7『いざ、魔術ギルドへ』
イーナに急かされ魔術ギルドへと入る。木造の四階建てでこの村では一番大きな建物だ。一階は受付や談話室、図書室が併設されている。
「私は一年先輩だから案内するね! ついて来て!」
イーナが得意げに説明を始める。受付のお姉さんが微笑ましそうな顔でこっちを見ているので少し恥ずかしい。
「この人は受付のステラさん! 受付では外請けの仕事の完了報告と、住民専用の金庫が利用できるの。外請けの仕事は成人してからじゃないと受けられないけど、指名されれば見習いでも利用することがあるんだって! 金庫は素材やアイテム、お金でもなんでも入れられるよ。あ、動物は入れちゃだめなんだけど」
受付のステラがペコリとお辞儀して微笑む。お淑やかな佇まいで高貴な貴婦人に見えるが、服は普段着で変な感じだ。イーナはステラに手を振るとテーブルや椅子が並んだ部屋へと歩き出す。
「談話室はお喋りしたり本を読んだり、好きに使っていいの。私はお昼はここで食べてるんだ」
イーナは弁当を作ってお昼にここで食べているようだ。十一歳ですでにそこまで出来るなんて驚きだ。是非ともイーナを嫁にしたい。
「ここは図書室ね。研究してる魔女の方々も多いから魔術や魔法関係の本ばっかり置いてるよ」
図書室の入り口には【防音】の魔法陣が施されているらしく、本を捲る音やカーペットを歩く低い足音が小さい音量で聞こえてくる。話し声は一切聴こえず、真剣な表情をした魔女達が、本を写したり頭を抱えながら本を読み込んでいる。
「ふう、図書室は管理人さんが恐い人で、私語やマナー違反にすっごく厳しいの」
日本ではあまり本を読んでいなかったが異世界の本というなら話は別だ。俄然興味が湧いてくる。
「へえ、面白そう」
「え!? 恐いだけだよ!? 何も面白くないよ!?」
「え? ああ、違うよ。本に興味があっただけだよ」
「な、なんだぁ……」
管理人に興味はないが異世界の知識には興味がある。イーナの勘違いをはぐらかしたが、イーナはまだ首を傾げているようだ。管理人とやらの目線が痛いので今日はとりあえず覗くだけにしておいた。
「イーナ、早くいこーよー」
「そうだね。二階に行くよ」
デイジーは静かな空間に耐え切れないのか、そうそうに音を上げてイーナを急かす。一行は受付横にある大きめの階段を登り二階へと上がった。
「二階は魔法分野ね。生活魔法や実戦的な魔法を研究開発する分野で一番人気のある分野なの。ただ一番才能が必要なのもこの分野だから、大成する人は少ないみたい」
(魔法かぁ‥‥‥杖とか振って魔法使うのかな? やっぱりちょっと憧れるよね)
「デイジーは魔法苦手かも、魔法使うとすぐ疲れるし〜」
デイジーが腕をパタパタと動かしながら言った。魔法は潜在魔力量に大きく左右される。潜在魔力量が多ければ、それだけ大魔法や魔法の連発が出来る、とイーナは説明してくれた。デイジーは潜在魔力が少ないのだろう。イーナも自身は平均以下と言っていた。
では自分はどうか?と考えていると、イーナが話し始めたので考えを中断した。
「潜在魔力量は成長に合わせて増えるけど、私じゃ成長しても生活魔法が精一杯だよ」
イーナはガックリと肩を落とし、溜息を吐いた。
「母さんは魔法分野で優秀だったから、私も周りから期待されてたの。結果はこの通り、何も言われなかったけど返ってそれがきつかったなぁ……」
「私は姉さんは凄いと思うけど?」
「え?」
「だって料理も掃除も洗濯も、全部自分の手でやってるもん。魔法が得意なら楽にできるかもしれないけど、姉さんはそんなの使わずとも出来るじゃない?それに自分で手を動かしてる分、苦労してる人の気持ちも分かると思う」
「そ、そうかな……」
イーナは頬をポリポリと掻きながら照れた。デイジーもうんうんと腕を組みながら何度も頷いている。
「今は母さんの代わりに私の面倒まで見てるもん。凄すぎて頭が上がらないよ。他にも――――」
「もー! 恥ずかしいからやめて!」
イーナは手を顔の前でバタバタと振りながらフィーナの言葉を遮った。少し顔が赤いが元気が出たようだ。
二階を後にし、三階へと進む。途中、同じような見習い魔女服を着た少女たちとすれ違ったが、顔は知っていても面識は無かったのでスルーした。
「三階は魔道具分野ね。主に魔法陣を使った魔道具を開発したり、魔法陣自体の改良をする分野なの。魔道具は魔女村の収入源だから、一番お金持ちが多いのがこの分野かな。潜在魔力量の制限は無いけど、頭を使うから違った意味で才能が必要ね」
「デイジーもお金持ちになりたい!」
「うーん……デイジーには向いてないと思うけど……」
「イーナはここの所属なんでしょ? ならここでいい!」
「ダメだよ! 自分の将来に関わるんだから真剣に決めないと!」
(確かにデイジーには向いてなさそう……ていうか姉さんは魔道具分野所属なんだ)
「ねえ、姉さんはどうして魔道具分野に入ったの?」
デイジーを嗜めるイーナに疑問をぶつける。
「えっと、魔道具なら魔力量に左右されないし、勉強も嫌いじゃないから、かな?」
「なるほどぉ」
デイジーは勉強と聞いてピタリと動きを止めた。やはりデイジーには向いてない気がする。
(姉さんは魔力量で決めてかかる癖がついちゃってるなあ。この分野でやりたい事を聞きたかったんだけど‥‥‥)
(とりあえず最後の分野を見て決めようかな)
「姉さん、次行こう」
「あ、うん」
いつの間にか先頭がフィーナになっていたが、気にせず四階へと足をすすめる。
「ここが錬金術分野だよ。薬の調合したり、素材を採集したり、怪しげな実験をしてる……らしい?」
「薬の調合と採集はいいけど、怪しげな実験って何?」
「うーん、詳しくは私も良く知らないんだ。母さんはいいところだよって言ってたけど……母さん、錬金術分野も修了してるんだよね。やっぱり母さんは凄いなあ」
「二つの分野を掛け持ち出来るの?」
「うん。早ければ二年で修了出来るから成人するまでに二分野修得する人もいるよ。三分野修了するような規格外な人も中にはいるみたい」
大抵の人は一分野を修了した後、成人後の旅のためにお金を貯める作業を行うらしい。見習い魔女でも出来るような簡単な依頼をこなしたり、親や店の手伝いをしてお金を貯めるのだ。
レンツでは現在、数十人の魔女が成人後の旅としてほうぼうに散っているらしい。
三分野修了するような規格外な人の中には旅をせず、一生を研究に費やす人もいるらしく、そういう人は大抵世事に疎くて関心がないという。だが、そういう人に限って凄い研究成果を残すようで、この辺も前世と変わらないな、とフィーナは歴史上の偉人を何人か思い出して感慨ふけるのだった。
(錬金術かあ。イメージでは大鍋を掻き混ぜながら高い声で笑う魔女が想像できるけど、実際は意外に堅実なのかも。怪しげな実験ってのが気になるけど、でも――――)
「私、ここにするよ」