71『出会い』
メルポリに来て二日目、フィーナ達は観光をすることもなく、街を出る準備をしていた。朝、人通りが増える前に食料等を買い込み歩く。
昨日ほど人は少ないと言っても、注意して歩かなければ通りを歩く人にぶつかる程には混んでいる。
物価は安く、商品の品揃えも豊富なのだが、この人混みだけは辛い。
更に、店の売買はかなり簡略化されており、交渉や説明をするような商人はいない。全ての店がファーストフード店のように『早さ』に特化しており、客もお釣りが出ないよう、ぴったしの額を払っている。
暗黙の了解で売買が円滑に進むようこうなったようだ。
レンツでの買い物に慣れているイーナやデイジーはこの方式に戸惑って入るようで、軽いカルチャーショックを受けていた。
街の熱気に当てられたのか、イーナやデイジーの顔色がすこぶる良くないので、買い込みは程々にして人通りの少ない道を通って、馬車の停留場へ向かった。
「おい嬢ちゃん達、痛い目に遭いたくなかったら金目のモノを置いてきな」
この街で人通りが少ない路地とは、すなわち治安が悪いということらしい。
どこかテンプレ化した脅し文句を放つ男達は、フィーナ達が通り抜ける瞬間に道を塞いだ。
「はぁ……」
フィーナは溜め息をついた。この街のゴロツキは学もなく、冒険者にもなれないような者達が多い。この男達もフィーナ達の見た目で判断して恐喝紛いの脅しをふっかけてきたのだろう。
この手の輩にはデイジーの“物理で殴る”が非常に有効である。レンツ周辺でも、たまに身の程知らずな冒険者がフィーナ達に喧嘩を吹っ掛けてくることがあった。そういう輩は大抵新人か、弱い冒険者だった。
多少場数を踏んでいる冒険者は勘が鋭いのか、フィーナ達に喧嘩を吹っ掛けることは無い。挨拶を交わして、一言二言話すくらいだ。
更に熟練の冒険者になると、お互いに情報交換や物々交換を持ちかけられることもある。一期一会な出会いを大切にするし、いかに有益性を確保するかが“出来る冒険者”なのであろう。
そういった点から見ても、目の前の男達はまるでダメだ。
初対面でいきなり敵対し刃物をちらつかせて、こちらの恐怖心を煽るつもりでいる。情報が何より大切になる冒険者が見れば、この行動は愚の骨頂だと言うだろう。
「はぁ〜」
フィーナはもう一度大きくため息をついた。
「おい、早くしねえか」
「……嫌ですよ」
「………何?」
男が濁った目でフィーナを見る。その顔は怒りに染まっている。
「あなた達に渡すものは何一つありません」
「なんだと? 魔女みてえな格好したガキが! 俺達を甘く見んなよ!」
男達が刃物を握りしめて猛る。そんな中、腰の曲がった偏屈な男が、リーダーらしき男に提案した。
「アニキ、このガキ共けっこう上玉じゃないっすか? こいつらも攫って売っぱらっちまいましょうぜ」
「フ……そうだな。おいガキ共、大人しく捕まれや」
フィーナは達は顔を合わせ、肩をすくめた。言う事も聞いてくれなさそうなので、デイジーに後を頼む。デイジーは両腕の手首を回し、肩や首を回して踊り出た。
「デイジーさん! やっておしま―――――――」
「ちょっと! そこのあんた達!」
フィーナが悪者を成敗するお爺さん将軍のようなセリフを言い終わる前に、こちらに向かって大声を張り上げる人物がいた。
「そこの男達! 彼女達から離れなさい!」
その人物は魔女のようだが、フィーナ達には見覚えのない顔をである。
飴色のボブカットの髪に、華奢な体、背はイーナよりも少し低い。目は綺麗な淡い翠色でキラキラとしている。そばかすが少し目立つが、化粧次第ではとても可愛くなりそうな娘だ。
「なんだぁ? お仲間か?」
そばかすの魔女の翠色の目が更にキラキラと光る。どうやら、泣き出しそうなのを必死で堪えているようだ。腕を組んで仁王立ちしているが、脚が震えている。
