿の腹筋に比べればまだまだ………」


「そなたの背筋こそ……」


 一気にむさ苦しくなった王城の庭園は、その美しい外観の中に、ムキムキの男達がポーズをキメて笑い合っている光景が追加された。

 貴婦人達は自分の夫や家族が逞しくなった事により、黄色い声を上げた。


 貴族の一人が剣を掲げ、キメポーズを作る。その様子に周りの者は感嘆の声を上げたり、どこが美しいかを指摘している。


 フィーナにとって、はっきり言って気持ち悪い光景なのだが、この世界では逞しい男の方が好まれるようだ。

 イーナはドン引きで渇いた笑いを作っていたが、デイジーは興味深そうに観察していた。


「おお! メルクオール国王陛下が参られたぞ!」


「す、凄い! まるで歴戦の勇士のような体ですなぁ!」


「間違いなく、歴代の王の中で最も逞しい王でしょうな」


「懐に携えた剣と、はためくマント、そして威厳を感じさせる肉体! その身一つで大軍を退かせてしまいそうですな!」


 貴族達が次々と国王を褒めそやす。

 国王も満更でもないようで、力こぶを作ってドヤ顔をキメこんでいる。


 フィーナはそんな国王を周りに気づかれないように笑った。

 国王は人一倍デーブ伯爵からしごかれ、屈強な男へと変貌した。何も知らないものが見れば、戦でのし上がった国の王と勘違いするだろう。

 

 フィーナはむさ苦しい庭園に顔を引き攣らせながらも、この国は大丈夫なのかと、空を仰いだ。



 貴族達の肉体改造が終わり、国王に依頼達成の報告をした。


「……これで病にかからずに済むのか?」


 すっかり逞しくなった国王がフィーナに尋ねる。


「はい、その体型を維持する限り、デーブ伯爵のような病にはかからないでしょう。今後も定期的にトレーニングすることを推奨しますよ?」


 フィーナがあどけない笑顔で答える。国王は嫌そうに目を細めた。


「流石に何度もあのしごきには耐えられん。何か別のいい方法はないのか?」


「そうですね………。狩猟大会を開いてみてはどうです? 騎士団の護衛訓練にもなりますし、賞品を用意して、参加費をとれば経済的にもプラスになると思いますよ」


 参加費と聞いて、国王の眉がぴくりと動いた。


「いい案だな。貴族部門と一般部門の二つを開催し、優秀者には相応しい賞品を用意しよう」


 国王がただの訓練ではなく、狩猟大会で体を動かすことができると思い、晴れ晴れしく笑った。



「魔女部門は無いんですか?」


「なんだ? 出たいのか?」


 国王が意地悪く笑う。フィーナはとんでもないと首を振った。


「そうじゃないですけど、王都にもたくさん魔女がいますから、開催したほうがいいかと思いまして」


「魔女部門を開くと、王都周辺の魔物や動物が消え去るかもしれん。魔女には別の催しを用意した方がいい」


 フィーナはそれもそうかと頷いた。

 大勢の魔女が本気になれば、周辺の生態系は大きく崩れるだろう。

 普段から素材集めで日常的に魔物を狩っている魔女にとっては狩猟大会など、簡単なものだ。

 寧ろ、魔女同士の闘いにでもした方がいい。対魔女戦では、魔物との戦闘とは大きく異なる。普段争う機会の無い魔女達は、どうしても魔女同士で戦う経験が不足している。

 これを機に、魔女のスキルアップを目指すのも悪くない。


「魔女の魔法は催しとしても注目されるからな。各村で代表を集い、魔術大会を開催する……うむ、面白くなりそうだ。レンツからはお前達が出てもいいぞ。村の了承があれば、見習い魔女でも参加権を認めることにするからな」


