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76『デーブ伯爵の病』

 

「フィーナさん、ごめんなさい。大変なお願いをしてしまって」


 シャロンはフィーナ達が国王の依頼を請け負う形になってしまったことに責任を感じていた。

 フィーナは自責の念に駆られるシャロンを励ましつつ、イーナとデイジーの居る客間へと向かった。


 イーナとデイジーは既に目を覚ましていた。フィーナとシャロンの申し訳無さそうな顔を見て、何か察したようだ。



「何をお願いされたの?」


「貴族の中で流行る病の原因究明とその処置」


「結構面倒なのをお願いされたね」


 イーナが苦笑いして答えると、シャロンが耐えられずに平身低頭した。


「え?」


「その貴族の中にシャロンのお父さんもいるんだって」


 フィーナが説明すると、イーナは納得し、シャロンの肩を叩いた。

 デイジーはまだ寝起きなのか、部屋の隅の一点をぼーっと見つめている。



「シャロンのお父さんの容体を診たいから、シャロンの家に行ってもいいかな?」


 寝起きのデイジーを無理やり着替えさせ、軽い朝食を使用人に用意してもらう。その間にシャロンの家に行っていいかを尋ねた。

 シャロンは二つ返事で了承し、家の者に紹介する役を買って出た。


 シャロンの家は貴族街の真ん中にあった。伯爵家なだけあって、家はかなり広く、庭も綺麗に整えられている。

 正門に近づくと、シャロンが帰ってくるのが見えたのか、何人もの使用人達が出迎えに来た。シャロンが使用人達に帰宅を喜ばれる中、フィーナ達は所在無さげに立ち尽くしていた。

 それに気づいたシャロンが慌ててフィーナ達を紹介し、こうしてオルソン家に迎えられた。



「お父様の寝室はここです」


 シャロンが扉をノックして入室の許可を得る。


「お父様、御加減は如何ですか?」


「おお、シャロンか。ダメだ、まだ歩くことも出来ん」


 ベッドに横たわっていたのは丸々とした豚……では無く人間だった。ブヨブヨの顎の下と、服が破けそうな腹を突出して仰向けに寝ている。目線だけをこちらに移す仕草はかなり窮屈そうに見える。

 シャロンと似ても似つかない目の前の男にフィーナは面食らった。


「シャロン? そこの者達は誰だ? 友達かい?」


 名は体を表すをその身に体現したデーブ伯爵はモゴモゴと口を動かした。

 優しそうな声なのに、頬肉のせいで滑舌が悪くなって聞き取りづらい。

 シャロンは慣れているのか、問題無く聞き取れるようだ。


「はい、私のお友達で、お父様のご病気を治してくれる優秀な魔女さんですよ」


「小さな魔女だな。シャロンと仲良くやってくれ。私はもうダメだ。様々な医者や魔女を頼ったが、どの者達も苦い顔をするだけだった」


 デーブ伯爵が分厚い頬肉をブルブル震えさせて涙した。シャロンに家の事を頼む等と言っている。


「ああお父様、オルソン家にはまだお父様のお力添えが必要です! 諦めないでください」


「くっ……シャロンよ。使用人達のことをよく聞いて、友人を大切にするんだぞ……」


(えーと……たぶん痛風だよね? あと高脂血症もかな? 死ぬ事はないんだけど、大袈裟だなー。でももの凄く痛いんだよね)


 何も知らないであろう使用人達はデーブ伯爵とシャロンの親子愛に涙ぐみ、ハンカチを目に押し当てている。


 イーナとデイジーは、フィーナがどう言おうかと頭を悩ませる姿を見て、フィーナが何を言いたいかを理解した。


 涙し合う二人を無視し、フィーナは使用人の一人に尋ねる。


「最近、貴族間で流行っている食べ物とかありますか?」


「グス……え? そうですね…最近はサッツェ王国から海産物の干物が届くようになり、伯爵様を含め、一部の貴族様方の間で流行しております」


「ありがとうございます」


 高尿酸血症を起こすと言われるプリン体はレバーや魚の干物に多く含まれる。更にデーブ伯爵は大の甘い物好きらしく、三食、食後にデザートを欠かさないという。そのせいでこの体になっているのだから、只の不摂生である。


(原因はわかったし、症状自体は炎症だから、治癒魔法で痛みを取り除くことはできる。けど、根本的な解決にはならないなあ……。取り敢えず痛風だけでも治してあげようか)



「伯爵様、少し失礼しますよ」


 フィーナが号泣するデーブ伯爵の足下に屈む。ぷくぷくと肉づいた脚に呆れつつも、痛みの元凶の足親指の付け根に治癒魔法を施した。


「……ん? おお! 痛みが引いていくぞ! 治ったんだ! ありがと―――――」


 デーブ伯爵が握手しようと手を伸ばすところを制し、フィーナはジロリと睨んだ。


「今は症状を抑えていますが、直ぐにまた痛み始めます。治療法はありますが、期間も長くなりますし、根気も必要です。それでも治したいですか?」


「もちろんだ! またシャロンと公園を歩きたいんだ!」


「わかりました。覚悟しといてくださいね」


 フィーナはそう言うと、一枚の紙に低カロリー、低プリン体の食事の献立や運動計画を書いていった。痛風の痛みが表れれば、フィーナかイーナが治癒する以外、全てデーブ伯爵の努力によるものが大きい。


 デザート無しと聞いて、デーブ伯爵は青い顔をしたが、シャロンに諭されて、気合を入れなおしていた。



 サッツェ王国から輸入された海産物の干物は、非常に値が張るらしく、貴族でないと手が出せない値段らしい。

 貴族だけに流行る病はデーブ伯爵のような好食家に起こる高尿酸血症だと、フィーナは考えていた。

 問題はどうやって予防法を伝えるかである。

 知られていない事を公表しても、貴族達は眉唾ものとして見るだろう。

 ここは国王の権力を利用する他ない。



 フィーナの黒い笑顔にデーブ伯爵達が凍った。







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