70『防衛都市メルポリ』
防衛都市メルポリ。その堅固な守りは厚く、一度も破られたことは無い。人々はその強靭な外壁に守られ、日々を安穏と過ごす。
しかし、同時に魔物に対しての危機管理が薄く、常駐する兵士達には怠慢の色が濃くなっている。さらに、外部からの攻撃には強いが、一旦内部に入られると、脆いという弱点もあった。
そういった弱点があるにも関わらず、今までメルポリが破られなかったのは、王都に比較的近いという立地と、近くにある二つの魔女村、レンツとクロムシートがあるからである。
フィーナ達が【ウィッチ・ニア町】に初めて訪れた時、マリエッタの商隊一行が向かったのが、このメルポリである。
このように頻繁に魔女が出入りするため、測らずして金も集まり、その金に雇われる冒険者も多くいるという。
冒険者達が付近の魔物を狩り、時には街の犯罪者を懲らしめたりするので、街の安全は保たれているのである。
外壁に囲まれているため、外へ街を広げることが出来ず、上へ上へと増築していく様式はメルポリならではであろう。
人口の割には土地が狭いので、通路の一本一本が細く、そこを何十人もの人が行き交う光景は、活気に溢れながらも、人によっては鬱陶しさを感じてしまう。
フィーナもそんな中の一人だった。
(お祭りでごった返す人混みのようだよ……)
フィーナは狭いと感じていたが、この街一番の大通りを歩きながら思った。
「陸船を門近くに駐める理由がわかったよ。これじゃ進むことすら出来ないもんね」
フィーナ達が乗ってきた陸船は、門近くの停留場に駐めてきた。たくさんの馬車が停まっていたが、管理は徹底されており、馬車の盗難等は起こったことがないらしい。
「デイジー、手を離さないでね」
「う〜」
イーナはフィーナとデイジーの手をしっかりと握って、人混みの中をすり抜けるように歩いた。香水や汗の臭い、食べこぼした食べ物などの臭いが混じり合い、人混みと合わさって凶悪なほど不快指数を高めていた。
デイジーは既にグロッキー状態で、手を引っ張るイーナも緊張しているのか、フィーナの手を握る掌が汗ばんでいた。
イーナの頑張りによってマリエッタに教えてもらった宿屋に辿り着いた。
宿屋は一際大きく、増築に継ぐ増築で不安定ながらも魔術ギルドよりも大きい建物となっている。
(うひゃ〜。地震とか来たら一発で壊れそう。 絶対にここには住めないね)
宿屋の中は意外にも綺麗で、外とは違ってゆったりとしたスペースが確保されていた。受付には愛想の良さそうなおばちゃんが座っており、下働きと思われる下男や下女が忙しなく走り回っていた。
「いらっしゃい。ちっちゃな魔女さん」
「三人泊まれますか?」
「三人一緒でいいかい? 朝と夜の食事付きで一日金貨五枚だよ。食事無しで一日金貨三枚だ」
フィーナは一瞬高いなと思ったが、お金は使い切れない程あるので、それで了承することにした。
フィーナが特に悩みもせずに金貨五枚を出したので、宿屋のおばちゃんは少し驚いていた。
「ありゃ。ほんとに魔女さんなのかい? わたしゃどっかの子どもが魔女の格好を真似してるだけかと思ったよ」
「そんな子どもがいるんですか?」
「最近の流行りってやつさ。ローブを羽織って帽子を被れば魔女っぽく見えるからね。最近はそういった魔女の真似が流行ってんのさ」
「へぇ。私達は一応見習いとは言えど魔女ですよ」
「わかってるよ。只の子どもにウチの宿代が払える訳ないよ。ウチはこれでもこの街最高の宿屋をやってんだ。部屋は綺麗で清潔。おまけに広くて飯も美味い。まぁそのせいでお値段はちょっとお高いけどね」
宿屋のおばちゃんはニヤリと口端を上げた。マリエッタはどうやら最高級の宿屋を教えてくれたようだ。確かに掃除が行き届いているし、下働きの態度も良い。部屋は狭そうだが、この街では広い部類に入るのだろう。
「では一日だけおねがいしますね。今日の夜と明日の朝の食事をお願いします。どこで食べるのか教えてもらえますか?」
「二階が食堂になってるよ。ウチの食堂は宿泊客専用だから、静かで居心地が良いって評判だよ」
「わかりました。ありがとうございます」
フィーナ達は三階の三人部屋に案内され、簡単な注意事項などを受けた。注意と言っても、宿の中で魔法を使うなだとか、宿の物を盗むなとか、宿泊客同士で諍いを起こすなとかいう常識的なことだった。
フィーナ達は狭い部屋にギュッと押し込められた小さなベッドに倒れこんだ。シーツは清潔で、お日様の香りがした。
フィーナは自分の体が子供だったことに今ほど感謝したことは無いと思った。ベッドが小さいので、大人だと窮屈に感じるだろう。
最も、この街では窮屈なのが当たり前なので、そうは思わないかもしれないが。
「ラ・スパーダと戦った時より疲れた気がするー」
デイジーは唇を尖らせながら足をパタパタと動かした。よほどストレスが溜まっていたのか、かなり機嫌が悪いように見える。
イーナも仰向けでベッドに倒れており、額に手の甲を当て、小さく息を吐いている。
フィーナは窓を開け、空気を入れ替えようとしたが、通りを歩く人混みの喧騒が耳につき、嫌気が差して直ぐに窓を閉めた。
(これはキツイね……日本人はこういうのに慣れてると思ってたけど、そういう訳でも無いみたい。ああ、村のゆったりとした時間が恋しい………)
フィーナ達は結局その日は部屋から出ず、夕食だけを食べてまた部屋に戻った。夕食は宿屋のおばちゃんが自慢するだけあって美味しかったが、イーナやレーナの手料理に比べれば数段落ちるレベルだった。
イーナやレーナの料理はハーブを使い分けて、研究も重ねているので、並の料理人以上の美味しさになっているのだ。
イーナが夕食を食べながら味付けの考察を淡々と話すので、宿屋の料理人が興味深くイーナの料理論に耳を傾けていた。
部屋に戻ってからはいつも通りのティータイムである。
フィーナはこの時、この一杯のお茶がどれほど効果があるか思い知った。
ストレスで疲れた体が爽やかな香りとともに癒されるのを感じたのだ。
「はぁ〜。なんだか今日のお茶はすっごく美味しい。 癒される〜」
「ほんと? 実験は成功ね!」
イーナはどうやらお茶に何か仕掛けていたようだ。
「実は疲労回復のお茶に治癒魔法を付加させる実験をしたんだ。極微量の魔分を含んだ水でお茶を入れて、その魔分に疲労回復作用の増強させる治癒魔法を付加させるの。 上手くいったみたいだね」
イーナは特殊魔法である再生魔法を得てから、人体の構成や動態を深く勉強していた。今ではレーナをも勝る治癒魔法使いとして、重宝されている。
大々的には公表出来ないので、レーナはイーナの自慢ができずにもどかしそうだったが、最近は一緒になって治癒魔法の更なる向上を目指している。
料理といい、治癒魔法といい、イーナとレーナはとことん気が合うようで、フィーナは少し寂しかったりもする。
日課のティータイムが終わると、フィーナ達は早々に床についた。
明日は朝食を食べて街を出る予定だ。
この息苦しい街から早く出たいという三人の意見が合致したためである。
しかし、そう思うようにならないのが旅であると、面倒に巻き込まれがちなフィーナは思うのであった。