72『メイと陸船』
落ち込むメイを慰めるフィーナ達だが、どう見ても歳の近い友達を慰めているようにしか見えない。
メイは今年成人したばかりのクロムシートの魔女であり、今日は初めてこの街に来たらしい。フィーナ達と同じく、この街の特殊さに疲れ、人通りの少ない路地に引っ込もうとした時に、フィーナ達が絡まれている場面に遭遇したらしい。
「私は王都に行く予定なの。あなた達は?」
ようやく落ち着きを取り戻したメイは、フィーナ達に尋ねた。
「私達も王都に行く予定です」
「ほんと? ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に行かない?」
「いいですよ。他所の魔女と交流するのは初めてなので、失礼があるかもしれませんが」
「私も初めてだから気にしないでよ。仲良くやりましょ」
「はい、メイさん」
フィーナはメイが差し出した手をとって握手をする。
メイはさん付けで呼ばれたことに感激し、フィーナの手を握りしめ、ぶんぶんと振った。
「嬉しい! メイさん、なんて呼ばれたの初めて!」
「そ、そうてすか」
フィーナは指の痕が残るくらい強く握られた手を擦りながら苦笑した。
メイはいつも“メイちゃん”と呼ばれるばかりだった。無論、親しみ感じる呼び方なのだが、メイには重く感じたのだろう。
どこか先輩風を吹かすメイを伴って、一行は停留場へと向かう。
ちなみにフィーナ達が撃退した男達は路地裏の適当な場所に縛って置いてきた。運が良ければ街の兵士達に捕まり、悪ければ見つからずにのたれ死ぬだろう。
「メイさんはどうやってここまで来たんですか?」
「私は一人乗りの陸船できたわ」
一人乗りの陸船はクロムシートでの重要な移動手段らしい。速度は大きい陸船の方が出るが、小回りが効き、扱いやすいのが一人乗りの陸船である。
レンツでは複数人で行動することが多いため、一人乗りの陸船はあまり見られない。
「これが一人用の陸船?」
フィーナ達が見たのは殆ど自転車の様な陸船だった。風の力で動かすことは変わらないが、陸船と呼ぶべきか迷う代物だった。
「見てくれは悪いけどね。成人したばかりの魔女が買うには丁度いいのよ。あなた達はどれに乗ってきたの?」
「これですけど」
フィーナが自分達の乗ってきた陸船を指し示すと、メイの表情が凍った。
「何よこれ! 最高級の陸船じゃない! あなた達何者なの!?」
「え? そうなんですか? これは借り物ですから、私達の物じゃないですよ」
「それでも見習い魔女がこんなの借りられないわよ!」
どうやらマリエッタは最高級の陸船を貸してくれたらしい。確かに【ウィッチ・ニア町】に行った時の陸船より、装飾が細かったり、材質が良いような気がした。
「きゃー! 中はクッション完備で窓も開閉式! それに広いわ! 羨ましい!」
メイはフィーナ達の陸船に乗り込んでキャーキャー騒いでいた。その様子をフィーナ達は白い目で見つめていた。
周囲の人も何事かと顔を覗かせ、子どもが遊んでいるのかと叱ろうとする。それをフィーナ達が謝るという、変な構図になっていた。
「ふう…取り乱してゴメンね。私は魔道具分野所属なのよ。最近のレンツ商品は凄いわね! クロムシートも負けてられないわ!」
「はあ……メイ、他の人に迷惑になるから、もう出発するよ」
「あれ? 呼び方が……あ、はい……」
フィーナの怒気の篭った言い方にメイはすごすごと自分の陸船に向かった。
メルポリの街を出たフィーナ達はクロムシート出身の魔女、メイと併走し、王都へと向かっていた。
クロムシートでは最近活動が活発化しているレンツに興味があるらしく、近々親睦会を開催するらしい。
メイやフィーナ達はその親睦会には参加できない。フィーナ達は色々と特殊な魔女なので、デメトリアが出席を渋り、王都に向かわせたのだと、フィーナは思った。
メイは単に成人魔女として研鑽を積むために旅に出ていたが、親睦会にも出席したかったと零していた。
フィーナはメイがレンツに来れば、どんな状況になるか想像し、頭が痛くなりそうになった。メイは厄介払いに旅に出されたのではないかと勘ぐりたくもなった。
「この近くに村があるから、そこで休憩しようよ」
併走するメイがフィーナ達に提案する。始めはフィーナ達に先輩風を吹かせていたが、フィーナ達にメルポリの街での一件を叱られ、大人しくなった。
今はフィーナ達と同期のように言葉を交わしている。
「そうだね。泊まれるかお願いしてみよう」
村は小規模な農村でのどかな所にだった。
村長らしきお爺さんが空き家を貸してくれるらしく、フィーナ達は好意に甘えて、この村で一泊することにした。
「うーん……ふぅ……やっぱり村の空気は落ち着くね」
「土の匂いがするー」
イーナが陸船から降りて背伸びをする。デイジーは深呼吸してニカッと笑った。
村長が貸してくれた空き家は薄汚れていた。イーナが目を光らせ、持ち前の家事スキルを存分に発揮し、空き家を掃除する。
イーナによって掃除された空き家は驚くほど綺麗になり、村長の口も、閉じることを忘れたかのように開きっ放しになっていた。
「イーナって治癒魔法も使える上に、掃除まで完璧なんて凄いわね。デイジーは悪漢を素手で倒すぐらい力持ちだし――――」
メイがフィーナをちらりと見て言った。
フィーナは何が出来るのと、言わんばかりの表情が見て取れる。
「メイには教えないよ」
「えー! 教えてよー!」
メイはフィーナにしつこく聞いてまわったが、イーナの食事ができると、誰よりも早くテーブルに着いて、「早く早く」と急かした。
フィーナは変わり身の早いメイに呆れつつ、デイジーとは気が合いそうだなと考えていた。フィーナの考えを察したのか、デイジーがこちらを睨んだが、食事に鶏肉があることを知ると、「チキン!」と興奮を口にした。
メイとデイジーが競うように食事をかき込むのを見て、やっぱり気が合いそうだと確信するフィーナであった。