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63『革新』

 

「何…よ…コレ……」



 魔道具分野の非常呼集から数ヶ月経った頃、レンツの村からほど遠く無い木の上で、一人の魔女が村を見て驚愕の声を上げていた。


 その魔女の名はマリン。レリエートの幹部魔女の一人である。


 マリンは村の変わり様に驚きを隠せないでいた。報告によれば、レリエートより小さく、文化的にはそれほど変わらないとあったレンツの村が、まるで未来から召喚された様に発展していたのである。

 マリンは水魔法を用いた望遠鏡に近い魔法で村の様子を見ていた。


 自動的に動いているであろう風車や、使役される見たことの無い魔物。地面は全て石畳になっており、家も石材や木材を匠に使い、異彩をこらしていた。行き交う魔女達は皆清潔感溢れる姿で、肌の艶や髪の質もレリエートの魔女達とは比べ物にならないくらい美しい。魔女達は忙しなく村を行き来しており、忙しいそうに見えながらもどこか生き生きとした顔を見せていた。

 マリンはそんな光景に魅了されていた。そして羨ましく思い、次にレリエートと比較して嫉妬した。


 リーレンの襲撃が失敗し、多少防備が固くなっただろうとは思っていたが、これはそんな甘いものではない。魔術ギルドの屋上部分には物見櫓らしき建物が新しく建っており、バリスタが備え付けられている。警戒に当たっている魔女は少ないが、非常に連携がとれていて、かえって厳しい警戒に見えた。


 マリンは息を呑みながら村の入り口の方へ目線を移した。そこでもまた驚愕した。狩人であろう魔女が大量の獲物を荷車に載せ、運び入れていたのである。それも一台ではない。三台の荷車に山なりに積まれている。レリエートなら、一台の半分ほど獲物が採れれば良い方である。

 入り口の外には複数の家屋が並んでおり、魔女の服装ではない者達が狩人が狩った獲物を捌き、加工している様子が見られた。


「嘘……町人……かしら? 何故村に接して宿場町?ができているの……?」


 本来なら魔女の村は一般人には見えないようになっているはずだ。仮に村に隣接して町を作れたとしても、畏怖の対象である魔女達の傍で暮らそうとする物好きなどいない。

 しかし、現実に魔女と笑顔で交渉し、作物や金銭とともに肉類等を交換している。

 魔女は加工された肉類を眺め、満足そうに頷いていた。そして町の商人風な男に金銭が入っているであろう革袋を渡していた。


「肉を加工しただけでお金を払っているの…? それほど加工する技術が高いのかしら…?」


 マリンの予想は当たらずとも遠からずだ。町人達の加工技術は高い。しかし正確には町人達にもお金を流すためである。文化の奔流が溢れ出すレンツでは、金銭の一極集中が起ころうとしていたのだ。

 それを危険だと判断した王国がレンツの魔女と交渉し、希望者を村近くに住まわせて商いをさせてもらう許可をもらったのだ。


 普通ならばそんな許可は通らない。レンツであっても、その類からは外れない。男や魔力を持たない者を村に入れることを禁忌とし、これを曲げない。それはレンツも変わらなかった。

 しかし、変わったのは町人達であった。宿場町の大部分は【ウィッチ・ニア町】の住人である。フィーナ達に助けられ、魔女への忌避感の無い者達が、レンツの近郊で町を作ってもいいかとお願いしたのだ。

 レンツの魔女も驚き、そして悩んだ。魔術ギルドでは大勢の有力者が集められ、大論争となった。

 そんな中、ある見習い魔女が立ち上がり、宿場町の建設のメリットとデメリットを細かく説明し、改善案を呈した。フィーナである。

 村で一番の実力者であるレーナの娘にして、アルテミシアの再来とも揶揄されるほどの知才を発揮し、デメトリアも頭が上がらないほどの有力者となっているフィーナである。

 そんな鶴の一声に似たフィーナの声もあり、宿場町の建設が許可された。建設には魔女達が協力し、次々と家屋が建てられた。【ウィッチ・ニア町】から多数の労働者や商人が招かれた。町人達はすぐに地盤を安定化させ、この町を魔女との交流の玄関にした。王都や遠方の街からも商人が訪れ、旅人や森を歩く冒険者等も訪れた。

 レンツでは商人や冒険者達によってもたらされた各地の名産品で溢れかえっていた。元は技術の高さで治世してきた王国である。その技術力の高さはレンツの魔女達も目を見張る物だった。


 互いに尊敬し合い、交渉することで、この稀有な町は産まれた。それがたった数ヶ月で成された事は文化の大革新が起こっているレンツならではの事であろう。


 マリンはそんな舞台裏があることを知らない。ただ、魔女や町人達が仲良く過ごすその空間を珍しげに見ていた。


 レリエートではまずお目にかかれない光景である。レリエートでは魔力を持たない者は蔑みの対象と見られ、町人と交渉する事などほとんどない。近付く事さえ忌避されている。それがレンツでは当たり前のように行われていた。


 村や宿場町は石造りの防壁に囲まれ、並大抵の魔物では侵入することすら叶わない様相を呈していた。


「あっ…魔物が……えっ!?」


 宿場町に侵入しようとした魔物がいたが、それを見つけた住人が、すぐに応援を呼び、クロスボウを抱えた兵士風の人間に瞬く間に駆逐された。


「あの家屋は兵士の詰め所かしら……? なかなか大きいわね」


 兵士の詰め所と思われる家屋は二階建てで、演習場と思われる大きな庭を持っていた。

 その隣には宿と思われる家屋が建っており、一階は食事が出来るようになっているようで、町人達が満足げに膨れた腹を叩きながら出てきていた。

 他にも武器屋や薬屋、花屋や酒屋、噴水まである。

 町では町人や兵士、魔女達が混在しており、マリンが見たことの無い、異様な光景が広がっていた。


「レリエートでは有り得ない光景だわ。でも、なぜかしら、とても美しく見えるのは………」


 マリンにはその光景が美しく、かつ眩しかった。

 町人達は魔女に感謝の笑顔を向け、魔女は気恥ずかしそうにそれに微笑み返す。

 兵士達も気軽に魔女達に声をかけ、笑い合っている。その町は笑顔に溢れていた。子ども達は走り回り、噴水の水で遊び、魔女の扱う魔法に目を輝かせていた。


「グス……」


 マリンは人知れず泣いていた。レリエートとあまりに違うその光景に、思わず涙を流していた。理由はマリンにもわからなかった。ただ、胸中にどうしようもない孤独感と、羨望が渦巻いていた。


(私は何のためにここに居るのだろう)


 そんな答えの出ない問を自らに問いかけた。私もあの場所で、あの村で産まれていれば、こんな事をせずに済んだのか―――――――――


 レリエートで、ひたすら上を目指し、認められるように努力を惜しまず、同期の才能に心折れそうになりながらも、なんとか耐えてここまでやってきた。しかし、目指すべき目標のリーレンは死亡し、受けた依頼はあの楽しそうな笑顔を壊すような事。それに気づいた時、マリンは吐きそうになりながら首を振った。


(考えては駄目ね……とにかく今見たことを報告しないと)



 マリンは木の上から飛び降りようと立ち上がった。しかし、立ち上がった足下には枝が無かった。


「え?」


 ぐらりと視界が傾き、体が自由落下する。慌てて空中で体勢を立て直し、地面に着地する。

 混乱する頭を落ち着かせ、辺りを見回す。


 そこにはレンツの魔女であろう一組の魔女達がマリンを見つめていた。



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