 国王が淡々と構想を練っていく。国王の頭の中では既にある程度、大会の構想が固まってきているようだ。これは近いうちに魔術大会が開かれるだろう。


「私達は出来れば遠慮したいんですけど…」


 特殊魔法や詠唱無しの魔法など、フィーナ達は見習い魔女にしては目立ちすぎる存在だ。レリエートの一件が完全に収束するまでは、あまり力を見せたくはない。


「まあ無理強いはせん。それは各魔女村で決めることだからな」


 国王は残念そうに唇を尖らせた。フィーナはデメトリアが勝手に決めてしまわないか心配になった。


 

 国王への報告が終わり、デーブ伯爵邸へと戻る。フィーナ達はこの数週間、デーブ伯爵邸で厄介になっていた。

 最初は下町の宿にでも泊まろうと考えていたが、デーブ伯爵一家に好きなだけ泊まっていけと、部屋に案内されたのだ。

 部屋は清潔で、用があれば使用人達が来てくれる。伯爵一家の好意と、高級ホテル並の至れり尽くせりな環境に、フィーナ達は甘えることにしていたのだ。


 伯爵邸の前で、見覚えのある人物がこちらに手を振っていた。


「ちょっとフィーナ! 何で貴族様のお屋敷に泊まってるのよ! 散々街の宿を探したわよ?」


 その人物は王都に来るなり、あっさりと別れたちっちゃな成人魔女、メイであった。


「依頼で知り合って、ちょっとお世話になってるの。メイはどうしたの?」


「どうしたもこうしたもないよ! 王都の魔術ギルドが三人組の見習い魔女を捜してるって聞いて、フィーナ達のことだと思って伝えに来たのよ!」


 王都の魔術ギルドに何かした覚えはないので、フィーナは首を傾げた。


「私達を捜してるんじゃないよ、たぶん」


「きっとフィーナ達よ……レンツのアルテミシアって言われてたよ…? 一体何やったの?」


「……」


 メイが呆れたようにフィーナを見た。フィーナは明らかに自分達であると納得がいったが、魔術ギルドに捜されるようなことをした覚えはないので、無視することにした。

 本気で捜せば直ぐに見つけられる筈なので、わざわざこちらから出向く必要もないかと判断したのだ。つくづく面の皮が厚いフィーナである。


「今日から私達は休みなの。やっと厄介な依頼から開放されたところだから、これからゆっくりするつもり。隠れることはしないけど、メイも魔術ギルドにはここの事を教えないでね」


「いいのかなぁ……。まあ貴族様が後ろ盾にいるなら、魔術ギルドも迷惑になるような事をしないか……」


「そんなことより、メイは用事済んだの?」


「…はぁ、済んだわよ。少し時間が掛かったけど、【箒】の取得は難しい事じゃないから」


 王都の魔術ギルドをそんなことで済ますフィーナに、メイはため息をつきながら答えた。

 

「【箒】!?」


 フィーナはメイに詰め寄った。メイは驚いて尻餅をついてしまった。痛そうに尻を撫でるメイを助け起こし、フィーナはもう一度尋ねた。


「メイの用事って【箒】の取得だったの?」


「そうよ。普通は十二歳で取得するんだけど、私は…その、許可が下りなくて、先延ばしにされてたんだけど……」


 メイは悲しそうに俯く。珍しい魔道具を目にすれば、餌を与えられた犬のようにフラフラと姿をくらますメイの事だ。許可が下りなかったのはそのあたりの理由で間違いないだろう。


(箒かぁ…魔女の必須アイテムね……。私にも取得できないかな)


「ねえ、メイ。【箒】の取得って私にも出来る?」


「え? うーん、簡単な筆記試験と、実技試験があるくらいだから、予習してれば取れると思うわ。確か十歳以上で取得可能だったと思うわよ」


 メイが顎に手を当て、記憶を絞り出す。


(……なんか自動車免許の取得みたいだね)


 

 ペーパードライバーだった前世の事を思い出し、フィーナはふわりと笑う。フィーナの王都での目標が定まった瞬間でもあった。



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