60『でめちゃん』
「では話を聞かせてもらおうか?」
フィーナ達は家に帰った後、久々の我が家でゆっくりと過ごした。次の日、デメトリアに呼ばれたので、デイジーを連れて魔術ギルドに向かった。
デメトリアは開口一番に質問した。そしてフィーナ達が答える暇もなく説教した。
「全く、お前達は休暇で魔女の家に行ったのだぞ? それが何故新しい研究素材や、新種の魔物を捕らえてくるのだ!」
「ああ、エロ鳥のことですか。でも重要な事ですよね? 多分、魔法分野の魔女全員で調べるべき事だと思いますけど?」
「え、エロ鳥……? ま、まあいい。スージーも今はその事で忙しくしているからな。報告によると、新種の魔物を三体、新たに発見したそうだ」
魔法分野は今、総出で新種の魔物の捜索にあたっているらしい。
「新種の魔物を見つけたのはどれも【ウィッチ・ニア町】へと続く街道の近くらしい。今はその付近を重点的に捜索している」
あのエロ鳥を捕まえたのも【ウィッチ・ニア町】へと続く街道にある野営地近くだった。
「その付近で何かが起こっていると?」
「そのようだ。だが、いまいち統一性に欠けていてな。人為的によるものなのか、自然的なものなのか判断し辛いのだ」
その原因となる何かを見つけないと、デメトリアも判断出来ないだろう。新種の魔物はデータが無く、攻撃手段もわからない。それを倒すなり、捕獲なりするならば、それなりに人員と技術が必要だ。究明には時間がかかるだろう。
「三叉首の大蛇については聞いていますか?」
「何だそれは? まだ報告に上がってきてないぞ?」
デメトリアが怪訝な表情でフィーナを見つめる。
「【ウィッチ・ニア町】の近くでサーペントの巣が発見したんです。そのサーペントの群れを統率しているのが、その大蛇だったんです」
「サーペントの巣だと……? くっ………すぐに人員を編成しなければ………町と王都とも連携して潰さねばなるまい。この忙しい時になんて厄介な――――」
「あの、サーペントの巣はもう潰したんですけど」
独り言のように対策を呟くデメトリアにフィーナが遮るように言った。デメトリアはピクリと動きを止め、大きく溜息をついた。
「サーペントの巣を潰しただと? お前達三人でか?」
「えーと、大蛇は三人で倒しましたが、巣を潰したのはフィーナです」
イーナが町で散々説明したことをサラリと放つ。デメトリアは頭を抱えて唸った。
「本当にお前たちは規格外だな………。生きて帰ってきたのは褒めよう。しかし、サーペントの巣を一人で潰そうとするなんて、命知らずもいいとこだ。幸い、時期的にもサーペントが冬眠に入る頃合いだったのが功を奏したか」
サーペントは今の時期に冬眠に入るらしい。この時期はサーペントの動きが鈍くなるので、御しやすいそうだ。もし今の時期で無かったら、フィーナ達は確実に死んでいただろう。そう思うとフィーナは血の気が引いた。
「運が良かったな……」
「そうですね………死にかけましたし、もうダメだとも思いました。けど新しい特殊魔法のお陰で、何とか生き延びられましたよ」
「今なんて言った?」
「へ? 死にかけましたって言いました」
フィーナがわざとらしくキョトンとした顔で聞き返す。デメトリアはそんなフィーナの顔に苛立ったのか、小さい手で長机をバンバンと叩いた。
「ちっがーう! 新しい特殊魔法というところだ! 詳しく聞かせるのだ!」
「ハハハ、すいません。私の新しい特殊魔法は【転移魔法】です」
「【転移魔法】? 聞いたことがないな………どんな魔法なのだ?」
デメトリアは苛立ちを抑え、わくわくとした表情を浮かべる。
「端的に言うと、一瞬で別の場所に移動する魔法ですね。ただ、目視できる範囲に限られるようです」
「ほう………それは凄いな。召喚魔法に近いが、自分自身に作用させるという点は固有のものだな。魂の覚醒による働きか………」
「姉さんも魂の覚醒に至ったようですよ」
「何だと!?」
デメトリアが椅子から転げ落ちそうな勢いで立ち上がる。顔には詳しく教えろと書いてあるようだ。
「私が目覚めた魔法は【再生魔法】と名付けました。フィーナはサーペントの大群を相手取った時に足を失い、体もボロボロでした。通常の治癒魔法では回復し切れないものでしたが、【再生魔法】でフィーナの命を救うことができました」
「欠損した四肢ですら治癒する魔法か………にわかには信じられん………」
イーナの説明にデメトリアは低く唸った。
「【再生魔法】も【転移魔法】も、とても魔力を使うんです。魔力を回復する水を飲んでいないと、発動しなかったと思います」
フィーナがデメリットもあるということを伝えたが、デメトリアの耳には入ってなかった。
「魔力を回復させる水だと!? な、なんだそれは!? えーいまどろっこしい!! お前たちが初めて目にした物、耳にした物、全部教えろー!」
フィーナ達は魔力回復水と洞窟で拾った結晶。三叉首の大蛇の風貌、その生命力。サーペントの肉の美味しさまで詳しく聞かせた。デメトリアは興味深くメモを取りながら、キラキラと目を輝かせた。
「その洞窟はレンツで管理することにする。魔分を含ませた水は危険だが、要量を守れば優秀な薬になり得る。結晶については私は解らんが、リリィなら何か知っているだろう。大蛇についてはもう少し調べたい。サーペントの肉については………狩人本部なら知っていただろうな。あやつらはゲテモノ好きだから」
「ともかく、休暇というのに働いてくれたようで助かった。今日は解散するとしよう」
「でめちゃん、話はまだ終わってませんよ」
デメトリアは拒否していた呼び名をいきなり呼ばれ、固まってしまった。フィーナはニコニコと笑みを浮かべながら話し出す。
「でめちゃんの実験の後始末を私達がやってあげたんですよ? あんな荒れ地にするような実験って何ですか? 後始末をさせられて、嫌味を言われた私達に何か言うことがありますよね?」
フィーナはデメトリアに会ったらこう言おうと考えていた。大した労力では無かったが、好き勝手して放置したデメトリアには腹が立っていた。
「そそ、そんなこと、あったか? わ、私じゃ、ないんじゃ、ないか? そ、それ、より、その呼び方はやめてくれ」
フィーナは額に青筋を浮かべ、この呼び方を村全体に広めると宣言し、踵を返した。
デメトリアは絶望した顔をフィーナの背中に向けていた。
イーナは少し嬉しそうだった。