77『デーブ伯爵の変貌』
翌日、デーブ伯爵はフィーナ達に連れられて、伯爵邸の庭園に来ていた。
デーブ伯爵は動きやすい服装に着替えさせられ、何をさせられるのかと不安視していた。
(生前お世話になった、ヒカリ流ダイエットを解禁する時が来た!)
フィーナはステッキを地面に突き立て、庭園を土魔法で掘り固め、水を溜めてプールにした。
魔道具分野が開発したフィーナのステッキは、綺麗に六分割でき、柄の中で鎖に繋がれている。
そのため、バラバラになる事なく一本のステッキとしても使える。六分割されたステッキの柄には、一つ一つ結晶魔分が埋め込まれており、持つ場所によって様々な属性の補助を受けることができる。
この機構によって、結晶魔分の相反する作用を無効化し、一つの魔道具で複数の属性を扱えるようになっている。
フィーナが頼んだ魔法陣もいくつか施してあり、その機能性と利便性は高い。
これを手がけるキャスリーンは、あまりの難題さに四苦八苦していたが、他分野の協力を得て、なんとか完成させた。
しかし、フィーナのように無詠唱で強力な魔法を使う魔女は他におらず、フィーナ以外に使いこなせる者がいないという事が欠点である。
デーブ伯爵は庭園に出来たプールに、たるんだ腹を揺らしながら憤慨したが、事が終われば元に戻すと聞くと、諦めたように項垂れた。
季節的にプールに入るのは少し肌寒いので、フィーナが気を利かせて温水プールにした。その際、雑菌が繁殖しないように、定期的に水の入れ替えをしなければならなかったが、国王に一泡吹かせる為に頑張った。
デーブ伯爵は割と真剣にフィーナのダイエットに取り組んだ。プールやウォーキングで基礎代謝を高め、食事もイーナとフィーナ、伯爵専属の料理人と試行錯誤したダイエットメニューを、文句も言わずに食べた。
量が足りなさそうな顔をしていたが、決して口には出さなかった。デーブ伯爵の意志の強さはなかなかのものである。出来れば今のような姿になる前に自制してくれたら良かったのだが。
シャロン曰く、デーブ伯爵の昔は今程太っていなかったらしい。元々、王国騎士団長であったデーブ伯爵は質実剛健で男前だったそうだ。
しかし引退後、体を動かす機会が減ったが、食べる量は変わらなかった為、どんどん太っていったらしい。
ある日、趣味の乗馬をしようと馬に跨がろうとした所、馬に激しく拒絶されて振り落とされた。その際、足を骨折してしまい、寝たきり生活を余儀なくされた。
体を動かせないストレスからか、その頃の食事の量は異常だったという。そして骨折が完治する頃には今のように丸々としていたらしい。
デーブ伯爵は昔のような体を取り戻さんがために今を努力しているのだと思うと、なぜか少し心にくるものがあった。
十日程経つと、デーブ伯爵は見違えるほど痩せていた。結果が伴ってくると、デーブ伯爵も気合が入り、一層真剣にダイエットに取り組んだ。
かつての男前な父に戻りつつある事に、シャロンは歓喜し、使用人達もフィーナ達に食事や健康について質問するようになった。
デーブ伯爵ダイエット計画発足から二週間後、フィーナ達に王城から招待状が届いた。
どうやら国王が進捗状況を確認したいようだ。
フィーナ達は国王に現状を報告するべく、王城に向かった。
「おう、お前達、その後何かわかったか?」
国王が椅子にもたれかかりながら尋ねる。
「はい、原因は判明し、現在はデーブ伯爵の治療中です」
「おお! そうか! お前達ならやってくれると思っていたぞ!」
国王は朗らかに笑った。しかし、フィーナには面倒事が片付いてホッとしているように見えた。
「国王陛下には治療が終わった後、デーブ伯爵を交えて、詳しく説明したいと思います」
「ん? そうか、まあ原因が判明したのなら急ぐ必要はないな。デーブ伯爵の治療に専念してくれ」
フィーナはこくりと頷くと、国王の腹周りの脂肪の塊を見て、ニヤリと笑った。
それから更に二週間後、デーブ伯爵は誰が見ても別人のように変身した。無駄な脂肪が削ぎ落とされ、かつての輪郭や姿を取り戻していた。
これに一番喜んだのは意外にも伯爵婦人であった。痩せたデーブ伯爵に惚れ直したかのような笑顔を向けていた。
(痩せたら渋いおじさんで結構かっこいいかもね)
デーブ伯爵も痩せて周りの見る目が変わった事で、自信がついたようだった。
そして、痩せたデーブ伯爵と共に国王の元へと赴く。デーブ伯爵の変貌ぶりに、城の者達が目を丸くする。その様子にデーブ伯爵がニヒルな笑顔で返す。
「国王陛下、この度は優秀な魔女に依頼していただきありがとうございます」
「……? デーブ伯爵か? み、見違えたな……」
国王の驚いた顔に、デーブ伯爵は照れくさそうに頬を掻いた。
「しかし病はもう良いのか?」
「ええ、今はとても体の調子が良いですよ。まるで現役時代に戻ったかのようです。フィーナさんの話では、食生活を見直したり、定期的に運動することで完治するようです」
「そんな方法で治るのか……?」
国王は半信半疑だったが、目の前にすっかり良くなったデーブ伯爵がいるので、信じざるを得ない。まだ太っていた頃、死期を悟ったかのように号泣していた人物と同一だとは思えない変貌ぶりだ。
「デーブ伯爵の仰ることは本当ですよ、国王陛下。……それにしても国王陛下、少しお腹周りが気になるんじゃないですか?」
フィーナの無礼な言葉に周りは騒然としたが、国王は苦々しげに腹の肉を触った。フィーナの言葉にデーブ伯爵が頷く。
「そうですね。国王陛下は一国を担う人物。病にかからない為にも健康でなくてはなりませんぞ。私はフィーナさんから直接治療を受けた身として、他の貴族達にも同様に手ほどきをしたいと思っています。国王陛下も参加してみてはどうですかな?」
「いや、我は――」
「いけませんぞ! 私が騎士団長であった時のように、国王陛下の手ほどきをしてあげましょう!」
「なに!?」
国王は半ば強引にデーブ伯爵のダイエット訓練に参加させられることになった。フィーナは哀れな国王に「頑張ってくださいね」とにこやかに激励した。
国王は下唇をつき出してフィーナを睨んだ。
こうしてデーブ伯爵が指揮する大規模な健康推進計画が施行され、貴族達は厳しくしごかれたという。元騎士団長の肩書きの効果は意外に大きく、現騎士団長や貴婦人達までも味方につけ、国王を含めた貴族達の反対を押しのけた。
王都では貴族を始めとした健康ブームが流行り、民衆にも広がったとか。
それが一人の見習い魔女の思惑によるとは誰も思わなかっただろう。