しかし、キリッとした表情は正義感に溢れており、フィーナはそばかすの魔女に好印象を持った。
「アニキ、こいつも売っぱらちまいましょう。こんなチビ達でも、魔女なら高く売れますよ」
「へへ……こいつらを売る前に少し味見もしてやるか」
男達が下品な顔に変わった。フィーナは思わず顔を顰めて、顎を引いた。
そばかすの魔女はフィーナが怖がっていると勘違いしたのか、震える脚で男達の前に行き、フィーナ達を背に庇った。
そばかすの魔女が男達を見上げ、睨む。その目には決意が宿っており、睨まれる男達は多少たじろいだが、直ぐに気を取り直し、そばかすの魔女に襲いかかった。
「ガキの癖に調子のんなよ!」
男達の一人がそばかすの魔女に掴みかかる。
そばかすの魔女は飴色の髪を揺らしながらそれを避け、手のひら大の風魔法で男を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた男を見た男の仲間達は一斉に苦い顔をしたが、次の瞬間、全員で襲いかかってきた。
「くっ!」
そばかすの魔女は巧みに魔法を操っていたが、男達の意識を刈り取る程の威力は無く、逆に攻撃された男達の怒りを買っていた。
人数が増えたことで、そばかすの魔女が対処しきれず捕まりそうになった頃に、フィーナ達は動いた。
「離して! 離しなさいよ!」
「へへへ……気の強え女はガキでも大好ぶ……ぐえ!」
「え……?」
フィーナはそばかすの魔女の腕を掴む男の後頭部に石を飛ばし当てた。ずるりと力無く倒れた男にそばかすの魔女が驚く。
デイジーは圧倒的な速さと怪力で次々と男達を投げ飛ばし、蹴り上げ、腕を振り下ろした。人混みに揉まれて相当ストレスが溜まっていたのか、晴れやかな顔をして男達を懲らしめている。
「大丈夫? 怪我はない?」
「え? あ、うん大丈夫」
イーナは引っ掻き傷のできていた、そばかすの魔女の腕を治癒魔法で治療した。暖かい治癒の光にそばかすの魔女はボーッと、その光を見つめる。
「あなたの名前は?」
「えと、メイ」
賊の成敗をデイジーに任せてきたフィーナが尋ねる。メイは少したどたどしく答えた。
「助けに入ってくれてありがとう、メイ。私はフィーナ。こっちは姉さんのイーナ。あっちで暴れてるのがデイジーだよ」
「ああ、うん。えっと、助けは要らなかったかな?」
「そんな事ないよ。こうしてメイに知り合えたから」
「そ、そう? エヘヘ……」
メイは頬を赤くし、恥ずかしそうに照れた。
「終わったよー」
デイジーが手の埃を払い落とすようにパンパンと叩く。戻ってくるデイジーの後ろにはボロ雑巾のようになった男達が山になっていた。
「お疲れ、デイジー」
「スッキリした!」
デイジーがふんすと鼻息を漏らす。
「そ、そう。良かったね……」
デイジーがこれから鬱憤を晴らすために暴力に走らないか、少し不安になったフィーナであった。
「ねえ、あなた達は見習い魔女よね? 付き添いはいないの?」
「見習い魔女だけど、付き添い無しで王都まで行くよう命令されたんだ。酷いギルドマスターが無理やり……ね」
フィーナは沈痛そうな顔を作ってメイの同情を誘った。デメトリアへの小さいながらの仕返しである。
「もしかして、レンツの人?」
「そうだけど、なんで?」
「レンツのギルドマスターは優秀だけど我儘で困り者って聞いたから、もしかしてそうなのかもって思ったのよ」
どうやらデメトリアの評判は既に有名らしい。若返りの秘術を秘匿する為に流した偽情報だが、案外的を射ているのかもしれない。
「私はクロムシートの成人魔女、メイよ! 今年十五歳になったわ!」
「「「え?」」」
フィーナ達はメイの姿を下から上まで見て、微妙な表情をした。
「言いたいことはわかるわよ………。どーせ年の割には小さいって思ってるんでしょ! その顔見ればわかるわよ! うわーん!」
それからメイを宥めるのにかなりの時間が掛かったのは言うまでもない。