61『結晶魔分』
レンツに帰ってきてから二週間が経った。フィーナ達はなるべく依頼を断り英気を養った。フィーナ達が町に行っている間、働き者のフィーナ達の穴を埋められず、魔女達は焦ったようだが、フィーナ達がいなくても、なんとかなるような体系をすぐに構築出来たらしい。お陰で依頼の量は格段に減った。
フィーナ達が休んでいる間にも新種の魔物の調査は進んだ。洞窟に派遣された魔女が、瓦礫に埋もれた大蛇の死体の一部を発見し、解析の結果、大蛇も新種の魔物だと判明した。
新種の魔物は続々と報告され、中には知性が高く、厄介な魔物もいるようだ。
捕まえてきたエロ鳥はすっかりレンツに馴染んでしまった。すでに鎮静剤も必要とせず、エロ鳥はフィーナ達の薬草園で放し飼いにされている。見た目はアホっぽい魔物だが、意外と頭が良く、薬草園の助手として雑用をこなしている。
デメトリアが言うには、魔女の実力が魔物を大幅に勝っていないと、従わないらしい。エロ鳥を見た他の魔女は、新種の魔物の中から頭のいい個体を探し、使役することを目標とし、それが村で流行した。まだ数は少ないが、魔女の後を追随する小さな鳥系の魔物がチラホラと散見された。
おかけで鎮静剤が大量に必要になり、フィーナ達が緊急依頼として鎮静剤の材料を採取する依頼を出した。依頼を出すのは初めてだったが、普段自分たちでやることを人にやってもらうのは、少し変な感じがした。
今日は魔術ギルドに来ていた。リリィに色付き結晶を見てもらうためだ。
「失礼しまーす」
「あれ〜? いらしゃ〜い〜」
リリィの部屋は相変わらず散らかっていたが、最近は人の出入りが多いのか、応接するテーブル付近は片付いていた。
リリィはたわわな胸を揺らしながら伸びをして、フィーナ達を応接スペースに案内した。フィーナは冷たい目で二つの双丘を睨んだ。
「今日はどうしたの〜?」
「………これを見てもらおうと思いまして」
フィーナはリリィの胸から意識を逸らし、色付き結晶をいくつかテーブルの上に置いた。持ってきたのはほんの一部だ。色が混在した結晶をいくつかと、できるだけ色の濃い結晶を選んで持ってきた。
「ん〜? おぉ〜! 見事な結晶魔分だね〜。しかも混合色まである〜」
「これが何か知っているんですか?」
「これでも分野長だからね〜。これどこで手に入れたの〜?」
「例の【蛇の洞窟】です」
サーペントの巣だったあの洞窟は、サーペントが駆逐された後も【蛇の洞窟】と呼ばれるようになった。【蛇の洞窟】はレンツが管理していて、魔力回復水や色付き結晶、その他鉱石や貴金属を収穫できる天然の坑道となったようだ。
サーペントが駆逐されても、魔分の吹き溜まりになっているので、他の魔物が住み着きやすいらしく、定期的に駆除されているらしい。洞窟を作り、主となっていたサーペントが駆逐されたことで、他の魔物が侵入し始めたのではないかとデメトリアは言っていた。
「あ〜、あそこね〜。行ってみたいな〜」
「私はもうあんなジメジメしてる所は懲り懲りですけど」
隣のイーナとデイジーも肯定するように頷いた。あの洞窟で大変な目に合ったので、依頼があっても出来れば行きたくない。
「んふ〜、でも貴重な鉱物が採れるなんてありがたいよ〜?」
「これはそんなに貴重なんですか?」
「これはね〜。土中や大気中の魔分が長い年月をかけて結晶化したものなの〜。魔道具や魔法武具の性能を格段に引き上げることが出来るの〜」
リリィは結晶を手の上でコロコロと転がした。光に透かしてみたり、指で弾いたりと忙しない。
「詳しく教えてもらえますか?」
「いいよ〜。この結晶はね〜、色によって属性が決まっていて、その属性に当たる魔法の補助をするの〜。基本的に魔道具一つに一個の結晶しか使えないから、用途が限定されちゃうのだけど〜。生活や武器に使われることが多いかな〜」
