67『でめちゃん、羨ましがる』
小さくなった元レリエートの幹部魔女はマリーナという名前を新たに得て、新生活をスタートしていた。
「こっちがこれで、あっちがこれで……うーん、多いわね………」
マリーナはフィーナ達から薬草園の管理を任されていた。山のように積まれた資料を全部覚えろと言われた時は、新しい拷問かと思ったものだ。
今は調合用の薬草を箱詰めしている最中だ。今日中にフィーナ達の元へ届けなければならない。
「はぁ……」
作業を一旦やめ、深いため息をゆっくりと吐く。そして備え付けの鏡の前に立って、伸びをする。
「子どもだわ……。私、こんなに生意気な顔だったかしら」
鏡に写っているのは明るい水色の髪と、生意気そうな顔のマリーナである。髪色はフィーナ達によって色を抜かれ、深い海のような青い色から、朝焼けの空のような透き通る水色になった。
無理やり色を抜かれたせいで髪がギシギシと傷んだが、レンツでは美容の研究が進んでいるため、最近はだいぶマシになった。
子どもになったせいか、それなりにあった胸はぺたんこになり、寝ているときは涎を垂らすようになってしまった。
「グケーーー!」
「うるさい!」
「グケ!」
マリーナは薬草園で飼われている鳥の魔物に水弾を当てた。魔力量が減っても、このくらいなら変わらず行使できる。
鳥の魔物はマリーナが気に入っているのか、やたらと飛びついてくるのだ。初めて飛びつかれた時は何故か身の危険を感じて、激しい反撃をしたものだ。
あの時は鳥の魔物がフィーナ達の持ち物でなくて本当に良かった。生かされている身でありながら、それなりに自由を満喫できるのはフィーナ達のおかげだと思っている。
鳥の魔物を傷つけて、フィーナ達の気分を損ねたらと思うと、いてもたってもいられない所だった。
何故かフィーナには満足げに親指を立てられ頷かれたが、マリーナにはよくわからなかった。
「マリーナ? 進んでる?」
「フィーナ様、おはようございます。申し訳ありません。まだ作業は終わっておりません」
「相変わらず堅いね。もっと楽にしていいのに」
マリーナはフィーナ達を様付けで呼ぶようになっていた。フィーナがやめて欲しいと言っても聞かず、最終的にフィーナの方が折れた。
「手伝うよ」
フィーナがマリーナの作業を手伝おうと動く。
「ありがとうございます」
マリーナはメイドや側付きではないので、フィーナの手伝いを断ったりしない。最初は断っていたのだが、効率が悪いと怒られてからは素直に手伝いを感謝するようになった。
「おはよ〜」
「デイジー様、おはようございます」
「おはよう、デイジー」
デイジーは来てすぐに陽当りのいい窓際の椅子に座って、まどろんでいる。
季節は過ごしやすい春で、薬草の花が一面に咲くこの景色がデイジーのお気に入りらしい。この景色を見ながら昼寝するのがデイジーの日課になっている。いつもイーナに叩き起こされるのだが、幸い今日はイーナはまだ来ていない。
デイジーは日光浴を楽しみながら目を閉じた。
「おはよー! デイジー寝てないよね?」
やって来たのはイーナだ。イーナは寝ているデイジーの額をペチリとはたいた。
しかし寝入ったデイジーは起きない。はたかれた額をポリポリと掻いて、幸せそうに寝ている。
イーナはため息をついて、デイジーの鼻をつまんだ。デイジーの顔がみるみるうちに赤くなり、悶え始めた。
「むーーー! ぶは! あ、イーナ………おはよ」
「おはよう」
イーナは腰に手を当て、デイジーを威圧しながら挨拶した。
「デイジー、ここで寝ちゃダメって言ってるよね? 仕事場なんだから起きてないと」
「ほーい……」
最近のフィーナ達はこんな感じである。午前中に薬草園でマリーナに薬草のいろはを教えたり、一緒に手伝ったり。
午後は日帰りの依頼を受けて、ささっと終わらせて一日を終える。
村が急速に発展している中で、フィーナ達はゆっくりとした時間を送っていた。
一方デメトリアは多忙な毎日を送っていた。次から次へと申請される移住許可、レリエートの監視報告書、王都からの情報提供、新種の魔物の報告書など、いくつ手があっても足りないほど忙しかった。
(マリーナに施した実験を煮詰める作業もあるというのに……)
デメトリアは短い手足でバタバタと暴れ、机に突っ伏した。
(人手が足りん……。マリーナをフィーナに達にやったのは間違いだったか)
突っ伏しながらそんなことを考えていると、スージーが部屋に入ってきた。手には大量の書類を抱えている。
デメトリアはその書類が追加なのだろうと予想し、項垂れた。
「姉さん、追加の――――――」
「もう嫌だ! どうして、こんなに手が足らんのだ!」
駄々をこねている子どもにしか見えないが、どうやら憤慨しているようだ。
「フィーナさんの提案にいつも乗っかっていた姉さんが悪いですよ」
「だってあやつの提案はいつもレンツのプラスになることばかりなんだぞ! 今の村を治める立場として乗っからない手はないだろう?」
「少し時間をおけばいいじゃないですか。あれもこれも手を出し過ぎなんですよ」
「くぅー、フィーナめ………。私ばかり忙しいのは気に食わんぞ……。そうだ!」
デメトリアが何かを思いついたように立ち上がる。その顔には不敵な笑顔が浮かんでいる。
「姉さん、あまりあの子達を困らせないで下さい」
「ククッ……何、ちょっと王都に行ってもらうだけさ」
「姉さん!? それは慣例破りですよ!?」
「知らん! 慣例とは時代とともに変わっていくべきものなのだ!」
デメトリアは机に片足を乗せ、ドヤ顔を撒き散らす。スージーは頭を抱え、始末に負えない姉に呆れ返った。
「なんだか寒気がする……」
「フィーナも? 私も何か嫌な予感が……」
「ドンと来い!」
フィーナ達は背筋が寒くなるのを感じ、身震いした。デイジーは無い胸を叩いて意気揚々としていた。