リリィは青い結晶を持ち、魔力を込めた。すると青い結晶は淡い光を生み出し、空のコップを水で埋めた。
本来、水を生み出すのは大量の魔力が必要だ。空気中の水分を集めるのだが、湿度が高い場所や水辺でないと、発動すらしないこともある。
フィーナには空気中の水分をイメージできるので、普通より消費魔力は少ないが、イーナやデイジーは見えない空気中の水分を上手くイメージ出来ないようで、いつも失敗していた。
おー、と感嘆の声を上げるイーナとデイジーも、青い結晶を手にとって、同じ様に水を生み出した。
「凄いですね。魔力の消費がかなり抑えられます」
「フィーナみたいに水集められたよー!」
イーナとデイジーは他の結晶も取り出し、次々と実験を始めた。テーブルの上は大量の結晶魔分に埋め尽くされ、キラキラと輝きを放っている。
「ここ十年以上は結晶魔分が見つからなかったからね〜。魔道具分野に持っていけば、泣いて喜んでくれると思うよ〜」
「これって使うと無くなるんですか?」
「使ってるうちにどんどん小さくなるよ〜。でもこれだけあれば数十年は持つと思うけど〜」
結晶魔分はフィーナ達の手元にある結晶一つ分だけで数十年ももつらしい。【蛇の洞窟】にはまだ大量にあったので、数百年は余裕で持つだろう。これを使えば、魔道具による文明開化が起こるかもしれない。
フィーナ達はリリィが欲しがった雷の結晶魔分を渡し、リリィにお礼を言って部屋を出た。次に向かったのは魔道具分野だ。
「マリエッタさん、こんにちは」
「あら皆さん。ごきげんよう」
魔道具分野の分野長であるマリエッタに挨拶をする。マリエッタはいつも通りの優雅な仕草で挨拶を返した。
「今日は魔法武具の作成依頼に来ました」
「魔法武具? 随分前に廃れたと聞いていますけど……。ちょっとお待ちになって。過去の依頼内容を確認してきますわ」
マリエッタは分野長室の隣にある書斎に入っていった。リリィは隣の部屋を私室にしていたが、マリエッタは書斎にしているようだ。
「ありましたわ。二十年ほど前は精力的に魔法武具が作られていたようですわ。結晶魔分の産出が先細って、十年ほど前に作られなくなったようですわね。それから発展したのが、今の魔法陣による魔道具ですわ」
「今でも使える魔法武具ってあるんですか?」
フィーナの問いにマリエッタは首を振った。
「王城の宝物庫に一部保管されているようですけど、今はほとんど効力を失っておりますの」
「ではこれでまた作れますね」
フィーナは結晶魔分の入った麻袋をどさりと置いた。
「それは【蛇の洞窟】で採った色付きの石………?」
「はい。リリィ分野長に聞いてみたところ、これが結晶魔分だそうです」
「まあ!」
マリエッタは驚嘆の声を上げると、使い魔の燕を呼び出し、赤い紙を持たせて飛ばせた。
「何をしてるんですか?」
「ふふ……わたくしも初めて使いましたわ、『非常呼集の札』」
マリエッタが頬を緩ませながら遠い目をしている。だんだんと辺りが騒がしくなってきた。どよめきや歓声がこの部屋まで届いている。
「非常呼集だわ……!」
「これが……あの………」
「外出してる皆にすぐに伝達して!」
「キャーー! この目で見られるなんてぇ!」
フィーナ達がいる三階はざわめき出し、ドタバタと移動する魔女の足音が聞こえた。
「これから魔道具分野の集会がありますの。非常呼集は実に十年ぶりですわ。わたくしがまだ見習いだった頃、魔法陣の開発が始まった時にも非常呼集がありましたの。代々、魔道具分野の分野長にのみ発動を許される非常呼集は、大きな転換点になる事が多いと聞きますわ。わたくし、年甲斐も無く湧き上がって参りました!」
マリエッタは嬉しそうに胸の前で握りこぶしを作った。普段の優雅さからかけ離れた、そのギャップにフィーナは眩しさを感じた。
最近忙しいので、一日一回更新に落とします。落ち着いたらまた、ペースを上げたいと思います。